5月21日②:今回の報酬は羽依里が決めてくれ
普段通りの生活を行い、時間は放課後
今日も俺たちは部活記録会へと向かうことになる
「尚介。今日はよろしく頼む」
「ああ。こちらこそ」
今日は俺たち二人に加えて尚介の三人で部活を回ることになる
調理部、手芸部、園芸部、吹奏楽部の四つだ
昨日のメインが演劇部になるのなら、今日のメインは吹奏楽部
秋の定期演奏会用特集に使用する素材も、新聞部に依頼されているので、ここは時間をかけて写真を撮ることになるだろう
「で、尚介。今日は遅くても大丈夫なのか?」
「そのあたりは平気だ。部活で遅くなることは伝えているからさ」
「そっか。じゃあ早速・・・まずは手芸部に立ち寄ろうか」
「俺たちか?」
ちょうど教室から部室へ向かおうとしていたうちのクラスの手芸部員「
手芸店の大袋を持っているので、彼は「ガチ勢」側
そんな彼の荷物が気になるのか、羽依里は興味津々な様子を隠さず、冷泉に話しかける機会を伺っていた
思えば、羽依里の周囲は俺を含め、手芸らしい手芸をしない
だから冷泉といい手芸部員達は趣味関係の話ができそうな存在ではあるのか
「冷泉。ああ、早速お邪魔させてもらえれば嬉しいんだが、大丈夫か?」
「平気だよ。もう集まっている奴は集まっていると思うし・・・てか、俺たちの部活がなんて呼ばれてるか、五十里と笹宮は知っているだろう?」
「幽霊御用達」
「実質帰宅部」
「いかにも。今年は部長に選ばれたのも幽霊部員でな。俺が実質部長を勤めている感じだ。インタビューも俺にしてもらえれば」
「了解。昨日、礼智からも軽く聞いてはいたんだが・・・やっぱり苦労しているんだな」
「ああ。うちの学校は部活動必須だし、こういう部活も一定数あると言えばある。他の部活だったら、園芸部とかもその類だろう。熊代からも「同系統」として良く愚痴を聞いている」
園芸部と手芸部。界隈では「狙い目」と言われるぐらい、幽霊部員が非常に多い部活だ
特に園芸部。顧問の先生はやる気がないし、まともな部員以外はろくな活動をしていないし、実績だって個人で出せるものではない
おかげさまで、幽霊部員が大半を占めているそうだ
次点の手芸部は「適当な作品を作らなければならない」のが肝らしい
しかしそれさえこなせるならば条件は園芸部と同じ。狙い目と言えるだろう
「あ、あの・・・冷泉君」
「ああ、白咲か。なんだかんだではじめましてだな。改めて、俺は冷泉陣。手芸部員をしている。一年間、よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします。ところで、その袋は?」
「ああ。足りない資材だな。俺、部活の時間で服を作っているから」
「「「服!?」」」
「そんなに驚くことか?」
「ああ。びっくりした。それが手芸部での活動か?」
「手芸部じゃないな。俺個人の活動。個人サイトで売って、学費の足しにしてる」
「大学の?」
「ああ。俺、海外の服飾専門学校狙っているんだ。留学は金がかかるからな・・・!と、いうわけだ五十里。また商品の撮影頼んでいいか?」
専門学校狙いでも、岸上みたいなパターンもあれば、冷泉のようなパターンも存在している
けれど、それぞれ道を明確に定めている
このクラスの凄い部分は、そういうところだと思う
「一枚につき宿題模写一問」
「のった!」
「・・・と、いいたいところだが」
「なにかあるのかよ・・・」
冷泉の狼狽えた声を横目に、俺は隣の彼女に目線を向ける
興味を隠していないその視線。もちろん複雑ではある
けれど俺は羽依里が好きなことに対して望む行動をしてやれない
作れない俺は、作られたものを大事にすることしかできないのだ
だから・・・
「今回の報酬は羽依里が決めてくれ」
「え?私?」
「ああ。冷泉と話したいことあるんだろ?」
「・・・どういうことだ?」
俺の提案に、羽依里は驚き、冷泉は不思議そうに疑問を返してくる
どうしようと考えていた羽依里の背を軽く押して、彼女は少しずつ自分のことを冷泉に話しだしてくれた
「あ、あのね。私も入院中にぬいぐるみとか、色々作っていて」
「そうだったんだな。服作りには?」
「少々。ただ、手縫いだから・・・」
「へえ、珍しいな。あ、そうか。ミシンが持ち込めないから・・・」
