5月4日④:七歳の春。いつか俺は君に

あっという間に一年が経過して、一周忌の法事が終わった後のことだった


「悠真君」

「羽依里ちゃん」

「ずっと、ぼーってしてる」

「そうかな」

「うん。お婆ちゃんがいなくなってからずっと」

「・・・そっか」


一年経っても、婆ちゃんがいなくなった事実は受け入れたつもりだったが・・・

時折、無性に会いたくなって、遊びたくなって

でも何も出来やしないから、泣くことしか出来なくて

父さんや母さんに「婆ちゃんに会いたいな」って行ったら仏壇やお墓に案内される


俺が会いたいのは写真の中にいる婆ちゃんじゃなくて、小さなツボに入っている婆ちゃんじゃなくて、見守っている婆ちゃんじゃなくて

俺が来たらいつも笑って饅頭と一緒に出迎えてくれる温かい婆ちゃんなのに


「・・・羽依里ちゃん。俺、婆ちゃんに会いたい」

「私も、悠真君のお婆ちゃんに会いたいよ。けど、お婆ちゃんに会いに行けば、もう悠真君のおじさんとおばさん、朝ちゃんには会えないんだよ?」

「そっか。もう、帰ってこられないから」

「うん。だから、悠真君はその間、お婆ちゃんに持っていく思い出を沢山用意したらいいんだよ。そしたら、また会えた時、沢山お話できるよ」

「そう、だね」


それから羽依里は俺の手をしっかりと握りしめて笑ってくれたのを今でも覚えている

けれど、まだ俺は笑えていない

まだ、戻ってこれていない


「なあ、羽依里ちゃん」

「どうしたの?」

「・・・羽依里ちゃんは、俺より早く帰ったりしないよな?」

「・・・わからない。悠真君のおばさんの話だと、遊べる時間は私達が知りようもないんでしょう?」

「そう、だけど・・・俺、羽依里ちゃんが先にお婆ちゃんのところに遊びに行ったらどうしようって。そしたら俺、一人になる」

「・・・確かに、そうだね」


「あ、でも絵莉がいるか・・・」

「・・・ダメ。絵莉ちゃんはダメ」

「なんで駄目なんだ。絵莉、面白いぞ?最近俺の顔を見た瞬間に慌て始めるし」

「・・・遠足の時、先生が止めるのを聞かないで、迷子の絵莉ちゃんを探しに行くからだよ」


少し不貞腐れた羽依里は面倒くさそうにそう呟く

今でこそなぜ羽依里がここまで不機嫌なのか理解は出来ている

けれど当時の俺としては・・・ただ助けただけなのに、羽依里がここまでハブてている理由がわからない

むしろ、なんでそんなことを思うんだろうかと羽依里の方に嫌な感情を抱いていた


「だって、絵莉泣いてたんだぞ。あいつ、足も怪我してたし・・・」

「・・・先生に任せればよかったの。悠真君は何もしないほうがよかったの」

「羽依里ちゃん酷くないか」

「酷いのは悠真君の方。先生の言うことを聞かない悪い子になっちゃったんだから」

「・・・それはそうだが。でも、困っている人を助けるのは当然だろう?」

「そう、だけど」


慎司おじさんの教えだからこそ、羽依里も強く反論を返せなかった

今思えば、小さい頃から羽依里は俺と一緒にいることが多かった

逆に、他の女の子と遊ぼうとしたら小さな頬を膨らませて怒ってくるような感じだ

小学生になったら落ち着いたし、きちんと他の友達も作れてはいたが・・・二人きりの時は幼稚園の時と同じように、他の女の子の話になったら不機嫌になるし、二人きりで一緒にいたら普通に怒る


