5月20日⑨:子供にしては夢がないと藤乃さんは思っちゃうな・・・

暁空港行きのバスの中

俺たち以外のお客さんはどうやらいないらしい


「・・・静かだね」

「そうだな」

「静かすぎて、変な感じ」


いつもは騒がしい藤乃も大人しくなるほどの静けさを乗り越えて、俺たちは目的地である空港前でバスを降りた

時刻は夜七時。まだまだ余裕がある時間帯だ


「羽依里ちゃんのお母さん、もう到着してるかな?」

「母さんからは既に家を出た連絡は貰っているし・・・到着していると思う」

「そうなんだ・・・じゃあ、探してみようか」

「ああ」


母さんの話だと、円佳さんはまず暁空港から都市空港の方へ向かうらしい

そこで乗り換えて、どこかの国の空港を経由して・・・ブラジルに戻るそうだ

時差を感じさせないパワフルさは正直見習いたいのだが・・・無理していないといいな

うちの問題に巻き込んで、想定以上に疲れさせただろうし


「・・・あら?羽依里?」

「お母さん、よかった。見つけた!」


声をかけてくれたスーツ姿の女性は間違いなく円佳さん

なぜ、という疑問が強いようで俺たちを見ては目を丸くするばかり

・・・どうやら、母さんは俺たちがここに来ることを伝えなかったみたいだな


「わざわざ見送りに来てくれたの?悠真君と・・・そちらは?」

「わ、私は・・・」

「こちらは穂月藤乃さん。うちの真向かいの・・・」

「呉服店の?」

「そうそう。円佳さんに紹介できてなかったなって。学校では女子しか行けない場所とか、別々の授業になった時、藤乃に様子を見てもらうよう頼んでいるんですよ」

「そうだったの。ご挨拶が遅れて申し訳ないわ。私は白咲円佳。羽依里の母です。娘がいつもお世話になっています」

「い、いえ。羽依里ちゃんには私もお世話になっています・・・改めまして、穂月藤乃です。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

「藤乃ちゃんね。どうか、これからも羽依里のことをよろしくして貰えると嬉しいわ」

「もちろんです」

「そうだ。三人とも晩御飯はまだでしょう?一緒に食べましょう。ここのレストラン、美味しいのよ!」


テンションが高い円佳さんに連れられて、俺たちはレストランの方へ向かっていく


「もちろん、今晩は私がごちそうするわ!好きなの食べちゃいなさい!」

「・・・いいのかな、悠真」

「・・・お言葉に甘えとけ。遠慮は逆に失礼だ」

「・・・そっか。じゃあ、甘えとく」


口数は少ないけれど、どこか嬉しそうで楽しそうな藤乃と共に、羽依里と円佳さんの後ろを歩く

すると、円佳さんが何かを思い出したように藤乃の方へ振り返った


「ああそうだ、藤乃ちゃん。流石に外食は突然よね?ご両親に連絡してもいいかしら」

「あ・・・いや、大丈夫です。今日、両親共にいないので」

「そう?出張かなにかで?」

「そんなところです」


作り笑いには、俺以外誰も気が付かない

円佳さんも、それが本当だと信じて疑わない

羽依里も藤乃が言うのなら、そうなのだろうと深くは聞かない


「藤乃」

「何かな、悠真」

「俺は約束通り・・・藤乃の家庭のことを言いふらすつもりはない」

「そう。安心していいんだね」

「ああ。けれど「話さないといけない時」は例外だからな。俺としては羽依里にも事情を理解してもらっていたほうが、もしもの時、動きやすいから・・・彼女にだけは話したいんだが」

