4月28日:うん。食べてみたかったんだよね、これ!

ゴールデンウィークも始まった最初の日曜日

掃除は朝が暇な時に少しずつ進めてくれていたらしい

できた妹で兄ちゃんは嬉しいよ・・・


「ほんっと、おにいは撮影スケジュール以外計画性なさすぎ!怪我したんだから、雑巾がけとかそういうのは私に頼んでよね!お父さんもお母さんも病み上がりだし、忙しいんだから!そういうのちゃんと考えて動いて!」


めちゃくちゃ怒られた後、昼食を摂り・・・

俺と朝は一階にある客間にある荷物の箱を開けていた


「結構あるね・・・」

「そうだな。朝、それ服のダンボールだ。開けるな指定」

「それおにいだけじゃない?」

「かも。でも開けないでおこう」

「うん」


ダンボールの外に書かれている内容物の情報を頼りに、俺がダンボールを開けて、朝がいい感じに設置していく

ここにあるダンボール。全て羽依里の荷物だ

ご両親が気を利かせて送付したものから、この前の買い物で買い揃えたものまで、色々存在している


「机は元々客間にあったこれを使ってもらうとして・・・椅子は板張りだし、どうしようか」

「座布団は用意しておいたよ、おにい」

「ナイス朝。それからカーテンは新しいものにしたよな」

「うん。遮光カーテンもレースカーテンも両方装備済」


それからベッド。羽依里のご両親が使いやすいものを新調してくれた

まさかのダブルベッドである。ぬいぐるみをたくさん置いても十分なスペースを確保でき、羽依里に無理なく眠れるように想定された代物だ

使わなくなったら、うちで使っていいと言われたが・・・俺たち家族は寝相が悪い

高いところから落ちない為に選んだ布団派だから、最終的に羽依里に持って帰ってもらうことになりそうだ

五十里家にベッドは早すぎる・・・せいぜいマットレスがいいところだ


「それから、カーペットも敷いたし・・・」

「日用品は全部ダンボールから出し終えて、ここでは後、服だけかな」

「そうだな」


後は羽依里が病院からお友達と学校で使っているものを持ってくるだけ・・・

そのお友達、何人連れてくるのだろうか

ペンちゃんとシロマは確定っぽいけど・・・あまり多くならないと嬉しい

抱き枕サイズのジンベエザメの「リョポ(リョリョッポロス)」とか・・・シロナガスクジラの「ボン(ボトンガボン)」とか・・・


「あまり、大荷物にならないことを祈るしかなさそうだね・・・」

「ああ。まあ、羽依里もそのあたりはわかってくれるだろうし、大丈夫だとは思う」

「そうだといいね」

「まあ、とりあえずここの掃除はおしまいだ。おつかれ、朝」

「いえいえ。おにいもお疲れさまでした」


朝から始めていた掃除は、気がつけば昼の三時

出かけるにしても中途半端。お見舞いの時間もあまり確保できないな

・・・それに、今日はお見舞いに行くのが気まずいと言うか

昨日の衝撃はまだ、俺の中に残ったままだ

今日は電話だけにしておこう


それに・・・ここまで色々としてくれた朝に何もしないというのは人としても、兄としてもアウトだと思う


「朝」

「なに、おにい」

「疲れたか?」

「いやいや、そこまで疲れてないよ。部活よりハードじゃないし」

「何か、ご褒美とか・・・どうだ?」

「ご褒美!?」

「あ、ああ。色々と頑張ってくれたしさ、兄ちゃんにできることに限るけど」

「じゃあ、じゃあこれ!」


朝がスマホで表示したのは、商店街で行われているゴールデンウィークイベントに出店している店


「・・・これでいいのか?」

「うん!」

「じゃあ、出かける準備しようか」

「了解!」


朝と一度別れて、互いに出かける準備を整える

その後に合流して、二人で一緒に土岐山商店街に向かっていった


「・・・」


それを、とある人物が見ていたことにはまだ気が付かない


・・


土岐山商店街のイベントスペースに訪れた俺と朝は、空いていたベンチで「それ」を頬張った


「なあ、朝」

「なぁに、おにい」

「本当にそれでいいのか?」

「うん。食べてみたかったんだよね、これ!」


朝の手に握られたのはいちごのクレープ

ふわふわでサクサクの生地に包まれたいちごと生クリームたっぷりのそれ

口の端に生クリームをつけつつ、笑顔でにんまり笑う朝

