5月19日⑨:いつでも話せるでしょ。二人きりで


家の騒動と円佳さんとの話と盛りだくさんだった一日は、日が沈むと同時に終りを迎えてくれた

円佳さんは今、両親の寝室で母さんと女子会?を繰り広げているらしい

寝室の方から、二人の弾んだ話し声が聞こえてくる


歳は離れているけれど、仲のいい母親同士

滅多に会えないし、こうして話が弾むのも納得できる話だ

しかし、本来その寝室で眠っている父さんは「今日のお供はソファかぁ・・・」と嘆いていた

今晩は、円佳さんのために部屋を譲ったらしい

ちなみに昨日の円佳さんは羽依里のベッドで眠ったそうな


今日の父さんはソファで晩酌

酒を飲むのは珍しい。父さんも父さんで、大変だっただろうし。飲みたくなる日もあるんだろう

晩酌と手作りおつまみと共に、父さんはお気に入りの映画を見つつ、一晩を過ごすようだ


そんな五十里家。今は親の目が別のところに向いている

こうして二階の部屋にさえ到達できれば・・・二人きりで話すのも容易

俺と羽依里は、二階にある俺の部屋で向かい合っていた


「・・・いやはや、俺が提案した身ではあるけれど、こうしていざ意識してやろうとすると、緊張するな」

「そうだね」

「・・・」

「・・・」

「なんだか気恥ずかしいな」

「うん・・・」


ただただ、向かい合っているだけなのに

なんだろうか。布団に腰掛けているせいだろうか

なんというか、その・・・なんか、雰囲気がよろしくない

正直に言ってしまえば、俺だって年頃。興味がない訳では無い

けれど、現状を考えると・・・それはまだ早すぎる話だ


「悠真、その・・・大丈夫?」

「ああ!やらしいことをしようなんて考えていない!」

「そんなこと聞いてない・・・!」


一緒にここへ来ていたらしいしろまを顔面に押し付けられる

やばい、頭の中で色々考えていたせいで別のことを・・・!


