たそがれクラスルーム

[短編] [ライト] [ファンタジー度☆☆☆]




 受験シーズンもいよいよ、といった頃になって。

 一番好きな理科の授業。その教室移動は、実験に取り組むための理科室への移動から、受験知識を詰め込むための選択科目別の他クラスへの移動になってしまった。


「はぁ、つまんな」

 移動教室。掲示物などからにじみ出る他クラス特有の馴染みのない空気感、そこに文字通り寄せ集められたあまりよく知らない顔ぶれ。

 化学のとしセン・・・・の抑揚のない声を聞きながら、教室の一番真ん前、そこに座ってペン回しをする。


(あ、やっべ)

 指の間からペンが逃げて転がる。乾いた音が静かな教室に響いた。微妙に感じるような感じないような、としセンの批難のまなざし。バツが悪いながらもそれをシレッと無視して、木の机の上、白いシャーペンを拾う。

 その時、机の上に何か文字が書いてあることに気がついた。


『ねっみ』

 ハハ、この席のやつだ。そう笑みを浮かべる。

『それな』

 書かれた言葉の下にそう一言書き加えて。そうして前を向き、あくびを噛み殺しながら再びとしセンの抑揚のない声に耳を傾けた。




 二日後。移動教室。机の上に化学の教材一式を置く。

「……ん?」

 その時、机の上に何か文字が書いてあることに気がついた。

 立ったままそれをまじまじと見ようとする。しかしそのタイミングでとしセンが教室に入ってきたので、授業前の号令の挨拶を済ませた後、椅子に掛けて改めてそれを見た。


『移動教室の人?』

 そこにはそう書かれていた。自分の筆跡の『それな』という文字の下に、『ねっみ』の文字と同じ筆跡で。

 おー、この席のやつだ。そう目を見開いた。

 問いかけがあったこと、そして前の自分の言葉が消されていなかったこと。それに、驚きと共にくすぐったいような妙な嬉しさがあった。

『机借りてマス。よろしく!』

 新たな文字の下にそう書き加えて。それからノートを広げて授業を受けた。



 そこから、この机の持ち主との奇妙な交流が始まった。



『この教室何の教科?』『化学だよ』『理系~。その時間、自分は生物受けてます』『そっち文系?』


 机の中の何かしらを覗けば、この机に座っているやつが誰か分かるんだろう。そうでなくても、移動教室の前か後、時間を少しずらして廊下からこの教室の中を覗けば……。そう考えが頭をよぎらないこともなかったけれど。

(でも、それってなんかヤボじゃん?)

 そう自分で、首を横に振っていた。


『そうそう、超ド文系』『マジか。歴史できるのちょっとうらやま』


 要は……、受験受験でだんだんと張りつめていく学年の空気の中。このゆるい交流が、なんだかとても心地が良かったんだ。

 一言二言、少しずつ交わすなんてこともない言葉は、古ぼけた木の机の上に重なっていって。




 しかしある日。

「あ」

 ハタと気がつく。選択科目別の移動教室での授業、今日で最後なんだった、と。


 どうしよう、どうしよう。何も考えていなかった。このまま、この交流が終わってしまう。

(……でも、それで良いんだ)

 そう思う反面。いや、どうにかそう思おうとしたが。名残惜しさが、安い消しゴムをかけた時のように、跡が残って残って消えてくれない。

 いったい誰だったんだろう。ホント楽しかったんだ。せめて名前だけでも訊いておけば。でもそれは、でも、なぁ……。

 逡巡する、逡巡する。そうして、答案のように一つのこたえを自分の中でどうにか出した。

 そうださらりと書いてしまおう。〝移動教室、今日で最後だったわ。ありがとな。お互いガンバロウ〟って。ああ、でも最後、向こうからの別れの言葉が見られないのは残念だなぁ。


 そう思って。移動先の教室の扉をくぐり、机に座って、そうして意を決するように、その上に目を向ける。


『移動教室、今日で最後っしょ? ありがとな。お互いガンバロウ』


「……ふはっ」

 思わず口から笑いが漏れる。

『自分も同じこと書こうとしてたわ。ありがとな。お互いガンバロウ』



 ○ ○ ● ●


 

 そして、桜のつぼみが次々とほころび始めるような時期となり。

 としセンはじめ、お世話になった先生たちに報告をしに、久々に高校を訪れる。部活が始まる前くらいの時間の方が良いかなと思って、夕方頃にのんびりと向かった。

 曲がり角のところから途中見えた三年の廊下は、人影もまばらでガランとしていた。この時間帯になるともう、教室で自習していた生徒もほとんどが帰る頃だろう。


「はい、はい。ありがとうございました。本当に嬉しいです。大学でも、ガンバります!」

 そう何度もペコリと礼をして教務室を出る。答案をすべて書き終えた時にも似た、胸に広がる達成感。

 さて、あとはこのまま真っ直ぐ帰るだけ。それで今日の用事は終了だ。


 (でも……)

 自分の足は、高校の玄関口とは違う方向に向かった。見直したい問題のようなものが、まだそこにあって。

 ガランとした廊下を歩く。時おり差し込んでくる夕陽がどこか名残惜しげに、自分の影を長く長く引き伸ばしていた。




 自分のクラスではない、でも妙に馴染みのある、とある教室。閉まっている扉のその前で、カバンを開いてその中から使い込んだ白いシャーペンを取り出した。


『受かったよ、第一志望。それだけ伝えに来た。この机も、ありがとう』

 それだけ一言、最後に書いていこうと思ったんだ。例え返事がなくても。例え読まれなくても……。


 意を決してガラリと音を立てて勢いよく扉を開ける。

 夕陽の橙色が教室いっぱいいっぱいに広がっていた。

 その中で指の間からペンが逃げて転がり音を立てる。

 机の上に何かを書く人の姿が逆光に照らされていて。


 自分はシャーペンも拾わずに、空いた手をヒラリと上げ。その机に書くはずだった言葉を、そっと口にするのだった。





お題:イラストや写真をモチーフにした短編(「イラストAC」様より、「教室 04」イラストID:2653314)

(近況ノートにて、お題の画像を記載しています。https://kakuyomu.jp/users/EllieBlue/news/16818023211873121588

   プラス、ジャンル「現代ドラマ」指定 

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