「そういうわけだな。ちなみに、俺の家にはミシンがない。もちろん羽依里の家にもだ」
「なるほどな。白咲。報酬は手芸部の部室が開いている時間帯だけになるが、ミシンを使えるようにする・・・で、どうだろうか?」
俺はどんな報酬だろうが構わない
それがいいか悪いのか、決めるのは羽依里だ
「いいの?」
「ああ。これもなにかの縁だ。一学期は全日。それから夏休みは合宿と盆以外は部室の使用許可を取るつもりなんだ。白咲も健康状況が良ければ来るといい。歓迎するよ」
「ありがとう。けれどいいのかな。悠真が頑張った対価なのに・・・」
「そう思うのなら、白咲から五十里へ何か報酬を払えばいい」
「そうするね。ありがとう、冷泉君」
「どういたしまして」
「俺からもありがとう」
「いえいえ。しかし噂は本当なんだなぁ・・・」
「ん?」
「知らないのか?お前は白咲が現れてから随分変わったって、よく話題に持ち上がるんだ。まあ、実際は「普段の五十里」を俺たちは見せられているんだろうけど・・・」
「知らなかったな・・・」
普段と変わらない生活だと思っていたのだが、裏では噂話の中心になっていたらしい
変な感じだけど、今までのように変なものではないから・・・気分は、いい部類かな
「・・・ところで笹宮」
「どうした?」
「今日の五十里、本当に調理部に連れて行くのか?」
「ああ、その予定だし」
「・・・気をつけろよ」
「・・・?」
冷泉から謎の忠告を受けつつ、俺たちは最初の目的地である手芸部部室へと向かっていく
本日の部活紹介は、不穏な空気を漂わせながら始まった
・・
「と、いうわけでここが手芸部だ」
「わぁ・・・」
羽依里のはしゃぐ声に、俺は少しだけ頬を緩ませつつ冷泉の案内で部室の中を歩いていく
部員数だけは多いおかげか、意外と広い部室を与えられているようだ
整った設備に、広い部室
予算の使い方がおかしいのでは・・・?という問いはしてはいけない代物だ
きちんと生徒の為に使われていることに対して喜ぶべきだと思うし
最もそれが、理想的な使われ方をしていたら・・・の話だが
「部員数が多いおかげで、予算がなぁ・・・」
「無駄に投資されていて、困惑しているって感じ?」
「ああ、笹宮。お前が所属していた柔道部もなかなかに人が多かっただろう。当時はどうだった?」
「んー・・・正直言えばさ、俺、柔道で推薦枠取ったのに高校入学時に怪我したから、柔道部に所属していたのは一年の四月の・・・たったの三日なんだよ」
「そうだったのか?」
「ああ。だから内情なんて全然だ」
「そっか・・・大変だったな」
「いやいや。今は色々と割り切れているし、なんだかんだで写真部で色々やれて楽しいしさ。悪いことばかりじゃなかったんだぞ?」
「それならいいんだ」
冷泉はそのまま部活の準備に取り掛かっていく
彼が背を向けている間、俺と羽依里は尚介に視線を向けて、軽く笑っておく
「なんだよ、二人して」
「いやいや、悪いことばかりじゃなかったと言ってもらえるのは、お飾り部長としては嬉しいな〜と」
「うんうん。尚介君が楽しいなら安心だよ」
「そろって何をいうかと思いきや・・・本当に仲がいいな、お前らは」
それからは、基本的に羽依里を中心に手芸部を見て回る
やはり冷泉とは趣味関係の話ができて、声が弾んでいるように思えた
「またいつでも遊びに来てくれ」
「うん、ありがとう。冷泉君」
「・・・五十里のワイシャツの件。採寸は藍澤をけしかけておくから。データが揃ったらまた連絡するよ」
「・・・色々とありがとう」
「いいって。上手くいくよう全力で手伝うよ」
「助かるよ」
羽依里は冷泉となにやらコソコソ話している
それを複雑な目線で眺めていると、尚介が肩をそっと叩いてくる
「彼女取られて複雑?」
「そんなわけないし」
「・・・お前、嫉妬とかできたんだな」
「なんだよそれ。俺だってそれぐらいできる」
「あの時から成長したなぁ・・・もうお子様とかいえねぇわ。お前らちゃんと付き合ってるわ・・・」
「なんだその保護者目線は!?」
話し終えた羽依里を出迎えた俺たちは、冷泉に再度挨拶をした後、次の目的地へと向かっていく
次は調理部。尚介の本命だ
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