5月19日⑤:四歳の夏。おじたんといっしょ

あの後、槙乃おじさんは仕事に戻った

店番がいなくて大丈夫なのか心配だったが、助っ人が一人やってきてくれるように話が通っているらしかった

もちろんその助っ人は慎司おじさん。暇そうにしていたので呼びつけたらしい


「こうして三人揃うのも、久々な気がするな」

「・・・そうか?俺は別に揃わなくてもいいと思うが」

「・・・」


気まずそうな父さんと、父さんを睨む慎司おじさん

慎司おじさんはまるで父さんがいないかのように振る舞いつつ、俺と羽依里に声をかけてくる


「大変だったな、二人共」

「まあ、そうだね」

「「そこ」のと、千重里と千夜莉・・・大人たちがしっかりしないから、こんなことになるんだけどな」

「・・・」

「まあ、とにかく頑張れや」


俺たちには優しい言葉を、父さんにとっては厳しい言葉を吐いた彼は、そのままフラフラと店の中に入っていく

父さんは複雑そうに頭をかいた後、店の外に出ていく

父さんと慎司おじさんは普通に仲がいいと思っていた

しかしそれは表面的なことだったんだろう


「・・・」


槙乃おじさんが重い空気を察して、俺と羽依里を手招く

俺たちはこそこそ移動し、槙乃おじさんの元へと向かう


「・・・元々、兄さんたちが智春さんと三角関係やってたのは、周知の事実だろ」

「まあ、商店街では有名な話ですよね」

「慎司兄さんは真弘兄さんに「俺が出来ない分、智春を絶対に幸せにしろ」って・・・約束したらしくてさ」

「あぁ・・・」


そんな約束を二人で交わしていたらしい

それなのに、行き着いた先がこれ

慎司おじさんとしては納得ができない話になるだろう

それに慎司おじさんは、適当そうな性格をしているが・・・かなりしっかりしている人だ


「慎司さん、いつも約束は破るなって私達に言い聞かせていたよね」

「・・・ああ」


この経験から、俺たちにそう言い続けていたのかもしれない

父さんも約束を破るつもりなんてなかったと思う

慎司おじさんは、それを知ってくれているのだろうか

・・・いや、槙乃おじさんと爺ちゃんが知っているんだ。慎司おじさんが知らないなんてことはないと思う

父さんたちの間にもまだまだ色々とありそうだが、俺たちが介入していい問題ではないだろう

できることがあれば、手を貸せればと思うのだが・・・


「真弘兄さんは遠慮がち、慎司兄さんは頑固。相性が悪すぎる。とてもじゃないが、触れないほうがいいと思う」

「・・・それは、なんか嫌だけど。今の最善なのかな、槙乃おじさん」

「ああ。下手なことはしないほうがいいと思う。お前にできることと言えば・・・」

「なにかあるの?」

「何も知らないふりをして、慎司兄さんを写真館に呼びつけるぐらいじゃないのか?」


真面目な顔で何を言うかと思えば・・・

そんなことで関係が改善しているならとっくにしていると思う・・

言いたいことが顔に出ていたのだろうか。槙乃おじさんは俺の顔を見て、慌てながら理由を追加してくれる


「だって、慎司兄さん悠真のこと小さい頃からめちゃくちゃ可愛がってるし。覚えてないか?」

「覚えてないって・・・何が?」

「夜眠れなくて、写真館に慎司兄さんを呼びつけた日」

「・・・え?」


・・


その始まりは一本の電話だった


「んあ?」

「んが?」

「ほ・・・?」

「なんだぁ・・・」


こんな真夜中に電話がなる事態なんて一度もなかった

間違い電話?いたずら電話?

