5月4日③:六歳の春。貴方との約束は今もなお
五十里の婆ちゃんと小倉の婆ちゃん
どちらが好きかと問われたら、二人とも大好きだと当時の俺は答えていた
しかし、俺の行動は「両方好き」と言い難い行動をしていた
どちらかといえば「家の影響」で厳しい五十里の婆ちゃんより、饅頭をたくさん食べさせてくれる小倉の婆ちゃんの方が好きなように見えたと親戚は口を揃えてそういった
これは、俺が六歳の頃
一人で小倉の婆ちゃんのところに遊びに行った時の話だ
「婆ちゃん、婆ちゃん」
「どうしたの、悠真ちゃん」
「婆ちゃんはどうして俺に沢山饅頭食べさせてくれるんだ?」
小倉饅頭店の出来たて・・・から少し経過して、子供でも問題なく食べれるぐらいに冷たくなった饅頭を食べながら、聞いたことがある
婆ちゃんは俺が来る時、いつも大量のお饅頭と共に待っている。それが俺にとっていつも疑問だったのだ
「そうねえ・・・それは単に、お婆ちゃんが、悠真ちゃん・・・今の小さい子がどんなお菓子が好きなのかわからないから。種類がたくさんあるでしょう?」
「確かに」
「それでいて、家ですぐに用意できるお菓子がお饅頭しかないからかしら。悠真ちゃんは、お饅頭好き?嫌いだったら申し訳ないわ」
「うん。大好き。婆ちゃんも大好きだ!」
「よかった・・・。たくさん食べてね」
「ん!」
婆ちゃんと過ごす時間は楽しくて、毎日があっという間
羽依里も交えてよく一緒に遊んでいた
その中でも一番楽しかったのが・・・
「悠真君、その化け物なに・・・?」
「仮面バッタ。ぴょよーん」
「ひっ!?」
「こら、悠真ちゃん。羽依里ちゃんは虫が苦手なんだから、そんな驚かせることしちゃダメよ。人が嫌がることはしたらいけません」
「わかった・・・ごめんね、羽依里ちゃん」
「ううん。大丈夫だから、気にしないで」
その中でも面白かったのが折り紙
婆ちゃんはとても手先が器用で、足がついた鶴とか、金平糖とかを折り紙で作っていた
俺も色々と教えてもらって、今も少し凝ったパズルみたいな折り紙作品を作れるようになっている
一方、羽依里は・・・
「おばあちゃん、全然出来ない」
「羽依里ちゃん、力を抜いてね。こうして、こうしてあげればいいのよ」
「わあ・・・」
お婆ちゃんの言葉は当時、よく理解できなかったが・・・羽依里はとても一生懸命な子だと婆ちゃんは例えていた
しかしその反面、一生懸命頑張ろうとして、力を入れるのはいいが・・・力みすぎて失敗してしまうタイプとも。決して不器用ではないと言っていた
「悠真ちゃんは、頑張りすぎちゃう羽依里ちゃんをしっかり助けてあげるのよ」
「具体的にはどうしたらいいんだ?」
「そうねえ・・・意外と、悠真ちゃんが側で声をかけるだけでいいかも」
「そうか。わかった。羽依里ちゃん。がんばれ。どうぞー?」
「わ、わかった!どうぞー!」
「・・・慎司が二人に通信する上の心構えとか変なことを教えたとは言っていたけど、こんな変なものとは。まあ、二人が楽しそうならいいかもね」
慎司おじさんから仕込まれた奇行は健在
俺と羽依里は変なことと思わずに、婆ちゃんの前で慎司おじさんから教えられたことを実践していた
「・・・慎司には後でお仕置きしておかないと」
それを知る度に婆ちゃんが慎司おじさんをシメていたことを知ったのは・・・その十年後ぐらい
父さんに聞かされた事実に笑い、今はいない婆ちゃんの存在を偲んだ
・・
婆ちゃんが眠るように亡くなったのは、春のある日だった
「悠真ちゃん、お婆ちゃん疲れちゃったからお昼寝しようと思うの。悠真ちゃんも一緒にどう?」と聞かれて、俺はそれを快諾した
「悠真ちゃん」
「なあに、婆ちゃん」
「・・・ありがとう。楽しかった」
「俺も、足つき鶴教えてくれてありがとう、婆ちゃん!」
「・・・いつか、大きくなっても、そのまま優しい悠真ちゃんでいてね」
それが、最期の会話になるとも知らずに、無邪気にお礼を言ってそのまま眠ったのを今も後悔している
