4月27日:お姉ちゃん、できるだけ守るから

土曜日の早朝

父さんと母さんは「あれ」から呼出を受けた


朝は呼び出しを受けなかったので、部活へ送り出し・・・俺はこの後羽依里の元へ向かう

父さんと母さんは、重い表情で五十里の本家へと出向く準備をしていた


「・・・なんでこんな家に産まれてきたんだろう」

「智春。大丈夫か?」

「・・・ごめんね、真弘。私のせいで」

「気にしないでくれ。俺は好きでこの道を選んだんだ。だから、気にしないでくれ。それに今日は二人一緒だ。説教中はこっそり手を握っておく。耐えきれそうか?」

「・・・頑張る」

「・・・無理させて、ごめんな」


母さんは、呼出を受けると精神的に不安定になる

父さんはそれを支えるように、優しく声をかけながら母さんを励ますのがいつもの流れ

理由は、わからない

ただ、母さんは昔から「あれ」に怒られる回数が多かったらしい

おばさんたちの話によると、地下室への折檻も多かったらしい


母さんはその影響かわからないけれど、昔から暗いところと狭いところが苦手で、寝る時はいつも父さんと一緒で、電気をつけて眠るのだ

豆電球ではなくて、普通の電気


一緒に寝ていた小さい頃、それに付き合わされて辛かったが・・・

今でこそ事情を知ってしまうと「お母さん電気消してー!」と、朝と二人文句を言っていたのが申し訳なくなる

母さんだって、好きで電気を消せないわけではないのだから


暗闇の中で過ごしていると、過呼吸を起こし、身体中に蕁麻疹が出るなんて・・・子供の俺たちに言っても信じてくれないと思う

実際に見るまで、事を大きく捉えることもできないと思うのだ

・・・実際にそうなる様子を見た幼少期、朝と俺は母さんに泣きながら抱きついて、ひたすら謝りながら母さんが目覚めるまで待っていたな


「母さん、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわ。けど、あの老いぼれも後もう少し。それまで耐えるから」

