5月20日⑤:君を見ていたら、私も頑張らなきゃって思うよ

写真を涼月に確認してもらい、彼女から見ておかしなものがないかきちんとチェックを入れてもらう

流石に、学校でしか使わないとはいえ・・・本人の許可がないおかしい写真を使用するわけにはいかないから


「全部大丈夫。今日も綺麗に撮ってくれてありがとう」

「カンシャー!」

「いえいえ。撮影協力ありがとう」


精神的なものこそあれど、腕はきちんとカメラを構えることが出来ていた

問題なく、という訳では無いが・・・この後もきちんと撮影が出来そうだ

問題といえば、羽依里が側にいない撮影・・・この後の畜産部の撮影になりそうだが


「どういたしまして。しかし、みせつけてくれてましたなぁ・・・」

「あれは・・・」

「気にしないで。君、今日は顔が青ざめていなかったから。羽依里ちゃんがいると、安心するんだね」

「・・・まあ、そんなところだ」


ニヨニヨする涼月から顔を背け、念仏に耳を傾けた

すると、ちょうどいいタイミングで念仏が止み・・・


「五十里君、穂月さん。来ているならよかった。始めようか」

「あ、ああ・・・」

「遂に来ちゃった・・・」

「二人共、頑張って・・・」

「もちろん。涼月、出てくるまで羽依里を頼む」

「任された!」


羽依里の応援を背に、俺たちは畜産部の部室へと足を踏み入れていく


・・


その後、露代は俺達の目の前で笑顔のまま鶏の首を落とした

慈悲な笑みは、命に対する感謝を

これまで共に過ごしてくれた鶏へと向けられていた


「愛!これが愛だよ!」

「ひぃぃ・・・相変わらずで安心するけど、やっぱりおっかないよこの男・・・!」

「だなー」

「悠真はもう少しまともな反応返してよ!?私の理性を保つためにもさ!」

「いや、まともに対応したら俺の精神が持たないから」

「もう既に自分だけメンタルプロテクトしてるんじゃないよ!」


「さあ、穂月さん。このまま血抜き作業をしていこう。羽もむしるから、頑張ろうね」

「ぎゃああああああああああああああっ!?」

「五十里君は次に行って。僕はこの反応がまともな穂月さんを見つつ、メンタルケアをするからさ」

「おう。じゃあ藤乃。後はよろしくな」

「私そういう役目で呼ばれたの!?」

「終わったら唐揚げ作るから」

「もう少しまともな料理をチョイスしてよ!今は鶏肉の気分じゃないんだけど!」


藤乃も藤乃で、彼女がいるにしても変な男に懐かれたな・・・という点では同情する

まあ、なんだかんだで露代の料理はうまいらしく、藤乃もなんだかんだいいつつもそれに懐柔されている

本当に嫌なら、藤乃は全力で逃げているからな・・・

血なまぐさい畜産部部室を後にし、俺は羽依里が待っている外へと向かう

そちらはそちらで、とんでもないことが起きていた


・・


悠真と藤乃ちゃんが畜産部の部室へ入った後のこと

私と小枝ちゃんはのんびり世間話をしつつ、時間を潰していた


「んー・・・藤乃ちゃんの絶叫が聞こえたから、そろそろだと思うんだけど」

「それで判別できるんだ・・・」


悠真、昔はスプラッタとか苦手だったのに、今じゃ叫び声すらあげないんだ

強くなったな、と思う反面・・・どこか寂しい

昔みたいに「怖いよ羽依里ちゃん」って引っ付いてくれることはもう、ないみたいだから


「・・・実のところ複雑なんだよね」

「?」

「藤乃ちゃん。あ、いや・・・嫌いとかいうわけじゃないよ。藤乃ちゃん、付き合いやすいしいい子だと思ってる」

「・・・何かあるの?」

「実はね、天樹君。作業後は精神が不安定になるんだよ。自分が愛情込めて育てた鶏の首を落とすのは、何年経っても慣れないみたいで・・・」

「慣れるものじゃないと思うよ、それ・・・」


むしろ慣れたらいけないものだと思う

仕事ならともかく、普通の男子高校生が慣れていいものじゃない


「うん。慣れたら駄目だと私も思う。けれど感情を殺せば、それは命を頂く鶏達に不義理だっていうんだ」

