マホウオトメRPGオンライン ~このサービスは終了しましたこのサービスは終了しま~ 〈上〉
[短編] [ダーク] [ファンタジー度★☆☆]
※3分割して投稿しています。こちらは「上・中・下」のうちの「上」です。
――オケハザマ ナツキ さんが ログインしました――
――オケハザマ ナツキ さんが ログインしました――
――オケハザマ ナツキ さんが ログインしました――
――セキガハラ フユキ さんが ログインしました――
「!」
PC画面上に広がる風光明媚な草原の景色。その中でこちら側に背を向けている大ぶりの剣を差した赤い髪のキャラクター。そして、画面の右上に表示される文字列のログ。
(ありえない、こんな……!)
カーテンを閉め切り電灯も点けずに薄暗い部屋の中。青年はPC画面を食い入るように見つめていた。画面上の自分のアバターと同じように、大げさな程までに肩を上下させて息をする。
青年の視線の先にあるのは、新しくポップアップした文字列と、己のアバターの正面に立つ、青い色の髪をしたキャラクター。決して、起こり得るはずのない光景だった。
(だって、ここは!)
少々、状況の説明をしよう。
「マホウオトメRPG」。大人気ゲームのシリーズタイトルだ。通称は「マホトメ」。主人公が「魔法乙女」と呼ばれるヒロインを助け出すという王道のストーリーだが、それよりはむしろ、凝った(もっと言えば凝りすぎた)数々の要素に定評のあるゲームだった。
顔パーツ等のみならず、なぜか身長体重の設定まで事細かに決められる豊富なキャラメイク。装備がすべてアバターの見た目に反映されるというのは序の口で、その種類もいかにもファンタジー然としたものからファッショナブルな現代服まで様々。見た目用の装備とパラメータ用の装備を別設定にできるのも、プレイヤーからの好評を得ていた。
ヒロインたる魔法乙女やその他の登場キャラとの恋愛・結婚システムもあり、その先の未来を描いた周回モードも完備。(シリーズ二作目以降は魔物王子などの男キャラも対象となった。無論、主人公の性別は自由である。)
オープンワールドという言葉もなかった時代からの、どこまでも行けるような広大なマップ設計。移動手段も徒歩や馬、ドラゴンや絨毯、何と隠、し要素として現代の車まである始末。
家もいくつでも建てられて、内装に凝ったりガーデニングができたり、果ては壁の破壊すらできる自由度のリフォーム機能まで実装されている。他には調理システムも充実しており、アイテム作成のみならず、クッキング要素だけでも一本のゲームとして成立できそうな内容。
まさに、「何でもやれる」を体現したゲームであった。
そのため「マホトメ」は発売当初よりコアな層から評価が高かったが、一気に幅広い層に認知されて人気に火がついたのは、オンライン通信メインのゲームとしてのリリースがされた時。「マホトメ」シリーズとしては三作目。当時、国産ゲームの中では異例の速さでオンライン市場に切り込んでいった形だ。
元々の「何でもやれる」やり込み要素とオープンワールド、それらとオンラインとの相性は恐ろしいほど良かった。「マホトメ」は社会現象となり、その先で「マホトメ廃人」と呼ばれる長時間のプレイや巨額の課金などにより元の生活を壊す者も出てきて、社会問題ともなった。
その後「マホトメオンライン」の「Ⅱ」「Ⅲ」がリリースされていく中で、過度なプレイをするような状況は是正されるようになり、爆発的だった人気も一時よりは落ち着いたものの、依然高い人気を誇っているというのが、「マホウオトメRPG」の現状である。
そうした中で、「マホトメ廃人」から抜け出せなかった男。それが、この薄暗い部屋の住人である青年だった。
「イイコぶってんじゃねぇよ、このネクラ!」
「センセー大好き媚び媚び告げ口ヤロウ~!」
「テメーなんかが出しゃばんなよ、クーズ!」
本の虫で、ドがつく程の真面目で、曲がったことが許せなかった、かつての少年。彼は追いやられるように薄暗い自室に篭り、そこに置かれたPC画面の向こうのきらめく世界へと足を踏み入れたきり、抜け出せなくなっていた。
PC画面の前に座り、キーボードを叩く。すると『マホウオトメ☆RPG! オ~ンラインッ』と高らかにコールする可愛らしい女の子の声と共にゲームタイトルのロゴが、その向こうの世界が、自分を迎え入れてくれる。
「マホウオトメPRGオンライン」。「Ⅱ」も「Ⅲ」もつかないこの世界。それだけが、青年のすべてだった。
だから。
『サービス終了のお知らせ』
その文字を目にした瞬間、青年の中で何かが「プツン」と切れた。
その頃にはもう既に「マホトメオンラインⅢ」にほぼすべてのユーザーは移行しており、(無論、移行特典も新規スタート特典も豊富すぎる程に手厚く用意されていた。)更にファンの間では近々オンライン四作目も出るのではないかとの噂で持ち切りになっていた。しかしこの青年にとっては「マホトメオンライン」初代の他に、世界はなかったのである。
(許せない、許せない、許せない! どうして、誰も彼も、オレから居場所を奪うんだ!)
