音楽隊・ブレーメン会報「次回の演奏先は森の中のシェアハウスです」
[短編] [ライト] [ファンタジー度★☆☆]
町に居場所の無くなった四人の老いぼれたちは、ひそやかな趣味にしていた音楽の縁をたどって、音楽隊で有名な一つ隣の大きな街へ行ってみることにした。
連れ立って歩く老人四人は、みんなどうしてあわれなもので。
先頭を歩くのは〝ロバ〟と呼ばれる退役軍人のじいさん。輸送隊の任に就いていたのだが、もうすっかりと老いぼれて、筋骨隆々の見事であった体も、それこそロバの尻尾のように
その後に続くのは、町の警官を勤めていた〝イヌ〟と呼ばれるじいさん。かつては『アイツは一度食らいついたら放さないんだ』と、悪党どもから恐れられていた。しかし今となっては入れ歯を忘れることも多くフガフガと、文字通り牙が抜けたような始末。
そのまた後ろを歩くのは〝イヌ〟と同じくかつては警官だった、〝ネコ〟と呼ばれるばあさん。こちらは日常のいざこざを取り締まるのが主だったが、『引っ込めている爪は鋭いぞ』とはもっぱらの噂で。だがそれも昔の話。今は手入れもしていないしわくちゃの指先を合わせて、冷たそうにさするだけ。
列の最後を歩くのは〝オンドリ〟と呼ばれるじいさん。長く判事を勤めたじいさんは、歳をくってボケてしまって、起き抜けに「有罪です!」と叫び出す悪癖があった。はじめは町の人たちから目覚まし代わりにと面白がられたモンだったが、そのうちに朝っぱらから「有罪です!」と叩き起こされるのは癪にさわると煙たがられていった。
そんなこんなで老いぼれ四人は、一つ隣の大きな街ブレーメンを目指して、えっちらおっちらやって来たのだった。
若者の足ではいざ知らず、老人の足では到底、一日ぽっちでブレーメンの街になぞは辿り着けない。
「やや、あそこに灯りが見えますぞ!」
その中でそう嬉しそうに上がったかすれた叫び声を、はじめ残りの三人はてんで信じなかった。だって、最も老いぼれた〝オンドリ〟のじいさんの言うことだったもの!
しかし、縮んでしまったと言ってもなお他の三人よりはずっと体の大きい〝ロバ〟のじいさんが、その回らない首をどうにか回してとある一点を見つめ。
「本当だぁ! あそこに灯りが見える!」
そう叫んだモンだったから、とたんに〝イヌ〟のじいさんが鼻をひくつかせはじめる。
「おいおい、なんだかうまそうなご馳走のにおいがしやしねぇか?」
〝イヌ〟のじいさんから弾んだ声が上がれば、〝ネコ〟のばあさんが間延びした声でしかしウキウキと言う。
「なら、ちょおっと寄せてもらいましょうよぉ!」
そうして四人の老人たちは意気揚々と、明かりの灯った家を目指し向かった。
しかしその明かりの灯った家に近付いてみると、四人はハタと足を止めざるを得なかった。老人たちの遠くなった耳にもはっきりと、家の中からの声が聞こえてきたのだ。下品で粗暴な笑い声と、その声が汚らしく喚き散らす内容が。
「ガッハッハ! た~んまり儲けたぜ! あの街に強盗に行って大正解だったなァ!」
それを聞いて四人は顔を見合わせる。そうしてその大きな家の立派な玄関扉を叩こうと伸ばした手を止め、窓からそうっと家の中を覗いてみた。
するとなんとそこには、四人がまだ若く働いていた頃についぞ捕らえることのできなかった強盗団の一味がいるではないか!