俺が呑気に昼寝をしている間に、婆ちゃんは亡くなった
槙乃おじさんと爺ちゃんがそれを見つけて、俺が眠っているものだからあえて起こさないようにしつつ、父さんと慎司おじさんに連絡をしたそうだ
「んぅ・・・」
「起きたか、悠真」
「うん。お父さん・・・あれ、婆ちゃんは?」
側にいたはずの婆ちゃんがいなくって、その代わり、父さんがいた
父さんだけじゃない。慎司おじさんも、槙乃おじさんも、母さんも・・・眠っているけど朝もいて、知らない人もたくさんいた
「落ち着いて聞いてくれ。婆ちゃんはな・・・」
「お父さん、先生が呼んでるから行ってあげて」
「ああ、母さん。今悠真が起きたから、伝え・・・」
「・・・私がしておくから、今はお義母さんのところに」
「・・・すまない」
「謝らないで。いつかは必ず来ることだもの。きちんと、伝えるから。会ってあげて」
悲しそうな顔を伏せながら、父さんは隣の部屋に移動する
おじさんたち三人と小倉の爺ちゃんがいて・・・誰かの話を真剣に聞いていた
「お母さん、婆ちゃんは?」
「悠真、お婆ちゃんはね、死んじゃったの」
「死んだって・・・?」
「そうだなぁ・・・どこから説明したらいいんだろうなぁ・・・」
母さんはそれから、当時の俺にもわかりやすい方法で死の説明をしてくれたと思う
人は誰しも体の中に魂を持っている
この世界は「公園」みたいなもの
魂はそれぞれ「公園で遊べる時間」が決められていて・・・
死ぬことは、その魂が「遊んでいい時間」が終わって、お家に帰ることだと教えられた
「婆ちゃんのお家はここだよ?」
「魂のお家は別にあるんだよ。お婆ちゃんの魂はね、お母さんや悠真が会いに行けない場所にある家に帰ったの」
「もう、会えないの?」
「うん。そこは、体を持っている人が行けない場所だから、もうお婆ちゃんと話したり遊んだり、一緒にお饅頭を食べたりできないの」
「・・・まだやりたいことたくさんあったのに」
眠る前に教わった足付き鶴を握りしめて、母さんの胸の中で泣いた
わんわんと泣きじゃくるものだから、葬儀屋さんの話を聞いていた父さんも爺ちゃんとおじさんたちにその場を任せて、俺の方に来てくれた
「母さん、初孫だから悠真のことめちゃくちゃ可愛がってたもんな」
「その分、悠真のダメージもデカイがな・・・慎司。悠真には伝えるなよ。眠っている間に、亡くなっていたこと」
「わかってるよ・・・って俺だけ名指しかよ」
「真弘と槙乃は信用しているが、お前は碌な事を言わんからな・・・」
「信用ねえなぁ!?お袋の前だからお手柔らかに頼むよ、親父・・・」
それから、泣きが落ち着いた頃に父さんたちは別の部屋に行って打ち合わせを進めていく
その間、俺は・・・
「・・・お母さん、なんか部屋臭い」
「それはね、お線香の香りよ」
朝は何があっているか全く理解しておらず、呑気に眠っていた
まだ幼いし、しょうがないことだ
それから泣き止んだ俺は、母さんと一緒に婆ちゃんの体に会いに行った
普通に眠っている感じで、朝になったら起きそう。けれど婆ちゃんはもう目覚めることはない
悲しさが蘇るが、それと一緒に鼻に刺さる「それ」が気になり始めた
臭い。超臭い。なにこれ。線香くっさ・・・
「もうちょっといい匂いないの?婆ちゃんも嫌だって言ってると思う」
「あー・・・じゃあ悠真はどんな匂いがいい?」
「藤。婆ちゃん好きだって言ってた」
「そっか。じゃあ今度探してみよっか。お婆ちゃん絶対に喜ぶよ」
「ん」
それから先のことは、あっという間に過ぎ去った記憶がある
通夜も葬式も慌ただしく終わって、気がつけば俺は婆ちゃんがいない日常を生きていた
「悠真君、大丈夫?」
「羽依里ちゃん・・・」
公園で羽依里ちゃんと遊んでいる時もふと考える
婆ちゃんが死んだあの日のことを
そして「最期の言葉」も・・・その時の俺の中にずっと引っかかったままだった
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