ゲーム内のチャットで誰かから聞いて吸うようになったタバコ。指先が少しずつヤニに染まっていきはじめる。その指で青年は、キーボードを叩き、ジャージの上を羽織って、内鍵をかけていた部屋の扉をそっと開け、親の財布から金を抜いた。近所のコンビニでプリペイドカードを買う。そうして青年は「マホトメオンラインⅢ」をダウンロードした。
心機一転? それができるようであればこの青年は今こうしてこんな風には存在していない。
(どうせいつかここもなくなるんだろう? またオレから、居場所を奪うんだろう?)
自分が知るものよりもざらつきが格段に減ったゲーム画面を見て、しかしそれをどこか味気なく乾いたもののように感じながら、青年は淡々とキャラメイクをこなす。
(だったら、オレは……!)
公式ホームページに記されたサービス終了の日が過ぎても、初代の「マホウオトメRPGオンライン」は青年のPC画面の中で動き続けていた。……データを抜き出して改竄し、電子の海の深い深い場所に隠された、違法ゲームとして。
ウィルス、ワーム、スパイウェア。トロイの木馬に、ランサムウェア。青年はにっくき「Ⅲ」世界の住民共からありとあらゆる手段を以て、必要な資金あるいは身に余る泡銭を次から次に巻き上げた。その金で青年はゲーム世界内に新しいフィールドをいくつも創り出し、過去や未来の全歴代シリーズの魔法乙女のデータを引っ張ってきて顕現させる。青年は持てる〝叡智〟のすべてすべてを、自身の「マホウオトメRPGオンライン」につぎ込んだのである。
美しいグラフィックの裏側には、果たして0と1以外に何があっただろうか。黄色く染まり切った指。それで以て青年は旅をする。世の果てなくどこまでも広がる、しかし世のどこからも見えない壁で閉ざされた、己だけの世界を。
だから、ありえないのだ。自分――オケハザマ ナツキ――以外の誰かがログインするだなんて。
突如現れた来訪者、あるいは侵入者――セキガハラ フユキ――たる輩を締め出そうと、青年はPCのキーに手を伸ばす。黄色い指を樹脂製のボードにかけたその時、また文字列がポップアップした。ほとんど使わないために音の設定を切り忘れた、「ピロンッ」という拍子抜けする程軽やかなサウンド・エフェクトと共に。
――すごい!――
文字はそう言った。
――本当にすごい! こんな、こんな素晴らしい場所が! すごい、本当に!――
その感激は止まらない。
――どうしてもこの世界の中を見てみたくって、本当にずっとずっと、探してきたんです!――
文字は、セキガハラフユキは、青い髪のアバターは、悪びれもせず無邪気にそう白状する。
(ああ、こいつもバカなんだ。……この、オレみたいな。)
青年は頷いた。分かった、理解ができた。そう思った。心当たりがある。ちょっとした冒険をするみたいに、超えてはならない線を超えてしまう類いのバカだ。
(でも、まぁ……)
続けて青年は思った。心変わりしたのだ。少しばかり遊んでやろう、と。良いカモとしてではなく、現実世界での疎外感を埋め合う仲間として。
そうして青年はキーを叩く。締め出すためではなく、迎え入れるため。
――Welcome to Underground――
親からせしめた小遣いを(金を盗った時以来、親は「もうするな」と突き放すように青年に小遣いを渡すようになった。無論、青年がネット上でその比ではない額を不当に得ていることなどは知りもしない。)ジャージのポケットに突っ込んで、青年は口笛をふかしながら近所のコンビニへ。目的は青年の主食たるタバコと栄養補助食としてのゼリー飲料。
自動ドアが開いて軽やかなチャイム音が鳴り響く。青年はそこで、ある人物とすれ違った。
「コンビニエンスストアのコーヒーなどで宜しかったのですか?」
「うん、最近のは味が良いからね」
すらりとした男女の二人連れ。頷いてみせた男の方は五十絡み程の年齢。洒脱なブラウンのスーツに身を包み、髪を軽く後ろに流して、爽やかな笑みを浮かべている。その傍らの女は男よりも若く、いかにもなデキる秘書風の、まっすぐな髪に眼鏡をかけた美人だった。
