5月2日:羽依里ちゃんも気にしなくていいからね

朝の六時

慣れないベッドだったが、無事にのんびり寝られることが出来たらしく、目覚めはとてもよかった

普通は枕が変ったり環境が変化したら寝不足になったりするのだが・・・五十里家だからだろうか

馴染みがあるから、きちんと眠れたのかもしれない


「んー・・・」


背伸びして、少しだけ残っていた眠気を吹き飛ばす

寝間着のまま部屋を出て、顔を洗うために洗面所へ向かうと・・・


「ん・・・・あ、おはよう、羽依里ちゃん」

「おはようございます、おじさん。髭剃り中みたいですね。また後で・・・」


先客のおじさんは髭剃り中。邪魔をしてしまった

立ち去ろうとすると、おじさんから引き止められる


「顔洗いに来た?いいよ、使って。まだ時間かかるし」

「いいんですか?」

「いいよいいよ。悠真も朝もお構いなしなんだ。羽依里ちゃんも気にしなくていいからね」

「では、お言葉に甘えて・・・失礼します」


おじさんから譲られた洗面所で顔を洗って、目をしっかり覚ました


「はい、タオル」

「ありがとうございます」

「いいって。あ、悠真はまだ店のほうだと思う」

「お店?」

「髪のセット。お恥ずかしながらお母さんから父子三人揃って整えて貰っていてね・・・悠真は今月からだけど」


おじさんと朝ちゃんも悠真同様くせっ毛が酷いらしい

二人の場合は今までおばさんに整えて貰っていたらしいが、今月から悠真も追加されたそうだ

・・・四月は自分で整えていたけど、たまにツメが甘くて跳ねている日もあって藤乃ちゃんと廉君に笑われていたからその対策かもしれない


「前までは「そのままでいい〜」って言ってたのに、どんな変化だと思う?」

「さあ・・・でも、悠真も身なりに気を遣うようになったのはいいことではないかと」

「そうだね。親の俺たちが何度言っても聞かないし、羽依里ちゃんのところに行く日だけ自分で真面目に整えるものだから困っていてね・・・四月にどんな心境の変化があったのか学校の時も整えるようになったんだ。俺は羽依里ちゃんが一喝したと思ってるけど・・・」

「確かに始業式の時に文句は言いました。いつもは整えているのに、学校じゃ整えていないなんて思ってもいなかったので」


「本当にありがとうね。本当に、悠真は羽依里ちゃんがいないとダメになる・・・」

「むしろ私以外が言わないと言うことを聞かないなんて・・・悠真は私がいるせいでダメになっているのかもしれません・・・」

「本当に悠真は小さい頃の智春みたいなんだよなぁ・・・羽依里ちゃんにはこれからも苦労させると思うけど、よろしくお願いするよ」

「いえ。こちらこそ、悠真には色々と助けてもらっているので・・・これぐらいは」


おじさんと軽く悠真の話をした後、美容院の方に向かうためにリビングに入ると、そこには朝食をとっている朝ちゃんがいた


「おはよう、朝ちゃん」

「おはよう、おねえ。ちゃんと眠れた?」

「うん。しっかり眠れたよ」

「それはよかった。朝ごはん食べる?」

「ううん。先に悠真の様子を見に行こうかと」

「あーなるほどね。朝からお熱いですな」


少しニヤニヤしながら朝ちゃんは美容室につながる扉を指差してくれる


「そこの扉、昔から変わりないから、まっすぐ進んだら美容室だよ」

「ありがとう」

「どういたしまして」


それから扉を開けて、美容室に向かうとくせっ毛と寝癖を直してもらっている悠真が椅子に座り、おばさんがそれを丁寧に直していた


「・・・悠真の髪は、朝とお父さんより我儘な髪ね」

「すまん・・・」

「一体誰に似たのかしら。お父さんの髪は素直なんだけど」

「長年触ってきた経験もあるんじゃないか・・・まあ、強いて言うなら慎司おじさんから」

「アホの影響受けてるものね・・・」


「母さん、慎司おじさんへのあたり結構強くない?」

「私、あれのことは好きでもないし嫌いでもない。興味ないんだけど・・・」

「結構酷かった」

「強いて言うのなら、学生時代ね、あれの介入でお父さんとの逢瀬を潰された事が多すぎて、今も根に持っているから・・・あれ?これはむしろ「嫌い」じゃないかしら」

「うん。そうだな、母さん。それは嫌いな部類だ」

「そうね。思えば嫌いだわ。あの男」


朝からほわほわした空気で髪を手入れしているおばさんは、会話のゆるさからは全く考えられないような慎重な手付きで髪を整えていた


「父さんとのデート中にのこのこやってきてたのか?」

「うん。どこで情報仕入れたのか知らないけれど、こっちはお父さんに勇気を出してデートに誘ったというのに、のこのこ偶然を装ってついてきて・・・うざいったらありゃしない」

