5月20日②:乙女心を理解した気がしてな

「起きてくれ、羽依里」

「んぅ・・・」

「もう朝七時だ。学校に行く準備をしないと」

「うん・・・おはよ、悠真」

「おはよう」

「・・・」


ぼんやりとした快晴の空色が、白銀に染まる

寝ぼけた彼女の両手は、俺の頭に伸びていた


「どうした?俺の頭になにか付いているのか?」

「少し、切った?」

「ああ。さっきな。起きたてなのに良く気がついたな・・・」


変化という変化はあまりないはずだ

強いて言うなら、髪のボリュームが減ったぐらい。それ以外は整えた後と何ら変わりがない状態なのに

間違い情報が提示されていない間違い探しみたいなものなのに


「・・・」

「どうしたの、悠真。ニヤけちゃって」

「いやぁ・・・今、俺は乙女心を理解した気がしてな。なるほど、確かに嬉しいわこれ」


聞き耳を立てていると聞こえて来ていた話題

前髪を切ったとか、些細な変化に気がついて貰えると嬉しくなる気持ち

それに気がついたのが、大好きな子なら尚更だ

俺には一生無縁と思っていたが、羽依里のお陰で縁のある話題になってくれた


「おとめごころ」

「髪を切ったことに気づかれる事」

「ああ、なるほど。確かに気づかれると嬉しいよね。髪型の変化とか」

「そうそう。しかし、俺は羽依里の変化にちゃんと気がついているか?スルーとかしてないか?」

「大丈夫。いつも気がついてくれているよ。ちょっと切りそろえただけで気がつくのは・・・どうかと思うけど・・・ちゃんと見てくれていること、わかっているから」


彼女を支え、布団から起き上がってもらう

羽依里の身体が負担を覚えないよう、慎重に


それからゆっくりと階段を降りて、一階に到着したら別行動

俺は部屋に戻って布団を畳み、制服へと着替える


今日から中間服

羽依里と選んだベストを身につけ、一人で結べるようになったネクタイを軽く結ぶ

カーディガンは鞄の中。今日の準備を終えているか再度確認する

大丈夫。忘れ物はない


そして最後に、今日から始まる部活記録会で使うカメラを防湿庫から取り出した

バイト代を貯めて買ったフルサイズ一眼

歩鳥さんが「はるまも資産レンズが増えてきたから必要だよねぇ」と、上等な物を買ってくれている

それに目をつけた父さんや慎司おじさんが使うレンズも保管されている

保管されているものに関しては、俺が好きに使っていいとも

今回のレンズは単焦点・・・絞り調整の幅が大きいレンズって今あったかな

二つ持って行くのもありだが、今回は弓道部と柔道部があるし、ズームレンズも持っていくとなると、かさばるんだよなぁ・・・

普段はこれぐらい当然と思ってはいるが、今回は怪我が治った直後だ

なるべく荷物は減らしておきたい・・・と、思うがやはり一生に一回しかない瞬間を切り取る役割だ

妥協はしないようにしよう


使うであろうレンズをケースに入れて、専用鞄に入れ込む

これで準備は完了。後は普段通り、朝ご飯を食べて登校するだけだ


・・


一階に降りて、顔を洗い・・・借りている部屋へと戻る

そこで着替えを済ませたら、姿見で今の自分を確認しておく

今日から中間服。彼とお揃いのベストを身に着けた自分が鏡に映り込んでいた


大丈夫だよね。ちゃんと、似合っているよね


カーディガンを羽織るほど寒くはないから、鞄の中にいれておく

それと一緒に忘れ物がないか確認してから、私は髪の手入れを始めようと櫛を手に取ろうとすると・・・


コンコン・・・と、部屋の扉がノックされる

悠真だったら、ここですぐに「俺だよ。開けていい?」と言うから、悠真ではない

一体誰だろう


「どうぞ」

「羽依里、少しいいかしら」

「お母さん」

「まだ準備を終えていないのね」

「いつもどおりだよ」


部屋に訪れたのはお母さん

遅いから心配をしたのかな。倒れたとか、気になったのかな

いつも通りの体調だと安心させるため、椅子から立ち上がろうとした私を止めたお母さんは、そのまま私の後ろに立つ


「立たなくていいから。羽依里、櫛を貸して頂戴」

「どうして?」

「たまにはね。少しだけ、お母さんの自己満足に付き合いなさい」

「はーい」


櫛を手渡すと、お母さんは私の髪を掬い上げ、櫛で梳かしてくれる

こうしてお母さんが髪を梳かしてくれたのは、小学生の時以来だ


「急にどうしたの?」

「たまには、親子のスキンシップでもしようかなって。朝ご飯も作らせてもらっているし、今日もお弁当も・・・私が作ったわ」

「そうなんだ。お母さんの料理、久しぶりだな」

「そうよね。もう、八年ぐらい食べて貰っていないのかしら」

「そうだよ。人生の半分が病院食」


ふと、お母さんの手が止まる

皮肉的な意味で言ったわけではない

事実を笑い話にしようとしただけなのに、お母さんを酷く落ち込ませてしまった

話題。話題を変えなきゃ


「私ね、お母さんの料理が好きだよ」

「そう言ってくれるのは、嬉しいわ」

「今日のお弁当、楽しみにしてるね」

「ええ。期待しておいて」

「感想、メールで送るね」

「別にいいのに」

「久々で、多分高校生活最後の・・・お母さんからのお弁当なんだから。これぐらいさせてよ」

「・・・もう。わかったわ」


髪が少しだけ引っ張られる

それから三束に分かれ、くるくると動く感覚。ああ、これはもしかして


「はい、出来たわ。智春が持っていたカタログの見様見真似だけど・・・」

「・・・わぁ」


三編みハーフアップというのだろうか

アレンジが施された髪を揺らす私が、鏡に写っていた


「ありがとう、お母さん!」

「いえいえ。久々で私も楽しかったわ。これぐらいしかできないけれど・・・また、帰ってきたら」

「うん!今度はまた別の髪型にしてほしいな」

「まっ・・・任せなさい!」


ちゃんと練習しなきゃ・・・智春にカタログ借りなきゃ。練習方法も聞かなきゃなどなどブツブツ独り言を始めるお母さん

私は知っている。お母さんが家事全般苦手で、手先も不器用だということを

だからこうして、料理をしてくれたり髪型のアレンジをしてくれたり・・・小さい頃から色々としてくれていたけれど、本当は全部苦手なことだと、知っている

仕事が忙しくて大変なのに、こうして頑張って、完璧に何でもできるお母さんを装ってくれるところも・・・知っている


それに気が付かないふりは、今はまだ続けないといけないかなって思うけれど・・・

いつかは気がついていたことを話して、お礼を言わないとなって思っている

私の為に、頑張ってくれてありがとう・・・と

そういえば、私はお母さんに・・・


「ねえ、お母さん」

「何?」

「今日はここを何時に出るの?」

「夜の六時ぐらいね。飛行機は九時に飛ぶ予定よ」

「そう・・・わかった。帰ってこれそうなら、見送りに行くね」


今日から部活記録会。私は悠真について土岐山の部活動を見ていく予定だ

・・・今日だけは早く帰れるよう、後で相談してみようかな

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