「グルメな社長がおっしゃるのであれば、きっとそうなのでしょうね」
二人は駐車場に停めていた黒く光る車に乗り込む。社長と呼ばれた男はスマートにドアを開けて女を助手席に乗せ、自身は運転席へと。
「私、いつも思うのですけれど、お出かけの際は運転手をお付けになれば宜しいのに」
「気にすることはないよ。ボクが運転をしたいんだ。ボクの好きなことの一つだからね」
そうですかと頷き、女はカップに口をつける。ボルドー色の口紅が微かに飲み口に残された。
「……あら、本当に美味しい」
そうして車は、ドルンと重たいエンジン音を一つ響かせ、コンビニの駐車場を後にした。
「美味しいコーヒーでも飲まないと、やってられないよ。型通りのやりとりしかない、退屈な挨拶周りだなんて。ボクは元々、開発っ畑の人間だしねぇ。これがどうにも肌に合わない」
そう冗談めかして笑う男のジャケットの胸ポケット内。そこにある名刺入れの中には、「株式会社ソウゲン」の名が刷られた名刺が入っていた。泣く子も黙る「マホウオトメRPG」の、開発及び販売会社の名前である。
運転席に座るその男の方をじっと見たまま顔を傾けて、女はフフと笑って言った。
「でも社長、近頃はご機嫌ですわね」
「分かるかい?」
ええ、とクスクスと笑う女。
「重大プロジェクトも、もう終盤ですものね」
「……ああ。まぁ、そうだね……」
男はほんの僅か、間の開いた返事をした。それは、無理な割り込みをしようとしてきた車を避けるハンドル操作の最中だったからだろうか。
女が抱えた鞄。その中には、報告資料、案内文書、未公開のポスターデザイン。「マホウオトメRPGオンラインⅣ」にまつわる書類一式が収められていた。
夜中。一台のスポーツカーが、高級マンションの駐車場に停まった。
最上階のとある一室の明かりが人感センサーで灯る。ブラウンスーツの男は脱いだ靴を揃えもせずに部屋に上がった。オートロック扉の施錠音が控えめに鳴るのを後ろに、ネクタイを緩めながら廊下を進む。その先で男は仕立ての良いジャケットを無造作に脱ぎ捨てた。リビングの床に雑然と積まれた雑誌やら空の段ボール箱やら何かの入った紙袋やら。それらの上にバサリ、と落ちるジャケット。
そのまま男の足はリビングと連なる広いシステムキッチンに向かう。戸棚からコップを取り出し、ウォーターサーバーから水を汲んで飲み干す。男が口を離したガラスのコップの縁に、ボルドー色がうっすらと付着した。
『落ち着いたらまたディナーご一緒して下さらない? この間のパエリア絶品でした。また私、片付けの担当させていただきますから、そうしたらごゆっくりできますよ。ね、社長……?』
今日の車内での会話。あの後で、ボルドー色に塗られた唇がそう言葉を綴ったのを思い出す。男は半開きの口を動かす。そのまま口端を歪めて笑みの形を浮かべる、のかと思いきや。
「ま、それもそう、なんだけどね……」
ガチャン、と音を立てて置かれるガラスコップ。それをそのまま置き去りにして男はシンクから離れる。そこには、数日分の洗い物が溜まっていた。
散らかった部屋の一切合切を放置して、男はイタリア製のソファに腰を下ろすとスマートフォンを取り出した。最新鋭のハイエンドモデル。その画面を綺麗に整えられた指先で軽く叩く。それはもういそいそと。少年のように無邪気に、ちょっとした冒険にでも出かけるかのように。
『マホウオトメ☆RPG! オ~ンラインッ』
高らかにコールする可愛らしい女の子の声と共に映し出される、多少ざらついた質感の画面。自分が判をついた書類の期日にサービス終了したはずのオンラインゲームタイトルだった。
――セキガハラ フユキ さんが ログインしました――
※3分割して投稿しています。こちらは「上・中・下」のうちの「上」です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます