5月19日②:結果としては、幸せなものなんだよ

朝の仕事を終えた後

店を開ける前に、槙乃おじさん達は朝ごはんを食べていく


爺ちゃんも、この後日帰り温泉ツアーに参加するらしいが、出発前に朝ごはんを家で食べていくらしい


凜花さんと慎介は、起きてはいるけれど、寝室にいるそうだ

日曜日は子供向けの番組が朝から集中している。ストライクゾーンにいる慎介は、毎週日曜日のその時間が楽しみだそうだ


そのため、日曜日の凜花さんは朝の仕事と家事はやらず、慎介に付き添った朝の時間を過ごすそうだ

日曜日の朝は、槙乃おじさんが一人で何でもしないといけないらしい

それが小倉家のルールだそうだ


ちなみに朝食は槙乃おじさんと父さんが用意してくれた

俺と羽依里はテキパキとこなす二人の後ろ姿を見て「料理できるようにならないと・・・」と小さくつぶやきつつ、朝ごはんが来るのを爺ちゃんと三人で待っていた


そうして、完成された小倉家の朝食日曜日バージョン

リビングには、普段ここで朝食を食べている槙乃おじさんと爺ちゃん

それから、俺と羽依里・・・そして父さんも一緒という・・・なかなかに変わった朝食風景が繰り広げられていた


「真弘、お前やっぱり腕鈍ってねえな」

「・・・まあ、染み付いた習慣というか」

「そっちの閑散期は絶対呼び出すからな」

「わかってるよ・・・迷惑かけた詫びとして、こき使ってくれ」

「ああ。めちゃくちゃに使ってやる」


槙乃おじさんから悪態をつかれつつ、父さんは二人と何気なく会話をしていた

けれど俺は、いきなり「今まで通り」になれと言われても難しくて、顔を反らしてしまう


「・・・」

「・・・悠真、やっぱりこっちを見てくれないか」


「おじさん」

「え、あ、羽依里ちゃん。どうしたんだ?」

「家はもう大丈夫なんですか?」

「ああ。円佳さんのお陰でな。今、うちにいて、智春の側にいてくれているよ」

「そうですか。すみません、急に母が押しかけて・・・」

「気にしないで。それよりも羽依里ちゃんもごめんね。家庭問題に巻き込んで」

「いえいえ。私は大丈夫ですから・・・」


「具合が悪くなったりとか、していない?」

「大丈夫ですよ。ね、悠真。昨日はちゃんと薬は飲んだし、発作も出たりしていないもんね」

「・・・ああ。昨日は何もなかったよ」


羽依里が会話を繋げてくれたけれど、なんとなく話の続きをしたくなくて、食事を切り上げてしまう

食べないといけないのに、まだ食べていたいのに

気まずさが、食欲をかき消してくる


「そうか。悠真は・・・」

「・・・ごちそうさま」

「あ・・・」


「槙乃おじさん、これ、流しに置いていていい?」

「い、いや。手間をかけるが、洗ってくれるか?俺も色々とやることがあってな」

「・・・わかった」


逃げることは叶わない

俺は食器を持って、台所へ向かい・・・使った分の食器を洗う

ついでに、フライパンとかも洗っておいた方がいいよな

槙乃おじさんは、これから店を開けないといけない

家事が残っているのは嫌だろう。少しでも負担を減らしていたほうがいいと思うから


「優しいのな。フライパンも洗って」

「・・・お世話に、なったから」


槙乃おじさんがお膳立てしてくれたのは、なんとなくわかったし来るのはわかっていた

・・・気まずいけど、少しでもいいから、話、続けられるかな


「理由なんてつけなくていい。誰かが大変だと考えることができて、誰かの為にこうして動ける。なかなかできることじゃない」

「・・・そんなこと、無いと思う。誰でもやろうと思えばできることだよ」

「俺は少なくともしてこなかったぞ」

「自慢げに言うなよ・・・」

「冗談だ。そんな性分だったら、母さんは悠真と朝を連れて、俺に離婚を叩きつけていたさ」

「・・・かもな。そこまでダメだったら、見限れた」


食器を洗い終えて、やっと正面から向き合えた

