5月4日①:社会に縛られているうちは自由人じゃないらしいぞ

風呂の一件があった翌日

いつもの通り母さんに髪のセットを頼んだ俺たち親子はそれぞれの予定をこなしに行く

父さんは初節句の前撮りに来たご家族の撮影。母さんもそれに合わせて店に待機

朝は祝日なのに部活の練習だそうだ

そして俺たちは・・・


「・・・おはよ、悠真」

「ああ、おはよう羽依里。ちゃんと眠れたか?」

「うん。大丈夫・・・体調も問題ないよ」

「じゃあ、出かけようか」

「そうだね」


家を出て、目的地までの道のりをのんびり歩いていく

その間、俺達の話は「店の手伝い」を中心に広げられていく

店が忙しいなら手伝おうか、と二人で声をかけたのだが・・・どうやら明日のほうが忙しいらしい

腕が大変なのはわかっているけど、できれば、明日手伝ってほしいとお願いされた


確かに明日は端午の節句

こういうイベントの時、必ずと行っていいほど撮影の予約もぎっしり入っているのだ

人手は多いほうがいい。片手でも尚更だ


「人手が足りない時、写真館はどうしてるの?」

「基本的にはおじさんにヘルプを頼んでる。でも、こういう時はおばさんたちにも声をかけている。それがわかってるから、全員仕事を入れないんだ」

「へえ・・・じゃあ、明日は千重里おばさんと千夜莉おばさんと久しぶりに会えるかもしれないの?」

「ああ。二人共忙しいだろうけど・・・時間を見つけて会いに行くか?」

「うん。二人共、元気にしてるのか気になるから。楽しみだな・・・歩鳥さんは?普段はどうなの?」


羽依里は嬉しそうに明日のことを考える

・・・千重里おばさんと千夜莉おばさんと仲いいもんな、羽依里


「歩鳥さんも都合がつけば手伝ってくれるけど、気分次第だから期待はしてないな」

「確かに・・・帰ってくるのも突然だし、かなりの自由人よね、歩鳥さん」

「ああ。だからこそ、あんな自由そのものみたいな風景写真を撮れるのかもしれない」


鮎川歩鳥は俺の風景写真におけるもう一人の師匠だ

慎司おじさんも同じ風景専門だが、何でもこなせるオールラウンダーの気がある

なので基本的に慎司おじさんには「技術」を、歩鳥さんには「心構え」を学んでいる感じだな


「悠真もかなり自由人気味だけど」

「歩鳥さん曰く、社会に縛られているうちは自由人じゃないらしいぞ」

「・・・歩鳥理論はよくわからないや」

「俺も、全然理解できないんだ。でも、面白い」


『撮ろうとするから撮れないんだよ、はるま?』


歩鳥さんは俺のことをいつも「はるま」と読み間違える。確かにそう読めないこともないけれど、何度も「ゆうま」と訂正しても一向に治る気配はない

むしろわざとしているんじゃないかと思うぐらいだ


『はるまじゃなくてゆうまです。で、なんですその理論。写真は撮るものでしょ』

『ちっちっち・・・これだからはるまは未熟なまま停滞するんだよ。いいかい、はるま』

『ゆうまです』

『では、はるま。君は空気の流れが読めるかい?』

『そんなもの・・・』

『読めないうちは、歩鳥の理論は理解できないはずだ。いいかい。空気も風景の一部だと捉えろ。それが、歩鳥にあって君にない技法なのだから』

『はあ・・・』

『今も空気は語りかけている。いつか、聞けるといいね、はるま』

『だからゆうまです!』


歩鳥さんの理屈を理解するのは大変だが・・・結構面白いし為になる時はあったりする

・・・大体、理解できずに終わるか。どうでもいい話なのだが

しかし彼が日本に長期滞在していた時は神出鬼没だったが面倒をかなり見てもらえていたと思う

遊び相手にしか思われていないかもしれないが・・・そこは気にしないでおこう


「そういえば、歩鳥さんは今どこに?」

「んー・・・足取りを掴める人じゃないから。でも、この前届いたエアメールは南極からだったな。一緒に送られてきたのは流氷が崩れる瞬間の写真データと、野生のペンギンに歩鳥さんが頭を抱卵されていた写真でなぁ・・・帰ったら見せようか」

「う、うん・・・お願い。なんで野生にそんな近づけているんだろう」

「歩鳥さんだから、としか言えないな」

「・・・確かに。納得してしまった」


これまでも何故か頭をライオンに甘噛みされている写真とか、鹿に舐められている写真とか訳のわからない写真ばかり送りつけられていたが、今回のは群を抜いていると思う

帰ったら羽依里に見せよう。鮎川歩鳥動物コレクション

しかし、俺としては気になることが一つ


「・・・でも、歩鳥さんの写真があるってことは同行者が一人いるんだよね。歩鳥さんの写真を撮る人」

「ああ。ぐっちゃんという名前以外は性別すら不明の同行者が一人な」

「え・・・」


ぐっちゃんなる人物はあの歩鳥さんと旅が出来ているとんでもない人物だ

名前以外はシークレットな「ぐっちゃん」の正体を俺たちは知ることができるのだろうか


「・・・歩鳥さんと付き合えている時点で絶対普通の人じゃないよね」

「だろうな・・・むしろどんな人であれば歩鳥さんと付き合えるのか聞きたいぐらいだ」

「そうだね・・・ところで悠真。歩鳥さんたちの話をしているところ悪いんだけど・・・今日の行き先はもしかしなくても・・・」

「ああ。今日は商店街。五月から俺の家って伝えたら皆会いたがってたぞ」

「やっぱり!?道が前と変わっていて不安だったけどやっぱり商店街なんだ!」


今日の目的地は土岐山商店街

俺たちだけでなく、父さんたちの成長も見守ってくれているその場所には、羽依里が戻ってくるのを心待ちにしていた人がたくさんいる


「皆、今日は店を開けるって言っていた。今日はあの日のおつかいの再現をしよう」

「あの日の・・・」

「全店回ろうぜ、羽依里!」

「うん!」


羽依里に必要なものは、羽依里のおじさんから送られた生活費から

それ以外は・・・俺の手で彼女をエスコートしてみせよう

一時退院して初めて迎える外出の日は、今、この瞬間から始まっていく


「変わってないな、ここは」

「ああ。小さい時から全く変わっていない。この場所だけは」


アーケードを見上げながら呟く

少しだけ色褪せサビが目立つ古びた看板は、何十年もこの先へ進む人を出迎え、帰る人を見送る

羽依里とこの先に進むのは本当に小学生以来になると思う


「久しぶりにくぐった気がする」

「そうだな。小学生以来じゃないか?」

「だろうねぇ・・・」

「まずはどこへ行こうか」

「決まっているでしょう?端から端まで。全部」

「そうだったな。じゃあ、早速、野原さんの八百屋から」


二人、手を繋いで久々の商店街を歩いていく

店の人に挨拶しながら、目的の品を

たまには突発的な買い物をしつつどんどん前へ進んでいった

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