5月19日③:俺は覚えているよ。そこで決めたこともあるし

父さんと和解した後、俺達は五十里家に・・・・

戻らず、小倉饅頭店の制服を着て店に立っていた


羽依里は店のロゴが入った紺色の着物に、白い腰エプロンを身にまとい・・・

長い髪は三編みにした後、ぐるぐる巻いてお団子にしていた


「可愛いな、悠真」

「ああ。わかるぞ父さん。羽依里は今日もめちゃくちゃ可愛い」

「けど俺は凄く言いたいことがある」

「奇遇だな。俺もだ」

「ふ、二人共何を・・・」

「「その髪型・・・申し訳ないが、饅頭じゃなくて中華まん売ってそうに思えるんだ」」

「うん・・・私もそう思う」


「ごめんな、羽依里ちゃん。親子揃ってあんぽんたんで」

「そういう発想しかできないんだ・・・」

「き、気にしないでください。でも、やっぱり長い髪を垂らしているのは衛生面でいい印象は抱かれないと思うので、これがいいと思うんです」

「そうだな。念には念を、だ。ほら、羽依里ちゃん。三角巾。これでお団子包んじゃいな」

「ありがとうございます。おじさん」


そのお団子を、羽依里は父さんが渡してくれた三角巾の中に収納した状態で、店頭に立っている

そして俺は同じく店のロゴが入った甚平に三角巾

午前中は俺たち二人で、小倉饅頭店に訪れた人たちに接客をすることになる


ちなみに父さんは先程も着ていた割烹着を身に着けて、饅頭の量産に勤しんでいる

あれ、通常形態なんだな・・・槙乃おじさんは俺と一緒の格好だったはずだけど


「ねえ、悠真」

「どうした、羽依里」

「慎介君、大丈夫かな・・・?」

「普通の風邪だといいんだけどな・・・」


俺たちがこうして店に立っている理由は、慎介にある

爺ちゃんが温泉に出かけた後、凜花さんが申し訳無さそうにリビングにやってきた

事情を聞くと、どうやら慎介が熱を出してしまったらしい

微熱なら多少は、と思ったが・・・かなりの高熱が出ていた

凜花さんが俺たちのところに来る前に、慎介の体温を測ったら、ちょうど四十度だったそうだ


本来ならすんなりかかりつけに連れていけばいいのだが・・・今日は日曜日。かかりつけの病院は開いていなかった

今、槙乃おじさんと凜花さんは休日診療をやっている大きな病院に慎介を連れて行っている

二人が戻ってきて、家が落ち着くまで・・・俺たちはのんびり店番というわけなのである


ちなみにだが、爺ちゃんに話さなかったのは・・・爺ちゃんが今日の日帰り温泉ツアーを楽しみにしていたから、邪魔したくなかったそうだ

凜花さんの優しさが染みるな、爺ちゃん・・・


「慎介も心配だけど、俺は羽依里も心配だ。大丈夫か?」

「体調?」

「ああ。昨日から振り回してばかりだし、やっぱり心配でな」

「心配してくれてありがとう。平気だよ。昨日はゆっくり眠れたし」

「・・・俺の隣で寝ていただろう?狭かったんじゃないか?」

「そんなことないよ。だからこそ安眠できた」


俺の隣に腰掛けて、父さんに聞こえないように・・・耳元で小さく囁いてくれる

耳に触れる吐息がくすぐったくて、変な感覚を覚えそうになるが、彼女の声をその耳にしっかり焼き付けた


「・・・悠真が側にいると、私は安心して眠れるんだよ?」

「そう、なのか?」

「そういうものなんです。前もこういうことあったでしょう?あの時は悠真じゃなくて、私に問題があったんだけど・・・」

「ああ。小学生の頃だろう?」

「うん。覚えていてくれたんだ」

「後にも先にも、羽依里が俺に泣きついてきたのはあれしかないからな」


昔、かつて来てくれていた友達が誰も来なくなって、寂しいと羽依里が泣いたことがある

その影響で、不眠気味になっていた彼女を俺は放っておけなくて、面会時間を過ぎても病院に残ったんだ


看護師さんが来たタイミングで隠れて、それ以外は羽依里の隣で過ごす

最終的に疲れて、二人一緒に寝ていたんだったな


それを、ちょうど晩御飯の食器を回収しに来た看護師さんに見つかって、家に連絡が入った