「さっきのは失言だった。すまない」

「・・・ううん。少し驚いただけだから。ぬいぐるみ、苦しくなかった?」

「これぐらい大丈夫だ。しかし、ここまで来てくれているんだな、こいつ」

「うん。一緒じゃないと落ち着かなくて」

「元ネタがここにいるのに?」

「し、しろまと悠真は別物だもの・・・」

「でも、そいつのモデルは俺なんだよな?」


彼女の腕とともに、手作りで味のあるシロクマを顔にもう一度近づけると、羽依里は複雑そうに視線を逸らす


「・・・やっぱり引いてるよね?」

「引いてはいない。まあ、でも普通に考えたら驚くよな。自分がモデルのぬいぐるみとか」

「だよね・・・」


落ち込んだ彼女の手から、シロマを借りる

こいつが俺のところにやってきたのは、なんだかんだで初めてかもしれない

様々な部分がほつれ、何度も手直しした形跡

目の色はかつてより深く。夜に近い夕暮れの色

多分、今現在の俺と同じ色の瞳なのだろう


「けど・・・色々見てくれた上で作ってくれているんだろうなって」

「ん・・・」

「一応聞いておくけど、羽依里にとって「傍にあって落ち着くもの」って、シロクマ?それともぬいぐるみ?」

「確かにぬいぐるみはあって落ち着くし、シロクマは生き物の中では好きな部類にいるけど・・・一番は」

「一番は?」


口を開けたまま、彼女は動きを止めた

顔を真っ赤にして、目を泳がせて・・・一拍置いてから、改めて俺に問う


「・・・聞いちゃう?」

「聞いちゃう。てか、聞きたい。羽依里から聞いておきたい」


前のめりになりながら、続きを問う

答えはわかっている。むしろそうでないと困る

けれどやっぱり言いにくいのか、羽依里の視線は俺の部屋をぐるぐると回るばかり


「・・・言いにくい?」

「言いにくいわけではなくて・・・その、凄く恥ずかしい」

「恥ずかしい答えなのか?」

「からかわないで!」

「えー」

「・・・だって、正面向いて言いにくいでしょう?傍にあって・・・ううん。傍にいて、落ち着く存在」

「あー・・・うん。全部わかって聞いてた。答えも、言いにくい理由も」

「いじわる」

「いじわるなんかじゃないだろ。むしろ、答えを焦らされる方が意地悪だと思うが?」

「た、確かに・・・」

「てか、恥ずかしい答えなのか?「俺がいて一番落ちつく」って答えはさ」

「恥ずかしいよ。本人の目の前で、悠真がいたら落ち着く・・・言い換えれば、悠真がいないと寂しいって言っているようなものなんだから」


ゆっくりと俺の胸に倒れ込んだ彼女は、不貞腐れたまま俺のTシャツを小さく掴む

そんな彼女を宥めるように背中を撫でて、諭すように話を続けた


「すげー嬉しいけど」

「嬉しい?子供っぽくて、情けないように思えるけど」

「嫌だな。そんなことは考えていない」


羽依里はいつも俺の手を引いてくれていた

そんな彼女は一言で言えば「しっかり者」


「じゃあ何を考えて、嬉しいと思ったの?」

「俺を必要としてくれたこと」


・・・うっかり気を抜くと、強く抱きしめそうになってしまう

羽依里が苦しくないよう「優しく」を心がけて、腕を彼女の身体に回す


「どうしたの?」

「・・・ちょっと、抱きしめたくなる時とかあるだろ」

「変なの。けど、これ好きだな。悠真が近くにいて、温かくて・・・安心する」


力を抜いて、俺に全部を預けてくれた羽依里と共に、布団の上に倒れ込んでみた

横になると、早鐘を打っていた心臓が少しだけ落ち着いてくれた

やはり、自分から行動を仕掛けるのは・・・緊張する


「・・・電気、消していい?」

「うん」

「サイドランプ、つけるから」

「そんなのあるの?」

「一応、デスクの上に。今回は枕元に持ってきております」

「用意周到だね、悠真」

「これぐらいは」


部屋の明かりを消す前に、いつもはデスクランプとして使っている古びたランプの電源を入れる

温かみのあるオレンジの光が点灯したのを確認し、俺は部屋の明かりを消した


「・・・雰囲気、あるね」

「まあ、そうだな。暗くなると、そろそろ寝ないとって感じがして・・・ふあぁ」

「・・・そっち?」

「むしろそれ以外に何がある・・・」


一つ、こんな感じの光景を現場で見たことがある

千夜莉お姉さんの現場だ

サイドランプをつけたそこには、半裸の女性モデルが・・・


「ああ。そういうことか」

「そ、そういう事ってどういう事かなー?」

「羽依里が想像したことじゃないのか?絶対エッチいやつだ」

「・・・忘れて」

「!????!!?!??!?!?!??」


図星か、図星なのか羽依里さんや

自分で言って何だが、正直この答えが正解だなんて思っていなかったんだが!?

・・・そうか。うん、羽依里も興味があるんだな。意外だ

そんな羽依里は俺からの追求を避けるために、布団を頭までひっぱり自分を隠した


「悠真、明日も学校あるんだから、早く寝ないと明日に響くよ」

「あ、ああ・・・けど」

「いつでも話せるでしょ。二人きりで」

「そうだけどさ」


続きを話そうとした瞬間、羽依里は瞬時に腕を伸ばし、サイドランプの明かりを落とす

今日はこれ以上話すつもりはないらしい

・・・どこでそんな知識を身に着けたのか、気になって眠れないんだが

けど、これから聞き出せばいいだけの話か

時間は沢山、あるのだから


「・・・ねえ、悠真」

「どうした、羽依里」

「手、握って」

「もちろん」


小さい頃のように、両手を握りしめて目を閉じた

昔はよくこうして一緒に眠っていたっけ

両手を繋ぐことで、自然と身体の向きが固定される

もちろん寝ている間もそのまま・・・自然と見つめ合う体勢だ

朝、目覚めるまで俺たちはこうして過ごすことになる


「羽依里」

「どうしたの、悠真」

「おやすみ」

「うん。おやすみ」

「明日から、部活記録会だ。よろしくな」

「楽しみ」

「そう言ってくれると、うれしいよ・・・」


慌ただしい休日は終りを迎え、俺たちは再び学生生活へと戻っていく

明日からは忙しくなるが・・・

気持ちを一新した状態で、挑むことができそうだ

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