4月30日:俺は今も待てないんだよ。そわそわしてる

土岐山病院の病室

長年使っていた病室は、私が使いやすいように色々と物を置いていた


「なんだか、少し殺風景」

「そうだな。ここに来た頃はこんな感じだったよな」


ベッドを占領していたぬいぐるみ

お母さんたちが買ってきてくれたブランケット

棚の中に入れていた私物は、ここに来た時にものを入れていた鞄の中に詰め込んだ


明日から一時退院。五十里家で様子を見ながら普通の生活をこなしていく

しかし、定期検査の入院やドナーが見つかった際

考えたくはないが・・・もしもの際の入院に備えて、この病室は私がいつでも使えるようにしてくれるそうだ

何事もなければ、鍵をかけて管理をされるとのことだ


「意外と荷物、少なかったな」

「おばさんが定期的に来てくれて・・・荷物、持っていってくれていたから」

「そうなのか」

「うん。ぬいぐるみとか一部持っていってもらったの。だから今はペンちゃんとシロマだけ」

「特にお気に入りの二つか・・・そうなると後の全てはすでに家の中?けど、掃除中はそんなもの」

「衣服のダンボールにいれたからじゃないかな」

「ダンボールが妙に多いのは、羽依里がおしゃれさんだからじゃなくて、ぬいぐるみが入っていたからか・・・」


落胆する悠真の側で、小さく笑っておく

今、彼に教えたら騒ぎそうだから・・・心の中に留めておくけれど、おしゃれには凄く興味がある

病院で過ごしていた時は、少しだけしかできなかったから

服だって、変わるのは入院着ぐらい。私服は毎シーズンごとに新しい服が両親から送られてくるけれど・・・着る機会は全然ない


これからは、一時退院とはいえ外に出れる

沢山普段着を着られる。なんなら、衣服を増やす必要だってある

両親からお金を出してもらっている手前、多くの我儘は言えないけれど・・・

昔からずっと一緒にいる大事な人の為に・・・可愛くいたいから


「羽依里?」

「あ、ごめんね。少しぼぉっとしてた。どうしたの?」

「明日のこと何だけど、何時に迎えに来たらいいかなって」

「先生からは、一応検査をしてからって言われたから・・・午後からがいいかも」

「了解。じゃあ九時にくるよ」

「終わるの午後だよ?」

「それまで待つよ。検査の間、待っておくなんていつものことじゃないか」

「なんで?」

「そりゃあ、羽依里がうちに来るのが待ち遠しいから。俺は今も待てないんだよ。そわそわしてる」

「もう、子供じゃないんだから」


私だって嬉しいよ、悠真

いますぐ先生に「五十里家に行きたい!」といいたいぐらいだ

私は流石に伝えられない。気恥ずかしい

それに、子供っぽいって思われそうだし・・・

毎日告白もそうだけど、子供の頃みたいに思っていることを素直に伝えられるのは凄く羨ましいことだ


けれど今は二人きり

伝えるのは、恥ずかしいことじゃない

むしろきちんと伝えるべきだろう

私も、待てないぐらい・・・一緒に過ごせるのが楽しみなことを


私はゆっくり立ち上がり、窓辺へと歩いていく

少しだけ、特に顔あたりが暑いから・・・窓を開けるために

悠真へ顔を見せないように、窓を開けてから


それから少しだけ大胆に、彼の元へ飛び込んで見る

いきなりのことだったので、座っていた彼もバランスを崩した

まるで、私が彼を押し倒しているみたいな構図になってしまった

そういう意図は、一切ないのに


「ごめんね、悠真。こんなつもりじゃ」

「・・・」

「・・・悠真?どうしたの」

「・・・」


悠真は驚いているのだろうか

そう思いながら、彼の顔を覗き込むと・・・そこには予想外の顔が浮かんでいた

目を見開いて、荒い息を吐きながら・・・ゆっくりと抱きしめてくる

力がいつもより強くて、痛かった


「悠真、痛い・・・」

「・・・無事?」

「無事って、うん。なにもないから。いきなり飛び込んでごめんね。びっくりしたの?」

「・・・大丈夫。大丈夫ならそれでいい。俺も、変な反応でごめん。けど、驚くからあれはもう禁止。頼む」

「う、うん・・・」


驚くにしては異様な驚き方

あれじゃ、何かを恐れているみたいだった・・・


体を起こして、先程と同じようにベッドサイドに二人、腰掛ける

呼吸を整えた悠真は、いつもどおりに笑って、先程のことがなかったかのように振る舞ってくる

それが少し怖くって・・・

でも同時に悠真が何を恐れているのかわからなくて・・・

その後は自然と口数が少なくなってしまったのは、言うまでもない話


・・


一方、土岐山中学校

ソフトボール部のミーティングで空き教室を使っていた私達は、今度は練習を始めるためにグラウンドへ移動していた


「・・・」

「朝先輩、どうしたんですか?」

「早く行きましょうよ」

「あー・・・うん。ちょっとね」


階段移動は、朝にとって苦手な事

階段を降りることに対して、トラウマが存在しているのだ

誰かが背後にいる状態で朝は階段を降りられない

悠真君を始めとした家族なら平気みたいだけど・・・誰かがいる状態で階段を降りようとしたら、朝は具合を悪くして、最悪吐いてしまう


朝のトラウマができた日、悠真君も、背中を強く打ち付けたらしくて、しばらく痛そうにしていた

何があったかはわからないけれど、とにかく階段が苦手なのには変わりない

ここは私が助け舟を出そう

今、できることはそれぐらいだ


「朝、少しいいかな?二人は先行ってて!」

「はーい」

「わかりました!」


事情を言いにくそうにしている朝の代わりに私が声をかけて、後輩二人をグラウンドへ送り出す

階段にはもう、私と朝だけだ


「ありがとう、百合・・・」

「いいって。これぐらい。今は一人で降りられそう?」

「うん。助けてもらってなんだけど、先に行ってくれるかな」

「わかった」


数歩先を進みながら、朝が階段を降りる姿を見守る

どうしてこうなったのか、詳しくは聞かないようにしている


けれど、同時期にあの子の名前を聞かなくなった

吹田絵莉ちゃん。悠真君と羽依里ちゃんとよく遊んでいた女の子

朝が階段を降りれなくなった頃から、名前を聞かなくなった

ま、流石に関係ないだろうけど・・・


羽依里ちゃんが入院した後の悠真君には気の合う友達・・・穂月藤乃さんと一緒に行動することが増えたし、吹田さんと疎遠になっただけかもしれないからね


「おまたせ、百合」

「ううん。全然待ってないよ。グラウンド、行こ!」

「うん」


まあ、なんだっていいのだ

原因はどうだっていい

彼女が困っているのならしっかり支えて、できるサポートをしていく

けれど、いつかは直さないといけないだろう

それに高校は・・・朝とは絶対に、違う道を歩くから


今は、私にできることをしていこう

そう心に決めながら、二人でグラウンドへ向かっていく

私達にとって引退前の・・・中学最後の晴れ舞台・・・中総体も、もう遠くない


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