「・・・」

「大丈夫。お母さん、こう見えて強いんだから。悠真がやりたいことをできるよう、頑張るからね」


作り上げた笑顔を浮かべて、母さんは父さんに連れられて奥へ向かう

そんな中、自宅用のチャイムが鳴る

誰だろう。来客の予定はなかったし・・・宅配かな

まあ、誰でもいい。とにかく行ってみよう

準備中の父さんと母さんの代わりに、俺が玄関へと向かう


「はい、どちら様?」

「私よ私」

「私さんという方は知らないのですが」

「あんたわかっててすっとぼけてるでしょ」

「少しね。ごめん、千重里おばさん。鍵は開けたから入ってきて」

「普通は開けるでしょ・・・あ、そういうこと」

「そうそう、こういうこと」


包帯に巻かれた腕を見せて、扉を開けなかった理由を伝える

うちのドア、古い作りも相まって、鍵はともかく・・・ドアノブは左手では開けにくい代物なのだ


「あんたも災難ね。あのジジイにバレたら怒られるわよ」

「是非ともバラさないでくれ。あの隠居ジジイはバラさない限りは何も知らないでいるだろう」

「イヤね、悠真。うちにはまだ目も脚もしっかりして、定期的に巡回しているクソババアがいるのよ。商店街とか下手にうろつくと呼び出しだから、治るまでは気をつけなさい」

「了解」


実の父親どころか母親までクソ呼ばわりしている彼女

長い黒髪を後ろでひとつ結び。出かけやすいようにパンツスーツを身につけた彼女こそ「五十里千重里いかりちえり

母さんの三つ上のお姉さんで、五十里三姉妹の長女だ


ちなみに、食品関係の写真を専門に撮っている。有名グルメ雑誌「ぐるぐるぐるめん」と専属で契約を結んでいるそうだ


彼女が撮る写真はどれも美味しそうで、見た瞬間にお腹が空くほど料理の魅力を引き出した写真

千重里おばさん自身、食べることが大好きなのもあるだろう

好きなものに全力を注いだ写真。それらはとても輝いて見える程

千重里おばさんの写真は真似をすることができないが、その姿勢は学ばせてもらうことが多い

・・・まあ、性格はアレだけど


「智春と真弘君を迎えに来たのよ。二人で行くと、余計うるさいじゃない?」

「あー・・・助かる、千重里おばさん」

「全部智春に押し付けて逃げた私達がやれることなんて、これぐらいだから」

「・・・?」

「まあ、こっちの話よ。とにかく、二人共。出かける準備はできているかしら」

「ええ、千重里さん」

「・・・うん」

「ごめんね、智春。お姉ちゃん、できるだけ守るから。終わったらあのジジイどもを足止めしておくから、早めに帰るのよ」

「・・・ありがとう。うぷっ」

「・・・大丈夫?」

「大丈夫」


ただでさえ、母さんはぎっくりから回復して、やっと歩いて仕事に復帰できた時期

あまり無理をしてほしくないが、呼出には応じないといけない

へんな因習も、早く終わってほしいと願いながら、俺は両親と千重里おばさんが出かける姿を見送る

俺も「また」呼出を受けるのだろうか

・・・跡継ぎがどうこう、とか。また言われるのだろうか


「・・・考えるだけでも気が重い」


嫌なことは考えていたくない

俺はリビングへ引き返し、朝食を終えてから羽依里のところへ向かうことにする

少しでも気が楽になれる、大好きな彼女の元へ・・・癒やしを求めるように


・・


病院に到着して、今日もかつてと同じように羽依里の病室で一日を過ごす

宿題を終えて、遊んで・・・ふとした暇の瞬間に考えてしまうのは、呼び出しを受けた両親のこと


「・・・」

「悠真。どうしたの?今日は少し大人しい・・・」

「それだと、俺がいつもうるさいみたいじゃないか」

「賑やか、ね。でも、悠真が喋り倒してくれるおかげで嫌なことを考えずにすむ時期ってあったから、できれば悠真にはいつもどおりでいて欲しい」

「・・・」

「けれど、そうできないことが会ったんだよね。またお爺さんの呼出?」

「・・・ああ。今日は、母さんたち。多分、初節句の撮影に関して色々と小言を言われるんじゃないかな」


五十里写真館のゴールデンウィークは結構忙しい

五月のメインイベントは初節句。結構予定も入っているようで、その撮影に携わる父さんや、ヘアセットをやっていく母さんは色々と大変だろう


「悠真」

「何だ?」

「頭を拝借」


羽依里に頭をある場所へと誘導されていく

彼女の豊満なそれの中に顔を埋めさせられ、俺はそのまま頭を撫でられる

なぜ、なぜなぜ!?なぜこの状態に?どういうこと!?


「悠真は、色々と気にし過ぎだよ。優しいから、心配性。そういうところも好きなんだけど、今はそれを考えなくていい時間」

「あ、ああ・・・」

「悠真は怒られてないから、普通にしておかないと・・・帰ってきた智春おばさんたちを心配させちゃうよ。だから、今、普通に過ごせるように、私が・・・頑張ってみる、から」

「・・・でも、これは流石に」

「恥ずかしいけど、さっきまで考えていた暗いことは・・・吹き飛んだでしょう?」


確かに、先程まで考えていたジジイや説教の話は頭から吹き飛んだ

ま、まあ・・・胸に頭を埋めさせて貰ったわけですし

むしろ、胸ことしか考えられないというか

めちゃくちゃ柔らかくてデカかったと思うしかないような


「あ、ああ・・・確かに」

「後は、ここにいるときだけでもゆっくりしていってね。悠真はいつも頑張り過ぎで、気にし過ぎだから。今日は、ご褒美タイムということで」

「ああ、たしかに。ご褒美、貰っておくよ」

「うん。そうして」


優しく頭を撫でられながら、時間を過ごしていく

ただそれだけ。彼女の厚意に甘えた心地のいい休日

できれば毎日味わいたい贅沢すぎるそれは、滅多なことがない限りしてくれないだろうから今、堪能しておく


退院時間が近づくまで、羽依里はずっと俺をそうしてくれていた

誰も来ない病室、退院アナウンスが流れるその瞬間まで・・・俺たちの間にある和やかな時間は緩やかに流れていった





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