息はまだ詰まる。それでも、話は続けられていた


「引いたか?」

「引いたよ、ジジイに」

「俺と、母さんは?」

「いや、それこそジジイに引く要素しかないだろ。未成年の娘と他人の息子を閉じ込めて、そういうこと強要とか、ありえないから」

「普通に犯罪だもんなぁ」


「なんで母さんはあんなの庇ってんだよ」

「二十年前は、あのジジイはまだ権力を持っていたんだよ。周囲に言うこと聞かせまくって、あいつのコネで大手に入社したやつも何人かいる」

「・・・父さんもその一人?」

「まさか。けど、そういう目で見られてはいた。それは、慎司も千重里さんも、千夜莉も例外じゃない話」


なるほど。母さんが守りたかったものがわかった気がする

父さんは、母さんと付き合うためにカメラを始めたらしい

きっかけはどんなものでも、カメラが、写真を撮るのが好きだということは・・・全員に共通していることだ


「母さんは、ジジイじゃなくて、父さん達を守っていたんだよな」

「多分な。本人には聞けないよ。流石に」

「だな」

「・・・縁側、行こうか」

「うん」


流石に台所で話を続けていたら、槙乃おじさんたちにも迷惑だろう

縁側に移動して、話の続きをしていく


廊下の奥に、うっすらと金髪が見えた

羽依里は気になってついてきているらしい。不安にさせて申し訳ないな本当に


けれど、今は大丈夫だぞ、羽依里

ちゃんと、父さんと話はできているから


「円佳おばさんが持っていた録音、聞かせてもらった」

「えぇ・・・・そんなものがあったのか」

「あったんだよ。お陰で、父さんと母さんが、当時どういう思いだったのか、知ることができた」

「そうか」

「でも、改めて聞いておきたい」

「ああ。言ってみてくれ」

「父さんと母さんは、考えていた時間より早くても、俺と出会えてよかった?」

「もちろんだ。嫌なことはたくさんあったよ。けれど、俺は好きな人と一緒になれたし、大事な子供を二人も持てた。結果としては、幸せなものなんだよ」

「そっか」


それさえわかればどうでもいい

もう、何も悩む必要はない。母さんのあの言葉に振り回される必要もない

今まで通りに戻るのは、もう少しだけ時間がかかるかも知れないけれど


「・・・俺は、父さんと母さんの子供で良かったよ。沢山苦労させたけど」

「あんなのも、こんなのも苦労の内に入らないよ」

「ジジイの癇癪は?」

「あれはしなくていい苦労だろう」

「いえてる」


「・・・家、帰れそうか?」

「うん。槙乃おじさんたちにこれ以上迷惑かけられないし、円佳おばさんにもきちんとお礼を言わないといけない。それに、母さんと話さないと」

「・・・頼む」

「わかってる。少なくとも、朝が退院する前には、元通りになれるようお互いに頑張ろうぜ」


朝には、入院している間に母さんが暴走して、俺とギクシャクしていたなんて悟られないようにしないといけない

怪我人に心配されることなんて何一つ無いんだよ

朝は、家のことよりまずは自分のことに目を向けてもらわないと

それ以上の心労は、かけたくない


「頑張らなくてもいい気がするけどな」

「母さんと俺は少なくとも頑張らないと。こうしているけれど、父さん話すのも気まずかったし、今も母さんと話さないといけないってわかっていても、不安で気分が重いんだぞ」

「だろうな。避けられてるのわかったし」

「槙乃おじさんが気を利かせてくれなかったら、俺、逃げてたしな」

「むしろなんで逃げずに食器洗ってたんだよ」

「迷惑かけられないだろ」

「そういう優しいところ、父さん大好きだぞ!」

「やめろよ、照れるだろ」


親子として、やっと笑えたような気がする

朝の縁側に、本来ならここにはいない二人の男の笑い声が小さく響いた


今日は、いい方向に始まってくれたようだ

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