hope
[短編] [ミディアム] [ファンタジー度☆☆☆]
「可愛らしい子だ」
初めは
空気のよく澄んだ夜のことだった。我が屋敷の扉を控えめにノックした小さな小さな女の子。徴兵に取られた私の伯父が遠い地で帰らぬ人となり、私の家に身を寄せることとなった、一族でいちばん年下の女の子。
名門貴族一門の、若き当主たるこの私。一族の誇りにかけて、この子を一人前のレディに育て上げて見せるのだ。
そう決意した日から幾星霜。
我が家に伝わる宝石箱に詰められたコレクションのように。或いはそれを真似してあの子がクッキー缶に詰めたように。キラキラと、キラキラと。たくさんの思い出が集められていった。
だが、いつの間にだろうか。その中に私は、目の眩むような危ういものを一緒に入れてしまっていたのだ。
「叶いもしないことなのに」
今は
明日は式が挙がる。一族を挙げての盛大な式が。
小さな小さな女の子は一人前のレディへと成長して、申し分のない男の元に嫁いでいく。私は彼女の養育者として、相手の男の歳の離れた従兄弟として、そして一族の当主として、鼻が高い。
そのはずだ。そう思っている。そうであるべきだ。そうでなくてはならない。
分かって、いるのだ。
夜半。私は自室の大窓より、寒々しく感じられる程までに青い夜空を、燭台に火の一つも灯さず見上げる。開け放たれた窓から流れ込む空気は私の鼻腔を冷やして、この身にこの胸に染み入ってくる。
――このままでは風邪をひいてしまう。早く寝床に戻って、明日に備え寝付かなくては――
そう分かってはいたが、どうにも体はいうことを聞かなかった。
芯まで冷やして、鈍く凍てつかせてしまいたかった。呪いにも似た、目の眩む輝きだなんて。
目の前に広がるは青い夜空にかかるミルキーウェイ。星の煌めきの奔流。それが不意に輪郭が溶けて滲んだ。私の目から、塩辛い川のはじまりの一筋が流れた。
不思議と心地が良かった。川の流れに身を任せるように、私はただひたすら涙を流した。
凍てつかせるよりも先に、融解をしてさらさらと。呪いは解けて祝福へと変わる。
やがて私は喉元に詰まった息を一つ吐いた。替わりに、よく澄んだ夜の空気が私の肺腑を満たす。
ミルキーウェイは依然、宝石箱を引っくり返したかのようにキラキラとそこに在った。
そういえば。私は片付けが不得手なことを、何度もあの子に叱られたものだったな。私はふと、ふくれっつらのあの子の顔を思い出して苦笑した。
私は、私の想いを片しきれずに徒に持て余し、溢れさせていたのだ。今こそ、それに片を付ける時。
詰め込み過ぎた思い出の箱の蓋を開けて、溢れ出てくるものの中から最後、希望を掴もう。呪いの宝石は〝希望〟の名を冠していた。最後に私の心の底に残るものがそれであるように。恐ろしいものを超えた果てにそれがあるように。
明日あの子に贈る予定のティアラを見やる。我が家の首飾りから新しく直したもの。その中央に座す宝石。
ああその色は、澄んだ夜空の如き青色であった。
「君が幸せでありますように」
明日は
――届かぬ星だから良いのだ――
私は窓を自らの手でゆっくりと丁寧に閉める。
この心の底から君の幸せを。
青い夜空に、希望の星の光がいつまでもいつまでも輝かんことを。
~お題:課題曲布教アナリーゼSS※、課題曲・ミュージカル『ヴェラキッカ』より「小さな恋だった」~
※指定の楽曲を聴いて感じたままに書くショートショート。(楽曲の関連コンテンツ・内容への言及・固有名詞の使用などは不可) アナリーゼ…楽曲分析の意
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