俺と両親共々気が抜けていて、それを補うようにしっかりしている朝

でも、しっかりしている朝でも・・・こうして抜けている部分がある


「朝、口元にクリーム」

「え、どっち!?」

「あああ、動くな。俺が拭いてやるから」

「ん?」


朝の口元に付いた生クリームを持っていたハンカチで拭ってやる

小さい頃から、朝の口元を拭うのは俺の仕事だ

大きくなっても、この役目は変わらないらしい


「ほんっと、いつも食べる時、口元に色々つけてるよな、朝」

「うん。自覚してる」

「なんでこうなるんだろうな」

「わかんない」

「口が小さいからかな」

「そうかな?」

「ああ」


比較対象が少ないのでなんとも言えないが・・・

朝の口元は母さんによく似ている

藤乃みたいに大口を開けるやつに比べたら、その口元は小さい

・・・羽依里と同じぐらいの大きさかな


「・・・クレープとか、よくそうなるじゃん?食べ方が汚いみたいで、人前では食べられないと言うか、変な印象を持たれたくないから食べないの」

「そっか・・・好きなんだろ、それ」

「うん。でも、百合だけならまだいいけど、部活の友達に・・・これを知られたくない。でも、おにいと一緒の時は、あんまり気にしなくていいかなって」


だから、今日、俺と食べに来たのか

今回出店している店は、中々に人気な店のようだ

クレープが好きな朝も、食べに来たかったのだろう

けれど、癖が邪魔をして・・・一人でも、友達とも来れなかった

今は、諦めるだけでいいかもしれない

けれど、来年は高校生。移動範囲も広がって、交友関係も広がるだろう

人見知りが気になるが、朝のことだし・・・いい友達ができると思う

けれど、この癖が邪魔をして、友達との外出や食事に制限がかかるのは・・・見過ごせない


「んー・・・そういえば、朝の口って、羽依里の口の大きさとあんまり変わらない気がするんだよな」

「・・・やっぱりキスしてたからわかるんだ。寝てたと思ったら起きてたんだ」

「ん?」

「い、いや、なんでも。大きさ、変わらないの?」

「ああ。だからさ、せっかく一緒に暮らすんだ。羽依里の食べ方とか真似してみるの、どうだ?」

「・・・なるほど。おねえの食べ方、昔から綺麗だし参考になるかも」

「ああ。せっかくの機会だし、今後のことも考えてな。羽依里に色々見せてもらおう」

「うん!」


「ま、とりあえず・・・全部食べちゃうか」

「わかった。ありがとうね、おにい」

「特に何もしてないって・・・それと」

「ん?」

「一つでいいのか?」

「・・・追加、いいの?」

「もちろんだ。好きなの選べ?」

「やった!ありがとうおにい!」


大好物を前にはしゃぐ朝と一緒に、休日を過ごしていく

・・・後で、羽依里にも相談してみないとな、と

頭の片隅で考えながら


・・


「・・・と、言うわけでな」

『なるほど。朝ちゃん、あまり人前で食べないな、とは思っていたけどまさかそんな悩みがあるとは』


夜、羽依里と電話をしながら今日あったことを話していく

話題はやはり朝のことだ


「うん。今はそのままでいいかもしれないけど、今後のことも有るから、羽依里もうちに来たら気にかけて欲しいなって」

『わかった。でも、なんで私?』

「羽依里の口と朝の口の大きさって同じぐらいって思ったから」

『な、なんで分かるの・・・?』


電話越しから激しい音・・・多分、落下音だと思うのだが、凄い音がした

スマホを落としたのか・・・?そこまで驚かせるような事を言っただろうか

見ていたら、だいたい分かるのに


「目測だぞ」

『も、もくそく・・・。』

「ああ。他に測る手段があるのか?」

『・・・ない、かな』

「だろう?」

『ねえ、悠真』

「どうした?」

『私、お世話になる分、いっぱいできること、頑張るからね』

「気持ちは嬉しいな。けど、無理だけはしないでくれ。それだけは、お願いな」

『うん』


それじゃあ、おやすみと言い合って電話を終わる

遂に明後日だ

明後日には病院に通う事なく、毎日羽依里に会えるようになる日々が始まる

その日々への期待へ緩む顔を押さえつつ、俺も就寝の準備を進めていった

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