5月19日①:問答無用!閑散期はバイトに来い!

朝四時

仕事の関係で、この時間に起きることが少なからずあるので・・・あまり苦ではなかった

リビングに書き置きを残し、朝の身支度を整えてから実家へと向かっていく

合鍵を使って、昔使っていた棚から仕事着を取り出そうとするが・・・


「あれ・・・まさかの新品」


昨日の内に親父が用意してくれていたらしい

親父め。最初から俺を助っ人に呼ぶつもりだったな

これは、昔の母さんが使っていたものと一緒だな

大きさは俺のサイズ

なんで把握されているのだろう。ここを出てから身長は少し伸びたというのに

しかし、あるなら使わせてもらおう


真新しい仕事着に袖を通し、靴を履き替えて、手洗い消毒を済ませる

長い過程を経て、やっと作業場に足を踏み入れた


何一つ変わっていないな、ここは

場所も何もかも変わっていない

材料がある場所も、道具がある場所も、なにもかもだ


最初こそ不安だったが、ここまで変わっていないのならどうにかなるだろう

後は、覚えている身体が勝手に動いてくれる

饅頭の作り方も、機械の操作も、道具の使い方も

全部、忘れたと思っていたが・・・身体は覚えてくれていた


「・・・意外と覚えているものなんだな」


迷惑をかけた分、たくさん働こう

でも槙乃は嫌がるだろうか。跡継ぎは俺なのにって

・・・それを言われたら、手伝いは今日だけにしておこう

黙々と仕事をこなしつつ、槙乃が起きてくるのを待った


・・


朝、起きたらすでに饅頭のいい香りが家の中に広がっていた

父さんが代わりにしてくれている?

いや、当番遵守の父さんだ。代役はさせても自分はしない

じゃあ、誰が


「やっぱり覚えてるじゃねえか」

「まあ・・・ここまで覚えていたのは予想外だ」

「長年仕込んだからな。当然だ」

「ん」


「・・・兄さん?」

「起きてきたか、槙乃」

「・・・久しぶりだな、槙乃」

「なんで代わりに・・・てか、饅頭」

「全部真弘に用意させた」

「兄さんが・・・」


少し複雑だ

長年、何もしてこなかった人の方がテキパキやれている現実を

父さんから、頼られている現実が

跡継ぎになってから、色々と頑張ってきたのにな・・・

まあ、真弘兄さんも長年跡継ぎとして頑張ってきたんだし、腕前は確かだ

悔しいけど、悔しいだけでは終われない


「槙乃、俺は・・・今日一日だけに」

「勝ち逃げさせるか!俺が真弘兄さんの技術を盗むまで働かせてやる!」

「い、いや・・・俺にも仕事があるんだが」

「問答無用!閑散期はバイトに来い!」

「えぇ!?」


「槙乃はすんなり覚えられるお前と比べて、要領がそこまでよくない」

「それ本人の前で言うなよ」

「事実じゃねえか。でも、努力家だ。覚えが悪いなら、その分覚えられるように何度も反復を繰り返して、流れをその身に叩き込む」

「・・・なるほど。槙乃はすご」

「トドメに執念深い。技術を盗むまでは解放されないと思ってくれ」

「えぇ・・・」


「でも、写真ばっかりは疲れるだろう?たまには息抜きにこい」

「っ・・・!」

「嫌とは言わせないぞ。槙乃の相手もしてもらわないと行けないし、なんなら槙乃の子供の相手でもしてくれないか。俺も歳だからきつくてな」

「・・・うん。じゃあ、そうする。槙乃、いいか?」

「いいよ。でも、しっかり働いてもらうから」

「ああ」


何かと理由がないと、実家へ来ることもないから理由付けも兼ねてか

これが本題だろう

なんだかんだで放任しているように見えて、心配をしているんだな、父さん


「でもあくまでも俺はバイトだから。後は指示を頼むよ、店長?」

「ああ。けど、やることわかってんだろ?」

「もちろん。槙乃に合わせて動いていいか?」

「よろしく頼む」

「了解っ・・・!」


父さんよりも動きは素早く。それでいてブランクが有るのに正確

母さんが「饅頭作らせたら一流」って言うわけだ


ずるすぎるよ、真弘兄さん

二人で協力して、朝の準備を済ませていく

いつもより手短に終わったその作業が終わる頃、真弘兄さんが会いに来た人物が起きてきた


・・


「ふわぁ・・・」


ふと、目が覚める

いつもと違う場所。見覚えがないその場所で周囲を見渡す

ここ、どこだろう

昨日の記憶を思い返して、ここがどこか思い出そうとする

・・・そう、ここは小倉の家だ

昨日は、色々あって・・・小倉家にやってきてそこで休むことになったんだ


「俺、爺ちゃんの話を聞いてから寝たのか・・・」


昨日と同じ服のままだし、お風呂にも入った記憶がない

なんか色々とやらかしている


「・・・ん?」


ふと、手が握られていることに気がつく

どうやら、俺の隣で羽依里が眠っていたらしい


「両手って」


片手だけではなく、両手を繋いで眠っていたようだ

昨日は、あまりいい夢を見ることが出来なかった

けれど、途中で婆ちゃんとの思い出に切り替わって・・・それ以降はのんびり寝られたと思う

婆ちゃんのお陰もあるけれど、一番は羽依里が側にいてくれたから、安心して眠れたようだ


「ありがとう、羽依里」


顔にかかった邪魔そうな髪を払いながら、彼女にお礼を告げる

しかし・・・相変わらず無防備に寝息をたてる彼女に、いつもとは違う感覚を覚える

長い金髪は糸のように広がり、俺の足元にも絡まるように広がっていた


「・・・これはこれで悪くないな」


けれど今はどけてもらわないといけない

髪を踏まないよう慎重にのけながら、髪の範囲外に出る

それからじっと、彼女の様子を見守ってみた


「・・・綺麗だな」


その寝顔は、可愛いと言うか綺麗なのだ

昨日からずっとそうだな。なんなんだろう、この感覚


「・・・羽依里に言ってみたら、何かわかるかな」

「呼んだ?」

「あ、羽依里。起こしたか?」

「ううん。いつもの起きる時間だから。おはよう、悠真」

「おはよう、羽依里。昨日は色々とありがとう」

「どういたしまして。ゆっくり眠れた?」

「羽依里のお陰でゆっくり眠れたよ」

「そ、そっか・・・効いたのかな」

「?」


「そ、それよりも、悠真。お風呂入ってこないと。シャワーだけでもいいから、ね?」

「あ、ああそうだな。お風呂を貰おうかな。槙乃おじさんは起きてきているだろうし、声かけてくるよ」

「うん」


羽依里にお礼をいった後、挨拶と風呂の件で槙乃おじさんに声をかけに行く

店の方にいるだろう。饅頭のいい匂いがする


「槙乃おじさん、おは・・・」

「・・・悠真」

「なっ・・・なんで父さんがここに」

「悠真。おはよう、風呂なら入っていいぞ。ついでに掃除してくれたら俺が助かる」

「う、うん。わかった。行ってくる」


少しだけ早足に、風呂場へ向かってしまう

まさか父さんがいるなんて思っていなかったから

なんで割烹着着て饅頭作ってんだよ・・・意味わかんねぇ・・・

ま、まあとりあえず・・・先に風呂に入ろう!


そう意気込んでお風呂に行くが、頭から割烹着父さんが離れないまま朝の時間を過ごしていく

風呂から上がっても、掃除を済ませても・・・全然忘れられなかった

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