いこう、いこう、火の山へ
[短編] [ダーク] [ファンタジー度☆☆☆]
ああそうだ、結婚しよう、愛しい人よ!
彼女の手を見た瞬間に私はそう強く思った。私の赤い血潮は燃えるように熱く滾る。
陽気なコマーシャルソングで有名になったかの登山電車は、山の急勾配をぐんぐんと登っていく。少し辺りは煙っぽかったが、それが却って旅情を強く感じさせた。その雰囲気につられて私は、コマーシャルソングの印象的なメロディーを気の向くままに歌ってみた。朗々としたテノールの歌声が、乾いた山肌に響く。
御上手ねぇ、と、同じ電車に乗り合わせた老婦人が感嘆して、前の座席から私たちの方を振り向く。私はいつも舞台の上で演奏後にそうするのと同じように、白い歯を見せて微笑んだ。
私の傍らには愛しい人。長きに渡り様々な舞台で私と共にあった、美しいピアニストの女性。私の愛だ。彼女の細く白い手を力強く握りしめ、私たちは隣り合って座っている。
フニクリ・フニクラ。
電車を降りてもなおその歌を上機嫌に口ずさみながら、私は愛しい人の手を取ったまま山頂、そこにぽっかりと開く火口へと向かった。その縁に二人で立つ。彼女はヒッと小さく悲鳴を上げた。私はそれに微笑む。
ああそうだ、結婚しよう、愛しい人よ!
彼女の手を取ったまま私は火口に飛び込む。火の山の燃えるように赤く滾る血潮よ!
火口は丸く美しい。これが私から君に贈る永遠の愛だ。君の左手の薬指にはまったその下劣な金属の塊とは比べるべくもなく、ずっとずっと素晴らしいに決まっているとも。
あの日初めて君の手にはめられたそれを目にした時、私の視界は怒りで真っ赤に染まった。鍵盤の上をあれほど華麗に優美に繊細に踊る君の指に、それを縛りつけるような指輪など!
その指輪は、君という至高の美を損なう呪いに他ならない。君を誰よりも何よりも愛している私が、私こそが、私だけが! 誰よりもそれを分かっているのだ、私の愛よ!
私の視界は真っ赤に染まっている。全身が熱い。燃えていく、ああ、燃えていく! ぐらぐらと沸き立つ怒りの中で、私は幸せだった。これで彼女は私と永遠になる。
ああ願わくは偉大なる火の山よ。この私の激情を糧にどうか祝砲を放ってくれまいか。その真っ赤な輝きを婚姻の儀のユニティキャンドルの如く、私が彼女と一つとなった事の言祝ぎとしておくれ!
フニクリ・フニクラ!
~ヴェスヴィオ火山は過去に幾度も大噴火を起こし、直近では1944年に噴火した。
その際に登山電車フニコラーレは破壊され、廃止を余儀なくされたのである。~
~お題:文字書きワードパレット・「フニクリ・フニクラ:愛、激情、呪い」~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます