5月19日⑧:今度は伝えるべき人の前で
ソファに陣取った円佳さんは、俺を床に正座させてくる
怯えた俺を見下すように、ソファで足を組んだ彼女を・・・母さんは手土産の小倉饅頭を頬張りながら見ている
父さんは母さんの湯呑にお茶を注ぎつつ、様子を伺っていた
ダイニングテーブルに饅頭を広げているのには別に何も言わないが、二人共くつろぎすぎでは・・・?
ま、まあ一気に気が抜けるほど落ち着いたということでポジティブに受け止めて置くべき、なのだろうか
「お母さん、人様の家でこんな事しないで。恥ずかしい」
「わかっているわよ。それでも聞かないといけないことがあるの」
「・・・」
羽依里が複雑そうな顔で円佳さんを見つつ、俺の隣に腰掛けてくれる
けれど正座はきついだろう
さり気なく腕を引いて、俺の膝に誘導した
「ちょっと悠真・・・!お母さんたち見てるから!」
「・・・目の前で何のつもり?」
「流石に、俺と同じように正座をさせるわけにはいかないので。しかし座布団もないのでここでは膝が最適解かな、と」
「・・・相変わらず突拍子もないわね」
「よく言われます」
「それで終わらせたら駄目だと思う・・・」
膝の上に座る羽依里から抗議の視線を向けられる
まあ、そうだな。突拍子もないことは結構言ってきた
けれどそれが許されるのは小さい頃だけだ
今は流石に許されない
「わかっている。今後は直すから。今日は見逃してくれ」
「直すの!?」
「なぜ驚く」
「だっていつもの悠真なら、善処で逃げると・・・」
「それはもう一生使わない。今決めた」
「そっか・・・じゃあ、私からはこれ以上何も言わないね」
「ああ。そうしてくれ・・・」
「悠真、怒らないから正直に言っていって。正座きついんでしょ?」
「羽依里は羽のように軽いぞ・・・?」
「もう・・・そんな事ないから。私も人並みに体重ぐらいあるんだから」
羽依里はモゾモゾと俺の膝から降りて、別の部屋に出ていく
戻ってきた彼女が持っていたのは座布団。二組分らしい
「もう。変な無理しない。立てる?」
「ああ、大丈夫・・・おっと」
立ち上がろうとすると、足元にじんわりとした痺れが纏わりついてくる
どこかこそばゆいそれは、しばらくするとジンジンしすぎて上手く動かせなくなるほど
「・・・ほら、脚が痺れてる。まずは足伸ばして。ゆっくりね」
「ああ。心配かけるな、羽依里」
「いいってば。これぐらい」
「・・・すごく調子を崩されるわね」
円佳さんは困ったように俺と羽依里を眺める
けれどその視線には呆れはない。ただ、楽しんでいるようにも感じられた
「まふぉは。ほんなほほろはなふへ、ほっひへまんふうはべははらははほー」
「え、智春。今なんて?」
「はむはむ・・・」
「ええっと・・・多分「円佳、そんなところじゃなくて、こっちで饅頭食べながら話そー」・・・かな。智春、昔から言っているだろう。食べながら話すな」
「まんふうほいひー」
母さんが何かを食べながら話すのは、初めて見た
いつもは行儀が悪いからやめなさいというのに・・・大好物の前ではこんな感じなのだろうか
しかし父さんも父さんだ。なぜ言っていることがわかるんだ
「円佳さん。こっちで話す方が姿勢も楽だろうし。後、俺たちも聞きたいんです」
「そうよね。二人にも無関係じゃないものね。移動しましょうか」
「・・・脚の痺れが取れてから」
「ゆっくりで、いいからね・・・悠真君」
羽依里に脚を撫でてもらい、痺れが落ち着くまで待ってみる
その様子を、ニヨニヨと母さんが
心配そうに父さんと円佳さんが見守っていたのは、言うまでもない話
・・
しばらくして、全てを仕切り直し
保護者側と子供側と、ダイニングテーブルを間に対面する
「悠真君、あの時の電話なんだけど・・・ヤケは、どこまでヤケ?」
「ヤケで言ってしまったのは、事実です」
あの時はなぜ、あんなことがスラスラと出てきたのか分からなかった
けれど俺はヤケになったところで嘘を吐くことなんて出来やしない
感情的になって、思ったことを、心の奥底で考えていることを・・・吐いてしまったと
今なら理解できている
心の奥底では羽依里と同じぐらい「子供の戯言」を大事にしていて、将来はまだ定められていないけれど・・・きちんと「羽依里と行き着きたい先」を考えていた
「・・・悠真」
「しかし、あの言葉は嘘ではありません。冗談で、済ませる気はありません」
「・・・!」
けれど、まだ伝える時じゃない
俺にはまだ、やるべきことが残っているのだから
まだ、本当の意味で彼女の隣は・・・ふさわしくない
「今度は伝えるべき人の前で、ヤケになること無くきちんと正面から伝えます。それが、今の俺に出せる答えです」
「そう。なら、いつかその人物に答えを伝えて・・・今度は、一緒に「ここ」へ呼び出して頂戴ね」
「もちろんです」
今はそれだけで十分
円佳さんが求める答えと、俺が出すべき答えの半分は・・・出せたと思うから
「悠真・・・あの、さっきの、つまり」
「・・・後で。きちんと話させて」
「・・・ん」
父さんと母さん達に向けた話はここまででいいだろう
後はタイミングを見計らって・・・羽依里と二人で話す時間を作ろう
彼女とはきちんと、話さないといけない
「円佳」
「なあに、智春」
「家族になる日も遠くないわね」
「ストレートに言わないで。意識しちゃうじゃない・・・まあ、心配はないんだけどね。貴方のお父様以外!」
「言えているわ」
気が抜けた円佳さんと母さんが遠い将来の話をする
家族か。うん、そういうことなんだよな
俺が出した答えの半分は、そういうことなんだ
家族になりたい。一緒に、なりたい
これからも、ずっと一緒にいたい
子供の約束のような願いこそ、俺が羽依里に向ける願い事
「定年後は一緒に温泉行きましょうね」
「貴方が定年になる頃、私は生きているのかしらね・・・」
「大丈夫。円佳元気だから」
そういう問題なのだろうか
母さんが定年を迎える頃、円佳さんは八十二歳だぞ
でも、なるべく長く生きてほしい気持ちはわかる
痛いほどに、わかるから
隣にいる、愛しい彼女の手を掴んだ
両親にも、円佳さんにも見えない位置で、離さないよう・・・強く握りしめた
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