5月20日⑦:むしろ健全だ。気にしないでくれたまえ

旧校舎の中でもそこそこ綺麗に整えられた教室の一つに置かれたソファへ羽依里を横たわらせる


「ありがとう、悠真」

「いいって。少し休んでいてくれ」

「うん。悠真も無理しないようにね。約束」

「・・・」

「指切り」

「・・・わかったよ」


差し出された小指に自分の指を絡ませる


「ゆびきりげんまん」

「嘘ついたら、饅頭百個のーます」

「「指切った!」」


俺と羽依里だけのオリジナル指切りを終えて、互いに小さく笑う

今でもなんで饅頭なんだろうなって、考えるけれど

なんだかんだで小さい頃は小倉饅頭を大量に食べていたし・・・まあ、そういう部分もあるんだなってことで、そのまま進めている


「じゃあ、行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい」


羽依里に見送られつつ、廊下に出る

そのまま演劇部の部室に行きたかったのだが、流石に行けない


「あー・・・やばかった」


真っ赤になった顔は、反らしてはいたけれど羽依里に気づかれていただろうか

耳まで熱があるのを感じるし、おそらく耳まで真っ赤になってるだろう


「気づかれていないわけがないか」


俺だって普通の、どこにでもいる男子高校生

感性だって人並から外れているわけがない


「小さくてでかくて全部やわらかいとか反則じゃないのかね・・・」

「何が反則なんだい?」

「うわっ・・・!?あ、岸上か。すまないな、待たせて」

「それはいいのだけれど・・・君」

「なんだろうか」

「顔が真っ赤だね。おんぶごときで。初心だねぇ」

「・・・言うな」


羽依里や家族に言われるのはともかく、岸上から指摘されるのはなぁ

なんだかんだで初めて喋った気がするし

最初のまともな会話がこれとか。勘弁してほしいんだが


「いいよいいよ。むしろ健全だ。気にしないでくれたまえ!てかもっとそういうのくれ!」

「羽依里のお父さんがいいそうなことを言わないでくれ・・・」


おっさんのように笑う岸上の後について、演劇部の部室へと向かっていく

舞台で存在を主張するかのように足音を鳴らし、ボロボロの廊下を歩く彼女

そのふるまいだけで、彼女の歩く廊下がボロの廊下ではなく、おとぎ話に出てくるような豪華な絨毯と大理石の床に見えてしまう不思議


それほどまでに、彼女の演技力というのはどこか引き込まれる魅力がある

整った顔立ちに高身長。演劇部では男子を差し置いて男性役を得つづける「男装の麗人」

高い演技力で数多の人間を魅了する

それが、俺の知る岸上恵理子という女子生徒だ


「そういうのもっとくれって・・・」

「次の劇が恋愛ものだからね。些細なことでも参考になるものが欲しいんだ」

「・・・参考になってくれるのなら、いくらでも」

「ああ。助かるよ!」


まさかここまで奇人変人の枠組みにいるとは思っていなかったな

教室でも誰とも話さないし、男子の間では「高嶺の花」扱いをされていると、尚介が言っていた

彼女の本性は、演劇部の面々ぐらいしか知らなさそうだ

俺も、関わりを持ったのは初めてだが・・・岸上との付き合いは長いほうだ

だからこそ驚いている。今までも俺も周囲が言うような存在だと思っていたのだから


「そういえば、五十里君とは初めて同じクラスになるね」

「中学の時から一緒ではあったけどなぁ・・・」

「まともな会話もこれが初めてだね!あはは!」


「まさか、あの麗人がこんな性格とは・・・」

「こんな性格でしたというやつだね。僕はあまり教室にもいないし」

「ずっと部室か?」

「そうだね。僕自身役作りはかなり時間をかけて行うタイプだから・・・普段の学校生活に現を抜かしている場合ではないんだ」

「ストイックだな」