「あいつらぁ、また性懲りもなく……!」
四人の心に怒りの炎が燃える。しかし。
「でも今は逮捕状も何もない、もうオレに発行する権限も、ない……」
「それに動かぬ証拠ってやつもね! あいつら、今はただご馳走を食ってるだけだもの」
「有罪! に、出来ないってことでございますかぁ……」
一瞬点いた炎は枯れた木を燃やすことなく、くすぶってそのまましおしおと消えてしまった。
その時、四人の腹がグゥと鳴る。四人の老いぼれたちは互いのしわしわの顔を見合わせた。
「それでもまぁ、腹は減るからなぁ」
「もうどうにでもなれ、だっ」
「
「ああ、もう何でもいいでございます、休めれば!」
四人は窓を叩き割り家の中になだれ込んだ。〝ロバ〟〝イヌ〟〝ネコ〟〝オンドリ〟。折り重なるように立て続けに。そして口々にまるで動物の鳴き声のような奇声を上げて。
「うわあぁあぁ、バケモンだっ! この空き家、呪われてやがったのかっ!」
そのあまりの勢いに度肝を抜かれて、集まっていた悪党どもは散り散りに家から逃げ出していった。
「いやぁ、うまくいったなぁ!」
悪党どもの残していったご馳走を囲んで、四人は祝杯を上げた。(〝ネコ〟のばあさんいわく「このご馳走も盗られたものだろうけど、食べないままでいるのはご馳走たちがかわいそうだからねぇ!」だと!)(そしてちなみに、幸いにもこの日〝イヌ〟のじいさんは入れ歯を忘れて来なかったのである。)
温かい暖炉の火。温かいご馳走たち。温かいおしゃべり。何もかもが温かく、暖かい。……久しぶりの感覚だった。
腹もくちくなり、四人はゆったりと言葉を交わす。
「こんな日が、ずっと続けば良いのになぁ」
「ああ、そうだな! 腹もいっぱい心もいっぱい、最高だ!」
「あの強盗団の連中は、〝こんな日〟をずっと人から奪ってきているのよねぇ……」
「有罪です、有罪です。そんなことは絶対に、有罪です……!」
満たされた四人の胸の内にふつふつと、力がみなぎってきた。それは暖炉にあかあかと燃える火のように、確かに四人の心を照らしたのである。
「あいつら、絶対戻ってくるぞ。あの悪党どものやり口を、我々はよぉく分かっている」
四人は額を寄せ合って、ヒソヒソ声で話し合った。
その日の晩遅く。
「あれは本当にバケモンだったのか? あの家、今じゃあすっかり静かだぞ。もしあれがただの人間だったってンなら、痛い痛ぁい目に遭わせてやらなきゃなァ……!」
悪党どもが、戻ってきた。そのかっ
ギィ、とわずかな音を立てて、裏口の戸が押し開かれる。寝入っている老人の耳などには到底届かない音の大きさだ。そろりそろりと抜き足、差し足。一人の悪党が忍び込んでくる。
森の中でがさごそと先ほどまで揺れていた草木も眠る
その時。
〝ロバ〟のじいさんが、勢い良く正面の玄関扉を蹴り開けた。そのすぐ目の前には、待ち構えていた悪党どもの面々が。悪党どもはみな度肝を抜かれ、目を丸く見開いて固まっている。
「ほぉら、やっぱり、なぁっ!」
その先頭にいた一人に、〝ロバ〟のじいさんは自慢の蹴りをくれてやった。不意を突かれ、悪党数人がまとめて吹っ飛びドミノ倒しのように崩れていく。
続けて、家の中から〝イヌ〟のじいさんが飛び出した。その手にはロープ。家の前、庭の先。倒れた悪党どもの周りを次から次へと回っては、手際よくその脚をふん
「このオレの鼻に引っかかったのが、運の尽きだったなっ!」
「
悪党の頭のすぐ上の
〝オンドリ〟のじいさんは、屋根裏部屋の窓からその屋根の上によじ登って、声の限りに叫ぶ。いっぱいになった腹の底から出る声は、かつての法廷での一場面の時の様によく通り響いた。
「有罪です! 有罪です! ここに有罪にすべき悪党どもがおります! かの悪名高き、強盗団の一味です!」
その声を聞きつけた街の警官たちがやってくる頃には、悪党どもは一人残らずとっ捕まって、まとめてふん
それを見た警官たちは、目を丸くし手を叩いて声高らかに歓声を上げたものだ。
「本当に助かりました! ありがたい限りです、何とお礼を申し上げれば良いのやら……!」
やってきた警官たちから話を聞いてみることには、警官たちはブレーメンの街の所属で、この悪党どもはブレーメンの街が誇る音楽隊から、この秋の演奏会の売上をすべてごっそり盗ってきたのだそう。悪党どもに白状させた場所を掘り起こしてみると、なるほどそこには盗られたままの金品がそっくりそのまま埋まっていた。
「我がブレーメンの街の誇る音楽隊の、存続の危機でした。本当に、心からの感謝の意を……!」
もう一度どころではなく幾度も幾度も頭を下げた警官が、顔を起こした際に「おやっ」と目を見開く。
「よくよくお顔を拝見してみれば、みなさま方は隣の町の出の、名を馳せた方々ではありませんか!」
警官はにこやかな温かい笑顔で言った。
「いかがでしょうかみなさま。我らがブレーメンの街の中央部に、移り住みませんか? 街のみな総出を挙げて、歓迎いたしますよ!」
しかし〝ロバ〟〝イヌ〟〝ネコ〟〝オンドリ〟の四人は、その申し出をありがたく思いながらも笑って断った。
「いやぁ、我々はこの場所が気に入ったのです。良い思い出のできた、四人で住める広さのある、この家が!」
かくして、四人は
彼らを讃えねぎらう演奏をしに、ブレーメンの街から定期的に音楽隊がやって来る。
「次の演奏会ってもうすぐだったかい? 楽しみだなぁ」
「この前、あのお巡りサンが来てビラを置いてったから、ちっと確認してみるか!」
「あたしのリクエストしたスキャット、今回の演目にあるかしらぁ?」
「ああ愉快、愉快。これはとっても、愉快ですなぁ!」
今日も暖炉にあかあかと火は燃え、四人の朗らかな笑い声が重なってまるで音楽のように、広い家中に響き渡るのであった。
お題:新釈グリム童話「ブレーメンの音楽隊」(ノベルアップ+企画)
キーワード「ロバ」「強盗」「音楽隊」を入れ、お題の童話を自分なりに解釈した短編を書く。
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