「むしろそこまでの感情を持っているのに、嫌いか好きかわからない扱いした母さんはどうなっているんだ」

「言ったでしょう。興味ないの。あれのことを考える時間があるのならもっと有意義なことを考えるわ」

「そうですか・・・」


そろそろ仕上げに入るようだ

・・・結局、挨拶出来ずに作業を見守ることになってしまった

集中しているみたいだし、終わってからのほうがいいよね


「でも、邪魔されただけだよな」

「違うわ。当時の私にとって、慎司から邪魔される事は一番の悩みだったの」

「どうして?」

「いい、悠真。貴方が「その程度」とか軽く考えていることって、女の子にとっては結構重要なことだったりするのよ。二人っきりとか、手を繋ぐとか、些細なことでも、重要視しちゃう時があるものなの」


「なるほど。よくわからん」

「でしょうね。そういうところ、悠真は無頓着だからね」

「けど・・・」

「けど?」

「理解したほうが、いいよな?」

「多分」

「多分かよ!?」

「はい、セットおしまい」

「流れが唐突すぎるんだよ・・・ありがとう、母さん」


「どういたしまして。はい、次は羽依里ちゃん?どうぞどうぞ」

「へ!?」


唐突に名前を呼ばれたので驚いてしまう

いたの、気が付いていたのかな・・・?


「いや、私は大丈夫です。既にまとめ終わっていますから」

「そうなの・・・お母さん少しショック。久々に羽依里ちゃんの髪に触れるかと思ったけど残念。でも、確かに上手に綺麗にできてるわ。流石羽依里ちゃんね。悠真も見習って」

「あ、ありがとうございます・・・」

「へいへい・・・見習います」


「はいそこぉ!」

「はい!」

「こういう時は流れで褒めることが大事です。些細なことでも褒め殺しましょう!」

「言われて実行するのはどうなんだ!?」

「ふふっ・・・朝から賑やかですね」


耐えきれなくて笑い始めた私を悠真とおばさんは凝視する

そんなに驚かせただろうか


「コント、だったか?」

「おかしいわね。私は悠真に恋愛強者になる秘訣を教えていたんだけど」

「どう考えても弱者の第一歩だろ。親から口出しされる部分とか」

「言われてみれば!」


悠真とおばさんの少し抜けている会話は続くが、美容院の開業準備もあるだろう

そろそろ切り上げさせないといけない


「悠真」

「どうした、羽依里」

「そろそろ朝御飯にしない?」

「あ、そっか・・・母さん、そろそろ俺戻るわ」

「うん。お母さんは片付けてから戻るわ。二人共、ちゃんと朝ごはん食べるのよ」

「ああ。行こう、羽依里」

「うん。ありがとうございます、おばさん」

「いえいえ。気をつけてね」


私は悠真と共に来た道を引き返し、揃って朝ごはんを摂り始める


「羽依里、食べきれそうか?」

「うん。大丈夫。丁度いいぐらいだから」


私のは悠真と比べたらかなり少ないけれど、私にとっては丁度いいぐらい

五十里家で過ごす、久しぶりの朝

穏やかな時間を五十里家の皆と過ごし、それぞれが仕事や部活に向かう姿を見送った


その後、私達は課題をコツコツ終わらせていく

いつもより長いゴールデンウィーク。少しだけ多い課題


「後半は少し、遊びたいよな・・・」

「そうだね。でも、何をするの?」

「んー・・・じゃあ、近所に出かけないか?」

「いいよ。でも、どこへ?」

「羽依里に会いたがっている人たちのところに。それから、俺のおすすめ」

「・・・いいよ。じゃあまずは、課題を少しでも多く終わらせようか」

「ああ」


二人だけのリビングのテーブルを陣取り、コツコツ進めていく

苦手なところは互いに補いつつ、一日を過ごしていく


予定より多く課題を終えた私達は「これでじっくり遊べる」と笑い合いながら、近い内に予定した「お出かけ」の話をして、その日を終えていった

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