雪笹の章:今までを取り戻す感謝の花束を

5月1日:これから、よろしくお願いします

名目上は「自宅療養」

五月から彼女が一時的に退院し、五十里家で生活することになる

最も、検査入院や、ドナーが見つかったり悪化したりしたら・・・その限りではないが


「羽依里、先生から伝言。検査の結果は問題なし。もう出発していいそうだ。ほら、証明書」

「ありがとう、悠真」

「いえいえ」

「次にここに来るのは検査入院の時かな」

「その方向というか、検査か移植手術を控えたタイミングでしか戻ってきたくないよな・・・でも、何があるかわからないから」


羽依里がいままでいた病室は何かあった時の為に施錠して管理されるそうだ

検査入院の度に荷物を運搬するのも大変だし、何よりも羽依里が倒れた時に今まで通りの対応ができるようにと気を遣ってもらっている


「挨拶も済んだし、そろそろ行こうか」

「うん」


部屋を出て、近くにいた看護師さんに声をかけてから部屋の施錠を確認する

それからお世話になっている顔なじみの看護師さん達に挨拶をした後、俺達は手をつないで五十里家への道を歩いていった


・・


「・・・あの、美浜さん。あの二人は?」


ナースステーションにいた二人の看護師は、彼らの背中を見守りつつ、話を始めていく

今年の春から土岐山病院に勤務し、今月からこの階の当番になった「彼女」にとってはよく知らない人物たちだ


「ああ。貴方は今年からだから知らないわよね。羽依里ちゃんも私達が担当していたから・・・女の子が先月末まで入院していた白咲羽依里ちゃん。今月から自宅療養になる子」

「ああ・・・美浜さんや水野さんが話していた女の子ですね」

「ええ。小学生の頃からだからもう十年近く入院生活でね・・・隣の男の子・・・五十里悠真君は入院してから自分の用事がある日以外は毎日お見舞いに来ているの」

「へえ・・・珍しいですね」

「二人とも仲良しさんなのよ。挨拶の時に探りをいれたらお付き合いするようになったって報告してもらって・・・もう自分の子供のように嬉しかったわね」


今夜は祝杯よー!と叫ぶ先輩看護師に若干引きつつも、嬉しがる気持ちは少しだけ理解できるし、羨ましいとも思う


「あの二人、高校生ですか?」

「うん。高校三年生。土岐山に通ってるわよ」

「へえ・・・じゃあ廉と同じ高校か。聞いてみようかな」

「廉って?」

「私の異父弟おとうとです。今は、今のお父さんのお爺ちゃんのところにいて、私とは全然仲はよくないんですけど・・・」


藍澤麻衣あいざわまいは複雑そうに、義理の弟のことを話す

その話は、関わりがある二人に聞こえること無く、美浜の記憶だけに残ることになる

そして・・・

近い夏に、二人の耳にもこの話が入るのはまた、別のお話


・・


五十里写真館前の道のりを歩いていく

五月に突入し、気温も暖かいより少しだけ暑いといった感覚になってきた

桜は散り、淡い緑が桜並木を彩る

俺の体調不良のせいできちんとした花見が出来なかったのは残念だな


「ごめんね、悠真。昨日持ち運べなかった荷物、持ってもらって・・・」

「いいんだよ。肩掛け式だし、片手はきちんと空くから」

「手を繋いでいるから、空いてないと思うけど・・・」

「それもそうだな」


羽依里と手を繋ぐのは珍しい話じゃない

当たり前に近いので、俺はそこまで何も考えていないのだが・・・


「羽依里、顔真っ赤だぞ。大丈夫か?」

「え、いや、これは・・・」

「今日は暑いからな。きついなら休むぞ?」

「そ、そうじゃないの・・・これは、これは・・・」

「これは?」

「手を繋ぐの、少し、照れくさくて」

「そうか?」

「そうなの。慣れたと思ったんだけどなぁ・・・」


小さい頃からしてきたことも、関係性が変われば照れるものになるのだろうか

そのあたりの事が俺にはわからなくて、羽依里の気持ちが具体的にわからない

そういうものなのだろうか


「悠真は普通そう・・・」

「だって小さい頃からしてきただろ?今更・・・」

「小さい頃とは違うでしょう?」

「具体的には?」

「その、手の大きさとか」


確かに小さい頃とは違う部分ではあるが・・・


