異世界転移!!! カズキの冒険

[短編] [ライト] [ファンタジー度★★☆]

(以前に短編設定で投稿していたものを、こちらの短編集に組み込みました。)



 俺は、イセカイテンイしたらしいんだって。


 前に誰かから、そう聞かされたことがあったんだ。

 実は、それからしばらく経った今でもその言葉の意味はあまり良く分かっていない。俺がバカだからかなぁ?

 でも俺は、昔の記憶――次の《種の季節》に十四歳になる俺が、もっと子どもだった頃の記憶――があまりよく思い出せないから、きっとなにか変わった記憶喪失のことを、そう言うんじゃないかなぁって思ってる。

 ……誰に言われたのかも、よく覚えていないんだけどね。でも、何べんも何べんもそう言われたってことだけは、しっかりと覚えてるんだよなぁ。





 俺の名前はカズキ。冒険者カズキ。

 相棒のオオガラスのクロウと一緒に、この世界を旅して回っている。


「クロウ!」


 開けた草原。上の方を振り仰いでそう呼びかける。まだ青色が残っている夕焼け空の中で向こう側にくるりと旋回して、クロウは嬉しそうにカァと鳴いた。 

 他にも旅の仲間はいるぜ? 俺は今度は下を向いて、息を吸って大きな声を出した。


「おーい、イーデン! リーサさん! エッソンじい!」


 鎧なんていらないくらいムキムキの戦士イーデン。

 長い髪に長い耳、おまけに長い杖を持っているリーサさん。

 俺よりもうんと背が低いけど、被っているめちゃくちゃ高いとんがり帽子で俺の身長を越えている、白い髭のエッソンじい。

 三人みんなが俺の声に振り向いておーいおーいと手を振る。俺はその三人のいる地面から離れた高い場所から、おーいおーいと手を振り返した。

 

 え? どうして俺がそんな場所にいるのかって? それはだなぁ……。



 この世界には、魔王なんて大層なモンはいない。でも、倒すべき強大な魔物はいた。街の立て看板に貼られている魔物討伐の依頼書の数々。そのうちの一枚を見た時に、俺はビビッときたんだ。こいつを俺は、きっと倒すんだってね!


 そして今日! まさにそいつを倒したんだ!


 採掘場の土砂のひと山分もふた山分もありそうな巨体に、ぺしゃんこに潰れた鼻っ面。図体のわりにちんまりしたツノと牙。そうして、ヘンテコなぶっとい六本の短い足! 依頼書に描かれたスケッチよりも、もっとずっとおっそろしい魔物だった!


 その魔物の体にエッソンじいが魔法で作ったロープを巻いて、リーサさんがパワーアップの魔法をかけてあげたイーデンが、えいえいと引っ張って運んでいる。んで、魔物にとどめをさした俺が意気揚々その上に座ってるってわけ。俺たち、大手柄だ!



 俺は魔物の上で、大地の向こうに沈んでいく夕陽を眺めていた。さっきまで青さの残っていた空が、今は一面オレンジ色に染まってキラキラと輝いている。眺めを遮るものはなにもない。ここはまさに特等席!

 まぶしくもやわらかい光に照らされて、思わず俺は鼻歌を歌い出した。


「フーンフフ、フフフフ、フフフフフーン」

 ゆっくりとしたメロディーが、穏やかな風に乗って流れる。


「おうおう、カズキ、またその曲か?」

「なんだかとっても、不思議な旋律よねぇ」

「どの街でも聞いたことのない曲なんじゃが、どこか懐かしい気持ちになるのぅ」


 仲間たちが足を進めながら、和気あいあいと口々にそう言った。それをニコニコと聞きながら、俺は鼻歌をどんどん先へ続けて歌う。


「フーンフフ、フフフフ、みな、かーえーろー」

 そのうちに、誰も知らないはずの歌詞が俺の口から飛び出してきた。


「かーらーすーとー、いーっしょにー」

 その続きも、驚くほど自然に。


「かーえーりーまー、……しょおー……」

 そうして俺は、確かにこの歌の一番を歌い終えた。鼻歌のメロディーだけじゃなくて、歌詞までつけて。


 ……誰も知らないはずの? いや、俺が今まで思い出せなかった……?



 俺はバッと立ち上がった。

「そうか!」

 思わず俺は叫んでいた。

「そういうことだったのか!」


 今日みたいな夕焼け空を見るたびに、あるメロディーが俺の頭の中に響いていた。この世界じゃ聞いたことのない、誰も知らないという、不思議な不思議なメロディー。



「クロウ! 帰ろう!」


 たなびく雲。上の方を振り仰いでそう呼びかける。一面オレンジ色に染まった夕焼け空の中でこちら側にくるりと旋回して、クロウは嬉しそうにカァーと鳴いた。


「どうしたカズキ! 今帰っているところじゃんか」

 びっくりしたように、イーデンたちの声が飛んでくる。


「違うんだよ!」


 俺は首をぶんぶんと横に振った。あの夕陽のように明るい顔で晴れやかに叫ぶ。


「俺、異世界転移者だった! 帰るんだ、これで帰れるんだ! 元の、世界に!」


 俺の後ろから飛んできたオオガラス、相棒クロウの足を掴む。そのまま俺は地面を、いや、俺に追突してきた魔物の体を思い切り蹴って、夕焼け空の中へ飛び上がった。



「ありがとう! ありがとう! ホントに楽しかったよ、俺、この世界で!」


 仲間たちは一瞬ポカンと呆気に取られた顔をして、それから、みんなニカッと大きく笑みを浮かべた。俺にも、あの太陽にも、負けないくらいの大きな笑顔を!


「カズキ、俺も楽しかったぜ!」

「カズちゃん、ありがとうー!」

「カズぼう、達者でなぁ……!」


 夕方の風が俺の体をさらう。どこかからか、カレーのにおいがしてきた気がした。





★☆★☆★☆





 白い壁、白い床。その真っ白な部屋のほんのわずか開かれた窓とカーテンの間から、夕陽が差し込んできている。そのまぶしくもやわらかな光が、清潔に整えられたベッドの上に横たわる少年の顔にかかる。全身に巻かれていた包帯のすっかり取れた、しかし依然ずっとずっと目を覚まさないままでいた少年が、ふと、その目を開けた。


「クロウ、お前、そこにいたのか」

 少年の目に、一枚の写真が飛び込んでくる。黒いネコが両親と共に写っている写真。あの時とっさにトラックの前から助けた小さなネコだ。写真の中ではもうすっかり大きく成長している。そしてその写真には「待ってるからね!」と文字が書かれていた。

「ただいま。俺、帰ってきたよ」

 少年は横を向いて、やつれた顔で椅子の上でうたたねをしてしまっている父と母、自分の傍らにいるその二人にそっと声をかけた。


 両親の膝の上にある、何べんも何べんも雫が落ちて、あちこちのページがにじんでは乾いて、しわになったノート。そこに異世界転移者カズキの冒険が記されていることを少年・一輝が知るのは、もう少し先のこと――




[おしまい]



~お題:「夕焼け」~

(以前に短編設定で投稿していたものを、こちらの短編集に組み込みました。)

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