父さんに母さん、それから慎司兄さんと俺は電話の前に集まって、顔を見合わせたのをよく覚えている


「いたずらじゃないのか?五十里経由の」

「そんなことはないわよ・・・あ、でも電話番号は写真館ね」

「真弘兄さんになにかあったってことかな」

「あー・・・悩んでるのも面倒だし、とりあえず俺が出てみるわ」

その電話に、慎司兄さんは面倒くさそうに出る

「はい」

『・・・えぐ』

「・・・」


慎司兄さんは受話器を取った瞬間に、目を丸くする

音声が聞こえない俺たちは、電話の先で何が起きているかわからない


「もしかしなくても、悠真か?」

『ん』

「何してんだ、こんな時間に・・・」


悠真が電話をかけられたのは、少し前に慎司兄さんが悠真と羽依里ちゃんに電話のかけ方を教えていたから

電話番号もその時に教えたらしい

こんな時間に電話をかける。それが真弘兄さんや智春さんならともかく悠真がかけてきた

非常事態というよりは、いたずらというか遊びでやった可能性があると思い、その時の慎司兄さんは少しだけ迷った後、言い聞かせるように語りかける


「あのな、悠真。この時間に」

『怖い夢見た』

「怖い夢か。そっか・・・悠真のお父さんとお母さんは?」

『ドアノブ届かない。ノックしても、お父さんもお母さんも起きてくれない・・・』


「大丈夫、大丈夫だからな。もう怖いのはないないしたろ?」

『後おしっこ漏れそう。でもトイレ一人で行けない・・・』

「それを早く言え!今すぐ言ってやるから耐えろ!」


投げた受話器を俺が受け取り、颯爽と家を出る

何が起きているのかわからないまま、俺と父さんと母さんは再び顔を見合わせる

そして三人揃ってあくびを一回

一応、戸締まりをしてから眠りへと戻っていった


・・


俺は五十里家へと駆け、隠してある家の合鍵で扉を開ける

小さな男の子向けの靴しか置かれていない玄関を転がるように入り込み、悠真を探した


「おじたん」

「悠真。大丈夫。ほら、トイ・・・」


足元にぺちゃん、と・・・水を踏んだ感覚を覚える

そうだよな。流石に酷な話だ

それにまだこの年齢の子供だ。漏らしたって怒る理由はない

怒るとしたら、子供がこんなに泣きついてるのに未だに起きる気配のない兄貴と智春だけだ


「ごべんなさ・・・」

「大丈夫。怖かったな。電気つけてやるから、少し待ってろ」

「ん」


手探りで電気をつける

悠真を中心とした大きな水たまりを確認した後、俺は一度玄関の鍵を閉めに行く

忘れないうちに、やっておくべきことはやるべきだ

それから俺は洗面台に向かい、雑巾とバケツを手に取った


「おじたん、なにするの?」

「水たまりを消失させるお仕事だ・・・悠真もお手伝いできるか?」

「できる!」

「よし、じゃあ悠真隊員。雑巾で拭き拭きするぞ」

「ん!」


悠真には適当なところを拭かせて、掃除は俺が思いっきりやっておく

悠真を着替えさせる必要もある。本来ならそれが先だと思うのだが、今は夏場だ

少しなら、大丈夫だろう


「ばじゃー!」

「ダイブするな・・・」


俺が来たことで安心したのか、悠真が遊び始めたのが難点だった掃除だが、無事に終わらせることが出来た

しかし流石にこれは風呂に入れてやらないといけないと思ったので、着替えを回収してから颯爽と風呂に入れてやる


その時に、兄貴と智春も起こしてやろうかと思ったが、悠真が「一人にしないで」というものだから、俺は風呂場から動けずにいた

なんなら一緒に入っていた。もう訳わかんねぇな

こんな時間に一生行く気のなかった兄貴たちの家に来て、一日に二回も風呂に入るなんて


「しんじおじたん」

「んー?」

「ありがと」

「別に、これぐらいはな」

「大好き」

「はいはい。俺も大好き大好き」

「ん!」


嬉しそうに頭を揺らす悠真も、少しだけ目がぼんやりとしている

元々口数が少ないが、いつも以上に少ない時点で眠いことは察していた

怖い夢を見て、普通は起きない時間に家の中を歩いた

暗いし、夢のこともあってずっと怖い思いをしていたんだろうな、というのは嫌でもわかる

誰かが来て安心したことも、ちゃんとわかっている


「おじたん帰る?」

「お前が寝たら一回帰ろっかなって」

「・・・」

「そんな寂しそうな顔すんなって」

「・・・」

「・・・一緒にいてやろうか?」

「いいの?」

「むしろそれを待っていたんだろ。いいよ、今夜はしんじおじたんが一緒にいてやる」

「やった・・・」


湯船の中にダイブしそうだった頭を受け止めて、半分寝かかる悠真を抱き上げる

そのまま風呂を出て、身体を拭いてやって・・・新しい服に着替えさせる