あの後、主治医さんは笑って許してくれたけど、看護師さんと母さんにはたんまり怒られたっけ


・・・あの後、羽依里の両親の口添えで、時間外の面会が可能になって

止む終えない事情さえあれなお泊りも許してもらえるようにはなったんだっけ

あんまり、使う機会はないけれど


「泣きついたって、そこまでよく覚えているね」

「だって当時の羽依里は泣いた俺を慰める事はあっても、自分が泣くことはなかったしさ」

「そうだったかな・・・」

「俺は覚えているよ。そこで決めたこともあるし」

「決めたこと?」

「ああ。羽依里を嬉し泣き以外で泣かさない」

「嬉しいけど、それは難しいよ。今でも、不安で泣くことあるし」

「じゃあ、これからも一緒に寝るか?安心できるんだろう?」


いつもは別々の部屋

寂しいとか、そういう気持ちではない

一人で眠れないわけじゃない

やましい気持ちは、ないとは言い切れない

彼女の不安を体裁にして、自分の欲を叶えようとしているのかもしれないな


・・・具体的な理由を出すなら「もっと一緒にいたい」

今はただ、それだけなのだ


「・・・悠真は、いいの?」

「俺は構わないっていうか、むしろ俺は、そうしたいって思っているから・・・こうして、提案をしてみているわけなんだが・・・」

「そ、そうだよね。ごめんね、気が動転しちゃって」

「急に言っちゃったもんな。びっくりさせてすまない」

「いいのいいの。気にしないで。でも、嬉しいな。悠真から、こういうなんか、その、恋人がやっていそうな事の提案、してくれたの初めてじゃない?」

「そうだな」


だって、今までの俺は、羽依里よりお子様だったから

けれど今は少し違う

気がつけたことは多い。知ってしまったことも同じぐらい多い


けれど、悪いことばかりではない

いつか、この変化の話を羽依里に真正面からしないといけないだろう

羽依里を見る目が変わったことも、何もかも

彼女に自分が知らないことも含めて、隠し事はもう、したくないから


「これからは、羽依里の負担にならない程度に提案してみるよ」

「う、うん・・・!」

「そ、そういえば・・・悠真。昨日はバタバタしていたこともあったけど、日課がなかったね?」


日課と言えば、俺が毎日やっていた羽依里への「お決まり」

毎日告白は、この前までの俺だからできていた所業だ

今は、流石にできない


「日課は、やめようと思うんだ」

「どうして?あんなに欠かさず・・・」

「寂しい?」

「うん」


なんだかんだで楽しみに待っていてくれたらしい

けれど申し訳ないが、今の俺は昨日の俺ではない


「今の俺には、あんな軽々しく羽依里に好きだって言えないんだ」

「・・・それは、どういう?」

「安心してくれ。羽依里の事が嫌いになったわけじゃない。逆、なんだよ」

「逆・・・」

「いつか、自分の中で上手くまとまってから話す。せめて二人きりの時に」

「う、うん。待ってるね。悠真が話してくれる日」


いいタイミングで、店の扉を近所の子供たちが開けてくれる

話の続きはまた今度

落ち着いた後に

俺の心がしっかりまとまった後に


店の扉が開く

話はこれで中断

今は、この話をしている場合ではない


「「いらっしゃいませ」」


小倉饅頭店は、土岐山でも長い歴史を持つ、地元民に愛された老舗饅頭店


メインの饅頭の味は代々の店主へと受け継がれている

歴史は流れ、変わりゆく中で・・・変わらない優しい味を提供しているのだ

数多の人に愛されているこの場所を、守るのはきっと大変なことだろう

些細なことで、今まで積み重ねていたものが崩れてしまうこともあると思う

俺たちの失敗一つで、槙乃おじさんや爺ちゃんが守りたいものを崩してしまうことだってあるのだ


今の俺達は、気楽に店番なんてできやしない

槙乃おじさんが帰ってくるまで、しっかりここを守らないと

そう意気込みつつ接客を続けていった

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