・・・その性質さえなければ、あの日は起こらなかったのだろうか

いいや。あれは俺のせいで起きたことだ

羽依里の言葉を受け止めて、俺が彼女一人さえ見ていれば・・・


「俺は、今回迷子になったのが羽依里ちゃんだったとしても、絶対に探しに行くぞ。むしろ一番に見つける自信がある!」

「・・・本当?」

「ああ。いなくなっても絶対に探しに行くし、迎えに行く。なんなら離れない!」

「はにゃ・・・!?」

「そう言えるほど、俺は羽依里ちゃんと一緒がいいんだ」

「・・・一人に、ならないために?都合がいいから私がいいの?」

「んー・・・そんなことはない。羽依里ちゃんと一緒にいたらなんかホッとするんだ。家に帰った時みたいな感じな?」

「なにそれ」


自分でも何を言っているかわからなかったが、俺にとって羽依里は今もそんな感じだ

一緒にいるべき存在で、一緒が当たり前の存在

会えない日なんて考えられないぐらい、白咲羽依里という存在は小さい頃から俺にとって「隣にいて当たり前」の存在なのだ


「俺は、羽依里ちゃんと一緒にいるのが当たり前だと思うんだよな」

「な、なるほど・・・」

「だから、これからも一緒にいてもらわないと困る」

「・・・う、うん。私も、同じだよ。これからも、一緒にいたいから」


子供の時の戯言は今でこそ正しい形に昇華された

幼い頃はまだどう表現したらいいかわからなかった

・・・今も、全然だが

だからと言って、母さんや慎司おじさんが教えてくれた表現方法はなんか違う気がして

・・・子供ながらに「あれ」に関してはおふざけしかないと感じていたし


「けどね、悠真君。私も、急にいなくなったりすることがあるかもしれない」

「どうして?」

「ほら、事故とか病気で死んじゃ・・・あ、遊ぶ時間がなくなってしまったりするかもしれないでしょ?」

「そう、だな・・・短縮されるかも」

「短縮とかちょっと難しい言葉はわかるのになんで死ぬことが理解できてないんだろう・・・」

「どうした、羽依里ちゃん」

「なんでもない。だからね、私も同じだけ一緒にいられるかわからない。それだけは、わかっていて」

「・・・ああ」


羽依里は不安そうに顔を下に向けた俺の手を優しくとってくれる

それから、彼女は今もなお変わらない優しい笑みをその顔に浮かべるのだ


「でもね、その時が来るまでは絶対に一緒にいるから」

「本当?」

「うん。約束。できるだけ長く一緒にいられるように私、頑張るから!」

「じゃあ、俺も・・・頑張る。長く一緒にいられるようにだけじゃなくて」

「だけ、じゃなくて・・・?」

「内緒だ。いつか、羽依里ちゃんにも見てわかるように頑張るからな!」

「見て・・・?あ、うん・・・何を頑張るかわからないけど、とりあえず頑張ってね?」

「ああ」


一緒にいられるように頑張る

今だけじゃない。大人になっても、頭が白くなっても、一緒にいたいから

子供の頃に交わした戯言の約束は、今の俺を形作る約束となり

羽依里を好きだと自覚する一歩手前まで辿り着くまでに必要な要素となった


・・


そして時間は現代に戻る


婆ちゃんに挨拶を済ませた後、俺達は神代書店に向かい、それぞれ欲しい本を選んでいた

羽依里はこの春から放送しているドラマの原作本を探しに

一方、俺はというと・・・


「悠真」

「どうした、羽依里」

「小説、見つけたから戻ってきたの・・・何見てるの?」

「問題集」

「・・・ゴールデンウィークも勉強?」

「ああ。中間も近いしな・・・それに俺が要領悪いの知ってるだろ?」

「まあ・・・。でも、順位はずっと一番なんでしょう?ねえ、悠真。無理はしてないよね?睡眠時間削ったり、とか」

「俺、元々睡眠時間短くて済むタイプだから。大丈夫だ」

「・・・一応、信じるけど、この前も風邪引いたんだから、もう少し体を労ってあげてね」

「わかってる」


健康面にはかなり気を遣っている・・・つもりだ

じゃないと、羽依里と長く一緒にいられないからな


「でも、なんでそこまで一番にこだわるの?」

「え?」

「悠真は一番にこだわるような性格じゃない。それに、進路だって真弘おじさんと慎司おじさんと同じ神栄芸術大学目指しているんでしょう?そこまでしなくても・・・」

