「亀島」
[短編] [ライト] [ファンタジー度★☆☆]
一人の海賊が無人島で息絶えようとしていた。
波打ち際の洞窟。横たわった足先では、砂が波に揺れている。海賊の半開きの
大海賊だった。大海賊だったのだ。金銀財宝を幾らでもうず高く積み上げられる大海賊。
でも、それだけでは彼には足りなかった。
「辿り着けなかったなぁ……!」
彼は一人ごちる。老いと病の忍び寄るひげ面のこけた頬で、しかしあっけらかんと。
その脳裏にいよいよ、これまでの情景が駆け巡るように浮かんできた。
大きな船に積み込まれた財宝。負けを知らない頼れる仲間たち。国王への謁見と授与された輝く褒章。
海賊には、余りに海賊らしからぬ学があった。それこそ彼はどこでもやっていけたし、それこそどこへでも行くことができたのだ。
……では、彼はいったいどこに辿り着けなかったと言うのだろうか。
その時、彼の前に亀が現れた。波間から丸い甲羅の背をぷかりと浮かべ、そのまま滑るように月明かりの照らす砂の上にやってくる。
亀は、横たわる彼のすぐ傍らまでゆっくりと歩みを進めると、砂を両の
亀は卵を、命を、生む際に涙を流すという。
その言い伝え通り、目の前の亀は涙を流していた。
「亀よ、ああ亀よ。お前は次の時代に贈る涙を流すのか。お前の目には何が映るんだ。昔も今も、その先も」
その問うた言葉は、ただ波間にたゆたう。
彼は傍らにいるその亀と言葉を交わせないことを、心底残念に思った。
海賊には、余りに海賊らしいロマンがあった。
おしゃべり怪鳥の飛び交う島。巨大なクラーケンとの戦いと勝利。美しき人魚たちの住まう入り江。
それこそが彼の望んだ、望んでやまない、辿り着きたい場所だった。
亀は産卵を終える。次の時代、その次の時代、そしてその果てなき先の時代へと連なっていく、宝玉のごとき命。それはまるで、“時を超える”ことのように思えた。
彼はふっと、ひげ面のこけた頬に笑みを浮かべた。
「俺はここで死んでしまうが、お前はこれからこの先、ずっとずっと長生きするんだろう?」
その表情はまるで無邪気な少年のようにも見えて。
「じゃあ……乗せて行ってくれよ。俺の、この夢を。果てない海、その尽きぬ先へ、ずっと」
金銀財宝は夢の途中。欲しいものはいつだって冒険ロマン。心はずっと
己のすぐ脇の砂に挿されたとびきり上等なラム酒のたっぷり入った酒瓶を掲げる。
己のすぐ脇に転がされた大粒のエメラルドのようなライムをぐっと握りしめる。果汁がはじけてみずみずしい香りが辺りに広がった。
「さぁ、船出だ、出港だ!」
高らかに一声。そうして大海賊は、静かにコテンとその首を倒した。まるで眠りにつくかのように。
亀はまた一つ涙を流して、ゆっくりと、だがしっかりと、歩みを進める。そうして波間にちゃぷん、漕ぎ出すように滑り込んだ。
その丸い甲羅の背に、一粒の希望の種を乗せて。
最後に彼は見た。
それは夢の欠片だったかもしれないし、未来の一片だったかもしれない。
みずみずしい実をたんまりつける大きなライムの木が中央に生えた、広い海を自由に巡る緑豊かな島。
「亀島」は行く。舵はいらない。ただ心の赴く方へ。海賊の見た、夢の先へ。
~かつて海賊たちのいたこの海には、「亀島」というおとぎ話のような伝説がある。
「みずみずしい実をたんまりつける大きなライムの木が中央に生えた、広い海を自由に巡る緑豊かな島」
それが本当に存在するのかは定かではない。
ただ、“「亀島」と相まみえた者には、まるで少年が抱くようなみずみずしい希望が訪れる”と、この海に暮らす人々の間でまことしやかにささやかれているのである。~
~お題:海洋生物にまつわる短編~
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