その時にはもう半分以上寝ていた悠真は抱きかかえて、あいつの部屋になった二階の部屋へと向かっていった


二階に上がる前に、一度兄貴達がいる部屋を一瞥しておく

騒がしくした記憶はないけれど、それでも家の中に本来いるべきではない俺がいて、この時間にするはずのない生活音がしている

それに違和感を覚えること無く、眠り続けていることに違和感を覚えた


それに、今の悠真には小さくて更に手のかかる妹・・・朝がいる

思えば、朝の面倒を見ている気配もないな


それに・・・玄関も

冷静に考えたら、違和感しかない


「悠真。少し待ってろ」

「んー・・・」


先程は入らなかったリビングに入ると、床にテレビのリモコンが置かれていた

それに書かれているメモは、子供が読みやすいようにひらがな


「・・・おじいちゃんによばれたので、いってきます」


その言葉の意味は、兄貴達の寝室を覗けばわかる

リビングを出て、廊下の奥にある兄貴達の寝室に入る

そこには誰もいない

兄貴も智春も、朝もいない

その光景を悠真へ見せないよう、彼の頭を俺の胸へ押し付けた


・・・なるほどな「連れて行かなかった」のか


幼い朝は仕方ない。しかし悠真はある程度一人で行動できるようになった

だから、あの癇癪ジジイの説教へこんな時間から付き合わせることもない


「・・・おじたん?」


無意識に、悠真を抱きしめる腕に力がはいった

しかし、悠真だってまだ四歳の子供だ。手がかかる時期だ

親に縋りたい時期で、一緒にいたい時期だろうが


守りたい気持ちはわかる。けれど、本当に守りたいならもっと別の手段があっただろう

あのジジイの命令を聞かずに、悠真も朝も・・・智春だって幸せにする方法があった

兄貴はそれを見逃した。そして手放した

事情があったことはわかっている。けれどそこから逆転する方法もあった

けれど、あいつは・・・


「・・・ごめんな。そろそろ寝ようか」

「ん」


寝室を出て、本命の二階。悠真の部屋へと向かう

・・・なるほど。ここの入口は襖だったのな

だからドアノブに手が届かない悠真でも、襖は開けられたわけだ

襖を開けて広がる部屋。そこに敷かれた布団の上に悠真を転がし、俺はその隣で横になる

適当なぬいぐるみを頭に敷いて、毛布は悠真のブランケットを少しだけ借りた

後は縋るように俺の腕にしがみつく悠真をあやし続け・・・

彼が眠ったのを確認してから、俺も眠りにつく


しかし、子供の体温って熱いのな。けど、なんだかほっとする

悠真の緩んだ顔を見ていると、兄貴や智春に抱いていた怒りが少しずつ溶けていく感覚を覚えた


朝、帰ってきた二人に文句を言った後、俺は悠真を連れて実家に帰った

事情を話すと、状況を理解していない槙乃は楽観的に構えていたが、両親は複雑そうな顔をしてくれた

それから三人で相談して、悠真に「困ったことがあれば、すぐに電話をして」と教えた

これからも、こんな夜遅くに智春と兄貴がいなくなることがあるだろうから


「しんじおじたん」

「んー?」

「大好き」

「知ってる。俺も大好き」


だから、その時は「しんじおじたん」として、こいつの側に寄り添ってやるのだ

始めてみた日から、ずっと俺の背中に付いてきて

俺を慕い続ける、小さな可愛い甥っ子の為に

こいつが、家庭に不満を覚えることがないように・・・こっそり手伝ってやる


別に兄貴達のためじゃない

甥っ子に頼られるのが嬉しいとか、そういう話でもない

これは・・・俺の自己満足だ


「しんじおじたん」

「ん?」

「これからも、困った時は呼んでいい?」

「ああ。どんな時でも駆けつけてやる。仕事で海外にいる時は無理だ許せ」

「かいがい?」

「・・・羽依里ちゃんのおじいちゃんが住んでる国とか」

「なるほど。それはすぐじゃ無理だ」


かつての智春のように笑う悠真の頭を撫でて、しばらく一緒に遊んでやる

それから夕方になって、兄貴達自身が落ち着いたのを見計らい・・・悠真を帰したのは、言うまでもない話だ


・・


「それからも結構な頻度で呼びつけていたみたいだ」

「・・・マジか」


覚えていなかったとはいえ、申し訳ないな

慎司おじさんだって仕事とか色々あっただろうに


「仕事に穴開けてる形跡もあったし、お前が呼び出せば意地でもやってきそうな気はする」

「流石に小さい頃だけと思うけど」

「まあものは試しだ。機会があればやってみてくれ」

「あ、ああ・・・」


槙乃おじさんも、本格的に仕事に戻る

父さんも落ち込みから復活したようで、俺たちは二人へ軽く挨拶をしてからやっと五十里家への帰路を歩き始めた

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