「浮気とか疑われたら大変だもんね。そこは悠真の判断に任せるよ。・・・でも驚いた。まだ約束を続けてくれるんだ。悠真のお願いはもう必要ない部分まで来たのにさ」

「絵莉との距離を間に入って調整して欲しい・・・懐かしいな。そんなお願いを、転校したてのお前にしたのも」

「うん。びっくりしたよ。けれど・・・嬉しかった」

「なんで」

「・・・誰かに必要とされることが、嬉しいんだよ」


絵莉と同じような境遇を持って、土岐山にやってきた藤乃

転校したての藤乃は、色々と不安定な存在だった

今もたまにその名残が表に出てくるのは正直・・・見ていられない


「そうかよ。少なくともお前は俺にとって羽依里の次に大事な存在だぞ。超必要。計画性はそろそろ身につけてほしいけど」

「うるさいんだけど!?それに、一番じゃないのが憎たらしい!」

「仕方ないだろう?俺にとって、何よりも大事なのは羽依里なんだから」

「はいはい、知っていますよ。そういう一途なところがいいんだけどね」

「ん?」

「あ、別に恋愛的な意味ではないよ。悠真とか論外だし。一生一緒にいられる気はしないね」

「おい」

「ただ、人間として格好いいとは思うよ。人ってさ、何か目標的な物を決めても・・・ずっとそこへ向かって一直線に歩けるわけじゃないから」

「・・・まだ道半ばだ。褒めるな」

「わかってるよ。恋人関係なんて、悠真からしたら序の序だもんね。結婚どころか家族計画まで念入りにしてるもんね」

「・・・なぜそれを?」


羽依里とそのことについて話したのは、藤乃が引っ越してくる前の話だ

絵莉が知っているのはおかしくない話かもしれないが、藤乃が知っているのはかなりおかしい


・・・母さんが話したとかそういうことはないだろう。もちろん商店街の面々もだ

うちと穂月家は家族での付き合いがない。藤乃の両親が商店街で買い物をしているのも見たことがない

穂月家は近所付き合いが殆どないのだ

だから過去の俺たちのことを知りようもないはずなのだが・・・


「写真立ての裏の手紙が」

「・・・写真立て?」

「夏の訪れ・・・あれさ、悠真が風邪で寝込んだ時に押しかけた時あるじゃん?その時に鞄の中に入っちゃったみたいでさ!」

「・・・え、どっち?」

「初回」


ほぼ一ヶ月近く本棚の中に夏の訪れがなかったことに気が付かなかった

・・・あるのが当たり前だったから、ずっとあるものだと錯覚していたのだろうか


「返そう返そうと思って、なんだかんだで一ヶ月預かっていたのは申し訳ないと思うし、勝手に写真立てを開けて「俺と羽依里の人生計画書」を読んだのも申し訳ないと思う」

「本当だよ」

「けどさ、老衰のタイミングまで計画するのはちょっと、子供にしては夢がないと藤乃さんは思っちゃうな・・・」


真顔で告げられた一言は、俺の心をかなり抉り取ってくる

そのことは忘れていたのだが・・・そんなことも話していたのか

子供の頃の俺は一体何を考えていたのやら。本当によくわからない


「それは俺も思っているし、あれは子供の頃の夢だ。老衰はともかく、他の過程も今はもう少し現実的に考えている」

「・・・ちゃんと考えてんだ」

「ああ。向き合えたのは一昨日の件があったからだ。なんだかんだで、悪いことばかりじゃなかった」


色々なことに目を向けられたと思う

両親の事情が想像していたものより複雑だったこと

千重里おばさんも、千夜莉お姉さんも、慎司おじさんも・・・何食わぬ顔をしてそんな事情と自分たちなりに向き合い、受け止めて、どうにか抜け出そうとしていたことも


「一昨日はありがとうな、藤乃」

「気にしないでよ。きちんと丸く収まった?」

「ああ。心配もかけたし、お礼も遅れたし・・・すまないな」

「いいって。お互いにいつものことでしょ。今更だよ。それで、一昨日のことで何と向き合えたの?」

「今後のこと」

「もう色々と決めたわけだ。詳しく聞くべきなのは、私じゃなくて目の前のあの子だったりするよね?」

「そうだな。だから、その先は言わない」

「うん。そうした方がいい」

「もちろんだ」

「・・・そろそろ私もお役御免かねぇ」


背後でそうぼそっと呟いた藤乃へ、若干小馬鹿にしたような笑いを返しておく

お役御免なんてまだ早い


「そんな訳あるか」

「やだ、まだ藤乃さんを頼るの?」

「なんでも気兼ねなく相談できる友達はお前ぐらいだ」

「やだー、悠真。男女の友情は成立しないんだよ」

「互いに異性として論外ならいけるだろ」

「え、悠真さり気なく私を論外扱いした・・・?」

「羽依里以外論外に決まっているだろ」

「そりゃそうか」


必要とかそういう理由で俺は藤乃と友達をしているわけではない

ただ単に、一緒にいて心地いいから友達関係を続けているだけだ

なんだかんだで一生続きそうなんだよな、藤乃との縁

できれば続いて欲しいという気持ちの方が強い

・・・中学時代、俺のストーカーを始めた女の髪の毛混入チョコレートを食い合った仲だからかね


いや、流石にそれはないな

・・・この関係の始まりと言えば、そうだな

藤乃の両親が離婚していることを知ってからだと思う


週に一度、藤乃が成人するまで・・・藤乃の両親はもう夫婦でもなんでもないけれど・・・あの店の上にある居住スペースで、夫婦として過ごす

今だって、藤乃の両親は「出張」しているわけではない

父親は「帰っている」だけ

椿さんは・・・彼氏にでも会いに行っているのかな

もちろん藤乃の現状は、互いのパートナーも理解をしているそうだ


普通より多額のお金を用意して、あの場所で藤乃を一人生活させる

・・・正直聞いてゾッとしたね

誰にも話せるわけがない

誰にも理解されるわけがない。こんな、狂ったことをしている家のことなんて


「藤乃」

「なにかな」

「そういうわけだから、俺は今後もお前を頼り続ける。だからお前も絶対に頼れよ」

「・・・うん。ありがと」


ふと、ここでわざとらしい咳払いが入る

目的のレストラン前に到着したらしい

ふと、顔をあげると咳払いの直後らしい円佳さんが複雑そうな視線をこちらに向けていた


「悠真君、全部丸聞こえよ」

「・・・小声だったから、私達以外には聞こえていないと思うけど」

「・・・あはは」

「あははは・・・」

「ほら、詳しい話は食べながら聞かせて頂戴。藤乃ちゃんもね」

「あ、私もですか・・・」


藤乃もどうやら逃げられないらしい

円佳さんに連れられてレストランに入った俺たちは、人が少ない席に案内されて、四人で腰掛ける


注文を終えた後、反対側の席に座る円佳さんと羽依里は俺たちにまず何を聞くか考えつつ、料理が来るまでの時間を過ごし始めた

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