5月20日③:悠真のおすすめはありますか?

円佳さん特製の朝食を食べ終えた俺たちは、少し早めに家を出た


「それじゃあ、行ってきます」

「いってきます」

「今日も一日頑張るように!」

「気をつけるのよ」


母さんたちの見送りを背に通学路を歩いていく

ふと、隣に視線を向けると・・・羽依里の表情が緩んでいた


「円佳さんに見送られて嬉しい?」

「ま、まあね・・・だって、小学生の時以来だし。朝ご飯も、色々」

「確かに」


俺は毎日それを享受して、あるのが当たり前だと感じている

しかし、羽依里みたいにそれが特別だと思う人も中にはいるわけで・・・


「そういえば、円佳さんは今日帰るんだよな」

「うん」

「いつの飛行機か聞いたか?」

「夜の九時だって。だから、五十里家を出るのは・・・夕方の六時」

「・・・どこの空港かは?」

「聞いてない・・・」


ポケットからスマホを取り出して、母さんに連絡を入れておく

円佳さんがどこの空港に行くか聞いておいて欲しいと

すると、すぐに「暁空港からよ。悠真のお弁当袋の中に羽依里ちゃんの夜分の薬もいれておいたから。ゆっくり帰ってきていいからね」なんて、俺の考えていることなんて丸わかりと言わんばかりのメッセージが帰ってきた

流石だな、母さん・・・


「母さんから暁空港からって返事来た。今日は見送りに行こうな」

「いいの?でも、部活記録会が・・・」

「流石に六時まではかかるけど・・・その後、空港行きのバスに滑り込めば大丈夫。空港でなら十分見送れる時間だよ」

「空港まで」

「きつそうか?」

「ううん。大丈夫。けど、いいの?空港まで付き合ってもらって」

「それぐらい普通だから」

「ありがとう、悠真」

「いいって」


俺自身、円佳さんにはお世話になったから、最後にきちんとお礼をいいたいっていうのもある

けれど、それ以上に・・・次にこうして会えるのは八月

オリバーさんと一緒に帰国するであろうタイミングまで、羽依里はまた親と離れて暮らすことになるのだ

ギリギリまで親子の時間を作ってあげたい


「でも、よくわかったね。私の言いたいこと」

「まあな・・・でも、言い出しにくい空気とか作っていたか?」

「そんなことないよ。言い出しにくい話題でもないし。悠真が話題に出してくれていなかったら、私から話していたから」

「そうか」

「先に気がついて、こうして提案してくれて・・・嬉しいと、思っています」

「そう、ですか」


つられて敬語になってしまう俺の袖口を、羽依里が遠慮がちに引っ張っていた

ふと、腕を上げればもちろんそれは離される


「こっちがあるだろ」

「・・・うん!」


もう一度腕を下げた際、彼女へ手を差し出すと・・・羽依里は嬉しそうに手を握ってくれる

一回り小さな手を離さないよう、俺はしっかり握り返した


「そういえばさ。それ・・・」

「ん?」

「髪型。凄く似合ってる」

「本当?ありがとう」

「自分で?」

「お母さんにしてもらった。明日からは元の髪型かも。そこは少し残念」

「明日は俺がしてやろうか?」

「え?」

「それぐらいなら、問題なく作れるから」


自分でも変な提案だと思うが、髪型のアレンジに心得はある

今でこそセミロングだが、小学生の時は羽依里並に長かった朝の髪を結んでいたのは俺

羽依里が今しているような髪型も、過去に作らされた事がある


「なんでなんで?」

「それは俺が美容師の息子だから・・・」

「冗談だよね」

「まあ冗談だ。昔の朝、髪が長かったろ?」

「ああ、確かに・・・腰まであったよね」

「今でこそ、運動をするのに邪魔だからと切っちゃったが・・・当時は俺が結んでいたんだからな」

「そうなんだ」

「だから、やりたい髪型があったら遠慮なしに言ってくれ。大体のことはできるから」


・・・そうは言うけれど、やはりブランクはあるし、苦手なアレンジも多々存在する

帰ったら、母さんから道具と過去のカタログを借りないとな・・・


「うん。じゃあ、明日から悠真に頼もうかな」

「ああ。どんと任せてくれ」

「それと悠真。一つ質問」

「ああ。なんでもどうぞ?」

「その注文の中に、悠真のおすすめはありますか?」

「・・・へ?」

「ないの?」

「あ、え・・・いや、俺が考えていいのか?」

「うん。毎日考えられないし、それに・・・悠真好みの髪型とか、知れるチャンスだし」

「あー・・・ズルいぞ、そういうところ」

「そう言われてもいいよ。好きな人の一番を知りたいのは当然でしょ?」


朝から心をかき乱すようなことを言ってくる羽依里の表情は、笑顔だけど・・・どこか、悪戯心が混ざっているような

見たことがない、不思議な表情だ

長年一緒にいても、知らないことはまだまだあるらしい


「ねえ、悠真。もうすぐ人・・・」

「ん?」

「・・・ううん。なんでもない」


普段は人が増えてくるタイミングで手を離す

けれど今日は、いいや今日からはそのままでいいと思いながら、前に進んでいく

一瞬だけ、羽依里が狼狽えたような気がしたが、気にせずに

悪いものではないと、心から思っているから


「・・・マジか。藤乃さん間に入るタイミングが皆無になっちゃった」

「おはよ、藤乃。何して・・・あ」

「おは絵莉ちゃん。いやぁ・・・参ったね。私、一昨日の事を含めてあの二人に聞きたいことたくさんあったんだけど、間に入り込めなかったや」

「一昨日・・・?あの買い物の後?」

「そうそう。まあ、詳しくは言えないんだけどさ。家のことだから。私もお向かいだから知ってる程度だしね」

「そ。じゃあ聞かないでおく」

「ありがとう絵莉ちゃん!」


ふと、背後から視線を感じる

けれど気にせず前を歩き続けた


「・・・昔から変わってないと思っていたけど、ちゃんと変わっているんだね、悠真君」

「どしたの絵莉ちゃん」

「いや、なんでも。ほら、私達も学校行くよ」

「おうともさー!」

「そういえば藤乃。あの二人と三人で話す機会はあるでしょ?」

「学校だよ。そんな機会ないって。流石にプライバシー的な問題がさ」

「いや、今日部活記録会だし」

「やめろ。思い出させるなぁ!」


「・・・穂月さん、待っているからね」

「げぇ!」

「はよ、露代」

「おはよう、吹田さん。じゃあまた教室でね」

「ん」


畜産部部長「露代天樹つゆしろあまぎ」は、通りすがりに藤乃と絵莉に挨拶をした後、校門へと向かっていく

もちろん、彼は朗らかな性格が滲み出た笑顔だったのだが・・・

藤乃からみたら、彼の笑顔は獄卒のそれだったことは・・・言うまでもない話だ

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