5月21日③:いい感じの味付けだな。おかわり!

調理部には部室という概念がない

けれどその代わり、放課後の家庭科室が調理部の部室と変貌するのだ


「来たね、五十里。羽依里。笹宮」

「来たよ、玲香ちゃん」

「お邪魔するぞ、弓削」


調理部といえばやはり彼女。弓削玲香は調理部を代表して快く俺たちを出迎えてくれた


「後、餌付けも頼んだ」

「わぁ・・・今日は和定食じゃん。味見は、味見は?」

「やっぱり笹宮は味見目当てできたかぁ・・・」

「笹宮君、もう来てる?」

「私ので良ければ・・・」

「あ、ずるい。笹宮君。今日のは自信作なんだよ。早く!」

「え、食べていいの?マジで?いただきます!」


尚介は他の調理部員に連れて行かれ、用意されていた食事を摂り始めてしまう

まあ、それが目的だったわけだし・・・いいといえばいいのかな


「尚介君、モテモテだね」

「本人は自覚してないけどなぁ・・・女子から声をかけられているのも「良く食べそうだから」とか思っているみたいだし」

「みたいだね。ぱっと見怖いけど、とっつきやすい性格だし、裏で狙っている子は多いんだよねぇ笹宮」

「ああ、いい感じの味付けだな。おかわり!」

「ありがとう!」


確かに気遣い上手だし、表裏もないし素直だし・・・モテる理由もわかるんだよな

調理部で滅茶苦茶食べて帰っても、家のご飯は残さず食べるそうだ

尚美さんも滅茶苦茶嬉しいだろうな。好き嫌いもなく、なにもかも喜んで「美味しい美味しい!」って言いながら沢山食べてくれるんだから


「なんで彼女作らないんだろうね?」

「告白されたところ見たことないぞ」

「マジで・・・?」

「マジで。傾向としては、告白にも至れない奥手の子に好かれやすいようだ」

「難儀だなぁ・・・」


「それに、本人曰く「好きな子」がいるらしいぞ」

「マジで!?」

「ああ。未だに目を合わせて貰えないらしいけど、最近は隠れずに話してくれるようになったとか」

「その子もなかなかに奥手だねぇ。五十里君はその人物に心当たりがあったりする?」

「いや、全然?」

「・・・良く隠れる」


「進展した話とか聞くの?」

「いやぁ。逆だな。その子、今大怪我をしたらしくて。見舞いに行きたいけど迷惑じゃないかって変なところで悩んでいてさぁ」

「・・・どう考えてもあの子では」

「どうした、羽依里。何か心当たりが」

「ううん。全然・・・」

「そっか。やっぱり知り合いじゃないみたいだ」


じゃあ、早速部長に取材をっと・・・

先に調理部に立ち入り、部長をやっている生徒の元へ向かう


「・・・羽依里、本当は心当たりあるでしょ?」

「うん。状況的に悠真の妹だと思う。ちょうど大怪我しているし、人見知りで、慣れない人と接する時は悠真の背中に隠れているから・・・」

「よく気が付かないなぁ・・・」

「むしろ条件に一致する人は一人しかいないのに・・・逆に気がついていないふりなのかって疑いたくもなるよ。けど・・・」

「あれは、ガチで気がついていないパターンだよねぇ」


部活に取り組む俺の背中を見つつ、女性陣はなぜか呆れ返っていた

・・・一体、どういうことなのだろうか。さっぱりわからない


「出たわね、五十里」

「・・・誰だっけ?」

「そろそろ名前ぐらい覚えなさいよ!馬場純恋ばばすみれ!あんたと同じ三年で調理部部長の・・・」

「ああ。今年は君か」


面倒な存在が部長になっていたらしい

名前は忘れていたというか、存在すら記憶から消し去りたいぐらい面倒な女ということは覚えていたが

・・・今年は彼女に取材をしないといけないのか


「何よそのうんざりした顔は」

「心の底から面倒だなと思っている」

「思っていること、口に出さないほうがいいわよ」

「わかっている。それぐらい。ほら、さっさと済ませよう。君も嫌だろう?」

「・・・別に嫌じゃないけど」


髪をくるくるさせつつ、彼女はそう告げる

もちろん目は合わせない。ああ、本当に意味がわからない


「・・・ふーん」

「・・・うわ、羽依里が滅茶苦茶怖い。勘づいている感じか」


軽く取材を済ませると、馬場はなぜか俺を引き止めてくる

・・・嫌われていると思っているんだけどな。なぜ引き止めてくるんだ


「あ、あのさ・・・」

「話は終わっただろう。お互いこれ以上の話はしたくないだろう?」

「あ・・・」

「尚介、まだ食べていくか?」

「ん!」


未だにご飯を提供される尚介は完食するために調理部に残ると思ったから、この答えは予想通り

本当に、律儀なやつだ。多分、今待機している子の分も含め完食してくるだろう


「そうか。じゃあ園芸部で合流しようか」

「わかった!」

「羽依里、俺たちは吹奏楽部に行こう。きっと凄いぞ」

「うん」


さりげなく、羽依里は俺の腕に自分の腕を絡ませてくる

距離感が近く、なんというか触れてはいけないものにまで触れている感じがするが・・・


「・・・」

「羽依里さんや、どうしたんだ」

「別に、なんでもない」

「それにしては、人の目があるからと普段はしてくれなさそうなことを全力でしてくれているような気がするのですが」

「そんなことない。私は悠真の「彼女」だから。これぐらいいつもしてる」

「・・・」


頬を膨らませた彼女は、俺が反論を述べる度に体を密着させてくる

馬場に見せつけるように、思いっきり


「じゃあ弓削。俺たちはここで。尚介を頼む」

「了解。もー・・・相変わらず仲のいいことで」

「な、ちょ、玲香・・・あの二人」

「うん。付き合ってるよ」

「なぁ・・・」

「あれ、もしかしなくても、純恋・・・五十里を本気で狙ってたの?今までツンケンしてたのって」

「あ、あんたに関わるやつなんて私しかいないムーブしてた・・・それが成功の鍵だって、お姉ちゃんが・・・」

「五十里は間違いなく、確実に、絶対マジで迷惑だと思ってるよ・・・」

「でしょうね!」


後ろで何故か馬場が泣いているようだが、なぜ泣くのか全然わからない

本当に怖いな。情緒不安定なのか・・・?

・・・まあいいか。もう関わり合いになることもないと思うし


「・・・どんな事をしようが、悠真は靡かないもん」

「どうした、羽依里」

「なんでもないよ。さ、吹奏楽部に行こうか!」

「あ、ああ・・・」


腕は密着したまま。そのまま俺たちは次の目的地である吹奏楽部へと向かっていく

到着する頃には、羽依里の理性も戻ったのか・・・


「・・・」

「・・・」


腕はさりげなく離されたのは言うまでもない話であり

同時に、残念すぎた話だ

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