「昔は同じぐらいだったのに、今は私の手を包み込めるぐらいしっかりしていて大きい綺麗な手とか・・・思ったりする」

「そうか・・・」


そんなに手を褒められることなんて全然ないので、少し、驚いてしまった


「びっくりした?」

「ああ。色々見てくれてるんだな」

「好きな人の事、だから・・・」

「そうか」


羽依里から好きと表現してもらえたのは告白の時以来ではないだろうか

半月程度だが・・・今まで聞けなかった分、たくさん聞きたい欲はある


「好きな人って言われるとやっぱり嬉しそう」

「そりゃあ、そうじゃないか?羽依里から滅多に言われることはないし・・・」

「悠真の毎日告白に比べたら全然かも」

「そうだけどさ・・・」


「もっと、増やすべき?」

「確かに、もっと聞きたい欲はあるけど・・・俺の心臓が持ちそうにない」

「じゃあ、ここぞという時に出すことにする」

「必殺技みたいだな」

「ある意味必殺じゃない?悠真だけにしか効かない必殺技」

「かもなぁ・・・」


確かに、動揺させられる程の威力があるワードだ

・・・好みのシチュエーションも重なったらとても危ない気がする


「もうすぐ、家につくからこの話はまた今度にしよう。母さんに聞かれるとからかわれる」

「そ、そっか・・・ねえ、悠真」

「なんだ?」

「おじさんとおばさんには、伝えた?その、付き合ってること」

「言えてない・・・」

「どうして?」

「いや、母さんが落ち着いてからって考えてたんだよ。ぎっくり再発されると困るし。喜びすぎてブリッジとかしかねないから」

「ああ・・・そういう」


母さんが少し天然気味で奇行が多い人、父さんが常識的な人だと言うことは羽依里もよく理解している

そしてそんな母さんがギックリ・・・変な奇行をしないように気を遣う気持ちは理解してくれたようだ


「そういう羽依里こそ、おじさんとおばさんには?」

「言えてない・・・今、ブラジルみたいだから生活時間も全然合わなくて・・・仕事の時間も長いみたいで出てくれないの」

「大変だな、外交官と建築会社の社長さんも・・・メールは?」

「こういうのはきちんと電話で伝えたいと思って・・・」

「なんかわかるかも。文章じゃそっけないもんな」

「うん。時間がある時に電話かけてみるから、できれば悠真も一緒に」

「もちろんだ」


遠くない日の約束をしている間に、羽依里の家の前に到着する

そこを一瞥した後、歩いて過ぎ・・・俺の家に、五十里写真館に到着する


「悠真」

「なんだ?」

「これから、よろしくお願いします」

「こちらこそ。羽依里には一階の客間を使ってもらう前提で掃除も済ませているし、荷物も運んでいる。自分の家だと思ってのんびりしてくれ」

「ありがとう」


「それじゃあ入ろうか」

「いいけど・・・挨拶は私もこれでいいの?」

「むしろ、これじゃないと」


店の裏手に回り、自宅の鍵を開ける


「あ、羽依里ちゃん到着!」

「連絡しろって言っただろ、悠真」

「歩いてきたんだ・・・疲れてるよね。リビング、座れるようにしてくる!」

「「ただいま!」」


母さんと父さん、それから朝から出迎えを受けた俺達は予め決めていた言葉を告げる

すると、母さんが安心したように笑いながら返事をしてくれた


「おかえり、悠真。羽依里ちゃん。疲れたでしょう?リビングにいらっしゃい」

「おかえり。荷物俺が部屋に運んでおくから、二人共先に休んでなさい」

「おかえり!おにい、おねえ!早くリビング来て!今ね、テレビで可愛いインコ特集だから!一緒に見よ!」

「急かすなって・・・羽依里、靴脱げるか?」

「大丈夫。悠真、靴揃えるの大変でしょ?私が揃えておくから」

「ありがとう。お願いするよ」


羽依里に並べてもらった玄関の靴

少し橋の方へ俺と朝の通学靴の隣に、羽依里の靴が置かれ・・・

玄関の真ん中には、五十里家四人と羽依里の靴が仲良く置かれた


今日から、彼女はここで暮らす

それを改めて実感しながら、俺と羽依里は朝が待つリビングに向かった

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