「確かに、特進クラスの恨みを買って一番である必要はない。進学するだけなら平均ぐらいの学力があれば問題なく過ごせるよ」


神栄芸術大学は「芸術一本で食っていけると思うな」が方針

芸術で食っていける人間なんて一握り。そんな一握りから逃れた人間に「生きる道」を提示している・・・まあ、世間的に言えば「保険付きの大学」だ


「でもな、俺には・・・それだけじゃ足りないんだ」

「足りないって?」


見てわからないのなら、まだ足りていない

誰に言われたわけでもない、俺が自分に課した縛り

だから、言わなくたっていい

自分の要領をカバーするために、寝る間も惜しんで勉強していることも

「一番」という目に見てわかる功績へこだわっていることも

体力だってアスリートを目指しているわけではないのだから、あそこまで高水準である必要はない

他にも色々とできることは増やした

まあ、地味だから未だに彼女には何一つ気づかれていないようだが


「・・・さあ。いつか羽依里にもわかるようにしてみせるから」

「う、うん。何をわかるようにするかはわからないけれど、無理しないように頑張ってね?」

「ああ」


あの日と同じような反応で、同じような言葉を贈り・・・俺は同じ言葉を返す

俺へずっと一緒にいると約束してくれた羽依里

当時の彼女は何でもできる素敵な女の子だった

当時の俺は対称的に無知な馬鹿で・・・自分が正しいと思いこんで先生の手を煩わせているような問題児だった


羽依里は・・・俺みたいな馬鹿な子供と一緒にいるのがおかしいと、同級生から言われるような可愛くて、優しくて、何でもできる人気者の女の子だったのだ

ただ、彼女と一緒にいる時間が長いから

ただ、彼女が放っておけないような立ち位置だから

だからお前の側にいる・・・なんて、何も知らない周囲の人間から言われたくはなかった

羽依里もあれの面倒を見るとか可哀想・・・とか、絶対に


だからこそ、俺は変わらないといけないと思ったのだ

羽依里の側にいても笑われないように、哀れみを向けられないように

大人になった「いつかの俺」は彼女に相応しい存在に、なってみせようと


「ねえ、悠真」

「どうした?」

「私も問題集買おうかな。神栄大学の赤本ある?」

「進路希望、神栄にしたのか」

「うん・・・そこの法学部」

「なんで?」

「内緒」

「・・・いいじゃんか、教えてくれたって」

「合格したら教えるね」

「先が長い・・・」


それから二人して問題集と小説を片手にレジへ向かう

まだまだ季節は春

しかし高校三年生の一年なんてあっという間だ

中間試験にうだうだ言って、イベントをこなし、あっという間に期末が来て勉強漬けの夏休み・・・までは予定が見えている


・・・そういえば、そろそろ写真部の一大イベントの時期か

尚介と藤乃と打ち合わせをしておかないとな

それにこの腕だ、アシスタントも欲しい・・・まあ、一人しか頼めそうな人はいないけれど


「どうしたの、悠真。問題集重い?」

「大丈夫だ。何なら羽依里のほうが心配だ」

「これぐらい持てます!あ、次はそろそろ吹田生花、絵莉ちゃんの」

「駄目だ」

「へ?」


何を買おうか、と話そうとした入りの言葉を遮って俺は拒絶の言葉を紡ぐ

・・・あ、そうだった

羽依里は吹田があの絵莉だと気がついていない

・・・記憶障害が残っているだろうと言われた後、病気が見つかってそのまま入院したからどちらかわからなかったが、羽依里はあの日のことを忘れている

そりゃあそうか。あんな事されて、覚えていれば

・・・あの女と、関わろうとするわけないもんな


「・・・休みの日まで「体裁」で関わる理由はない」

「へ?」

「今はおじさんが店番だし、軽く話して帰ろうか。疲れたろ」

「う、うん。でもせっかくだし・・・」

「・・・」

「・・・なんでも、ない。母の日も近いし、智春おばさんにお花買って帰ろう」

「そうだな」


最後の方、自分でもどんな表情をしていたかわからない

怒りも恨みも全て時間と共に消えたと思ったが・・・まだまだか


それから卒なく買い物を終えて、家へ戻る

花を買ってから今日が終わるまでの記憶はさっぱり

俺のせいだが「いい一日」とは言い難い休みの日になってしまった

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