「そうだよ。僕は演劇部員である前に、劇団に所属している役者でもある。仕事だよ。真剣になるのは当然じゃないか」

「・・・劇団所属役者だったのか」


演劇部だけでなく、プロの劇団に所属している役者・・・一度に二つの役を受け持つこともあるのだろう

その二つを、完璧にこなし続け、今の彼女はここに立つ

もちろん、うちのクラスにいるということは学校生活こそ犠牲にしているが、学業に関しては手を抜いていないということだ

仕事と勉学、両立させるのは非常に難しいことだ

俺も似たような立場にいるから、その苦労は痛いほど理解できる


「大学も、その方面に力を入れているところか?」

「ああ。どうやら大学も学部こそ違うが、君と一緒らしい」

「なら、大学でも世話になりそうだ」

「そうだね。僕もよろしくしておくよ。君とは長い付き合いになりそうだからね。あの「若き天才」に名前を売っておくのは、今後の僕の為にもなりそうだ」


岸上が志望しているのは芸能科か舞台芸術科だろう

元々神栄芸大は普通の芸大よりもレベルが高いのだが・・・その中でも岸上が志望しているであろう学部は俺が志望している写真美術科より偏差値がさらに高かったはずだ

ここにいるのだって、それに合わせた形になるのだろう

しかし、まだその呼び名を知る人間がいるとは・・・


「それはもう廃れた名前だよ」

「やだな。今は風景写真に転向しているけれど、賞だけは今も総ナメしてるんだろう?若き天才の名は衰えるどころか、更に磨きがかかっていると思うけれど」

「・・・総ナメにはしていない。沢山は貰っているけれど」

「今でこそスランプのようだけど、君の腕は衰えてないようだからね。また人物写真を・・・できればあの「夏の訪れ」のような、素敵な写真を撮る日を楽しみにしているよ」

「・・・ありがとう」


演劇部に案内された俺は、そのまま部長や部員の集合写真を気分を悪くしながら撮り、稽古の様子も撮影していく

手際よく、とまではいかないがそこそこテンポよく進め、演劇部の撮影は順調に終わることが出来た

それから俺と岸上は、空き教室で休んでいる羽依里の様子が気になるということで、一緒に部室を出ていく


「なあ、岸上」

「なんだい?」

「羽依里は頼んでいいか?」

「別に構わないよ。残りはサバゲ部だろうし、彼女をそこに連れていけば、悪化するかもしれないからね。彼女は僕が見ておくよ」

「助かる」


「お礼は・・・そうだな。君と彼女が付き合い始めたきっかけの話でどうだろうか」

「勘弁してくれ」


話せばまず、朝が羽依里に攻撃的だったことから話さないといけない

流石に今は上手く話せる気がしないので、流石にここを話すのは・・・気が引ける


「では、そうだな。君の代表作「夏の訪れ」・・・あれに映る女の子は白咲君だろう」

「まあ、そうだが。さっきも気になっていたんだが、俺があの写真を撮った事、知っていたのか?」

「もちろんだとも。僕は芸術鑑賞が趣味でね。君の風景写真を眺めていたら、その写真がヒットしたんだよ」

「ほう」

「どこか目を引く、瑞々しい空気の中に存在する甘い記憶。僕はそれが撮られた時の話をぜひとも聞きたいね。どうだろうか?」

「それぐらいなら、まあ・・・構わない」

「決まりだ!今度時間を作ってくれ!約束だ!」


それぐらいで良ければお安い御用だ

あの写真も持って行って、思い出話に浸れたらと思う

羽依里も一緒に来てくれると助かるな。あの写真は、羽依里が被写体だし

羽依里がいたからこそ、完成した写真なのだから


興奮気味の岸上に羽依里を頼んだ後、俺は旧校舎の外へ出る


次の目的地・・・本日最後の目的地は旧校舎裏の山林

サバゲ部の活動本拠地がある場所だ

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