「いい考えだと思うけど、この場では危うい思考・・・なのかな」

「私もそう思うよ。このままじゃ、天樹君が壊れちゃう」

「壊れる?・・・普段の露代君はあまり知らないけれど、普通そうに見えるよ?」

「うん。いつもは普通に戻っているの。天樹君が普通に戻るために使っているのが、藤乃ちゃんの反応。録画までしてるんだよ」

「え」

「藤乃ちゃんの反応が、人として当たり前だから・・・普通に戻るのにちょうどいいんだと。だから天樹君は藤乃ちゃんをめちゃくちゃ気に入ってるの」

「そ、そうなんだ・・・」


藤乃ちゃんもなかなか変な人に好かれているらしい。小枝ちゃんの前では、流石に言えないけれど


「天樹君にとって、その方法が一番いい手段っていうのはわかるよ。けれど、やっぱり彼女としては複雑なわけ。自分が支えられないから」

「うん。支えたいよね、大事な人だから」

「羽依里ちゃんはきちんと支えられていたよね。写真撮る時の五十里君にしっかり声かけてさ。私もあんな風にしてあげられたらなって思うよ」


そう言われて、少しだけ心が痛んだ

悠真がああなった原因は、元を辿れば私がいるのだ

支えている、というよりは・・・罪滅ぼしの方が近いような気がするけど

周囲にはきちんと支えているように見えるらしい


「羽依里ちゃん?」

「あ、ううん・・・ちゃんと出来ていたみたいでよかった」

「出来てたよー?側にいるだけでも違うと思う。カメラを構えた五十里君が、いい表情してるの、初めてみたから」


思えば、顔面をきちんと見たのも初めてかも、なんて笑う小枝ちゃんにつられて私も笑ってしまう

そうだった。少し前の悠真は、前髪で目元を覆っていたのだから

それは部活中でも変わらなかったらしい


「五十里君の変化には、羽依里ちゃんが大きく関わっている。きっと、いつか苦手なことも羽依里ちゃんの支えで乗り越えられる」

「・・・」

「君を見ていたら、私も頑張らなきゃって思うよ。大事な人を支えられるように、羽依里ちゃんみたいに動ける人になりたいや」

「そっか・・・応援してるね、小枝ちゃん」

「ありがとう」

「アリガトーアオ!」


最後は自分というように、今まで無言で周囲をキョロキョロしていたヨウ君が高らかに声を上げてくれる

お陰で、少し重かった気分が晴れた気がした


「そうだ、羽依里ちゃん。せっかくだし、うちのをモフっていきなよ」

「モフ?」

「うさぎとかどう?」

「うさぎ・・・!うん!触りたい!」

「少し待っていて。大人しい子、連れてくるから」


軽い足取りで飼育小屋に向かった小枝ちゃんは、うさぎを三羽連れてきてくれる

その内の一羽・・・真っ白なうさぎを抱っこさせてもらい、しばらく過ごしていると・・・


「・・・なんだそれはぁ」

「あ、おかえり五十里君」

「おかえり悠真」

「うさぎと羽依里・・・うん。最高の組み合わせだ」

「写真撮れば?あ、もっとうさぎいた方がいい?連れてこようか?」

「あー・・・いや、済まない。涼月、理由を聞かず、俺のスマホで今の羽依里を撮ってくれないか?待ち受けにする」

「えぇ!?自分で撮りなよ・・・まあ、聞かれたくないことがあるんだろうし、やりますけどさぁ・・・」


悠真は小枝ちゃんにスマホを預け、写真を撮ってもらう

・・・やっぱり、私の写真だけはどうしてもなんだ


「ほら、撮れたよ」

「ありがとう」

「いえいえ・・・まあ、次はないからね?あるとしても、五十里君も被写体になる時だけだから」

「・・・ああ」


少し強めの言葉と共に、スマホが悠真の手に返される

その言葉に、悠真だけでなく私の心も重くなってしまった

その後、私達は小枝ちゃんから見送られつつ、畜産部と飼育部を後にし・・・残りの二つへ向かっていく


次は土岐山高校旧校舎

そこに存在する、演劇部のようだ

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