4月26日:このあんぽんたんの首、絞めに行こっか!

金曜日

明日からゴールデンウィークこともあり、周囲は遊びに行く予定とか、何をするかだとかで浮足立つ声が聞こえる

まあ、目の前の彼のように魘されている声も聞こえてくるのだが


「ううううううう・・・!」

「残念だったな、廉。課題沢山出て」

「ほんとそれ!なんで今年のゴールデンウィークはこんなにも長いんだよぉ・・・!」


今年は2019年

次の五月から元号が代わり、平成から令和へと変わる

その影響で祝日が増えて、こうして長いゴールデンウィークとなったらしい

俺としては嬉しい話だ。こういう長期休みだからこそ、やりたいことがたくさんあるし

それに、五月から羽依里がうちに住むことになる

しかしまだ彼女が使う予定になっている部屋の掃除が終わっていないのだ

朝には迷惑を掛けるが、二人で仕上げまでやっていこう・・・

父さんも母さんも、ゴールデンウィークはかなり忙しいから。子どもたちだけで頑張らないといけないのだ


「ところで、二人共。次の時間は体育なんだが」

「あー・・・早く着替えないとな」

「悠真はいいよねぇ。体育やらなくていいから」

「でも着替えてこいと言われた。面倒なんだよな、着替え」


正直なところを言うと、体操服に着替える程度なら問題なく行える

手先は器用な方だと思うし、片手でボタンはきちんと外せるし、とめることもできる

問題は、逆

体操服から制服に着替える時の方が厄介なのだ


「その腕、体操服通るの?」

「伸ばせば通る。伸縮最高。ほら、こんな感じ」


席が前後の廉と話をしつつ、次の準備を進めていく

包帯ぐるぐる巻の腕を体操服の袖に通した

それは少し無理をしている感じこそあるけれど、きちんと袖を通過してくれる


「・・・廉」

「どうしたの、悠真・・・あぁ」

「助けて」


腕を通せたはいいが、頭を出せていない

廉に体操服を引っ張ってもらい、顔を出す手伝いをしてもらう


「助かるよ」

「どういたしまして。けど、その調子でジャージ一人で着られる?」

「よし、着せてくれ!」

「何が楽しくて男の着替えを手伝わないといけないんだろう。これ貸イチね。ゴールデンウィークは頼んだよ?」

「はいはい。どんとこい」

「・・・大変なんだな。着替え。ほら、腕通せるか?」

「尚介もありがとうな」


廉にジャージを着せてもらう姿を見た尚介は、さり気なく手伝いをしてくれる

尚介の、こういうさりげない気遣いができる部分は彼の素敵なところだと思う


「いいって。大変な時は助け合いだ。ほら、そろそろ授業始まるぞ」

「今日の体育、マラソンだっけ・・・やだなぁ、こんな暑い中走らされるなんて」

頑張廉がんばれん

「略すな略すな」

「俺には俺には?」

「尚介は自分用を求めない!」


三人で他愛ない会話をしつつ次の授業へ向かっていく

問題は、この後だ

・・・どうしたものだろうか


・・


体育を終えたら、今日の授業はすべて終了

この休み時間が終わったらホームルーム

それさえ終われば、やっと帰れるのだ


「尚介〜結んで〜」

「へいへい・・・ホント、廉はいつまで経ってもネクタイ結ばせるよな。朝はどうしてんだよ」

「自分で結んでるよ。一時間ぐらいかかるから、得意な尚介に頼んでる感じ!」

「俺も得意じゃないぞ・・・やっと慣れた程度だ。悠真は?結ばなくていいのか?」

「あー・・・もう帰りだからいいかなって思ってさ」

「生活指導から怒られるぞ・・・」


「なになに?何してんの?」

「おかえり、藤乃。いや、悠真がネクタイ結ぶ気ないらしくてな」

「今年の生活指導は八戸ちゃんだぞ?超厳しいぞ?ネクタイつけてなかったら反省文だぞ?」

「じゃあ見つからないように帰る」

「ほんとこの子は・・・羽依里からも何か言ってやってくれ」

「悠真。ちゃんと校則は守らないと」

「・・・じゃあ、羽依里が結んでくれ」


そう言うと、羽依里は申し訳無さそうに顔を俯かせてしまう

・・・だろうと思ったけど、やっぱり無理らしい


「私は、その・・・結んだこと、ないんだけど」

「今は動画とかで見様見真似でやれると思うよ。現に僕はそれで覚えた。どうぞ!」

「便利だな、最近は」

「じゃ、じゃあやってみるね・・・」

「尚介、動画見てることバレないように盾になって」

「へいへい・・・」

「藤乃ちゃんは警戒よろ」

「おーけー廉。さあ、羽依里ちゃん。このあんぽんたんの首、絞めに行こっか!」

「そんなことしないよ!?」


羽依里は俺のネクタイを持ち、廉が用意してくれた動画を見ながらネクタイを結んでくれる

しかし、気がつけばそれは・・・


「・・・」

「どうしてネクタイがリボン結びに・・・?藤乃さんよくわかんない」

「途中まで上手く行ってたと思うが・・・」

「ぎゃははは!悠真可愛いじゃん!」

「廉うるさい」

「・・・ごめんね、悠真」


俺の首元には、なぜかリボン結びにされたネクタイが巻かれていた

・・・羽依里は本来、めちゃくちゃ器用だ

しかし彼女は、緊張したりして力んでしまうと・・・普段の手先はどこへやら。めちゃくちゃ不器用になってしまうのだ

このリボン結びだって、普段の彼女が結ぶそれに比べたらヨレヨレのガタガタ


「・・・羽依里」

「何?」

「・・・ありがとうな。すげー可愛い」

「けどこれ、怒られるんじゃ」

「・・・校則では「学校生活中、制服は指定されたとおりに身につけておけばいい」ちなみに、生徒手帳にはネクタイを身に着けろとは書いてあるけれど、結び方は問われていない。身につけてさえいれば文句は言われないはず」


ふと、顔を上げると、そこには生徒手帳を開いた吹田

帰りが遅かったようだが・・・なにか用事でもあったのだろうか


「絵莉ちゃん。鍵返し終わったの?」

「ん。ついでに部室の鍵も貰ってきた」

「そうか。助かるよ、吹田」

「まあ、これぐらいは・・・ま、そういうわけだから。その格好でも問題ないんじゃない?」

「そうか」


羽依里が結んでくれたリボン結びネクタイにそっと触れると、頬が緩む感覚を覚える

緊張しいの彼女が頑張って結んでくれたそのネクタイは、名残惜しいけれど・・・着替えるまでしか身につけることができない

身につけられる間は、堪能しておこう

今日だけの、今だけの、一生に一回だけの彼女の結びを


「ふふふ・・・」

「もう、悠真。ニヤけなくていいから・・・」

「だって羽依里が結んでくれたんだぞ。嬉しくないわけないじゃないか」

「・・・ん」


「・・・」

「どしたの、絵莉ちゃん」

「え」

「・・・あのコンビを見て、辛そうな顔をしてた。わかるよ、その顔」

「・・・別に、大丈夫だから」

「そう。おかしいな、僕と同じ気がしたんだけど」

「・・・廉と同じ?」

「うん。叶わない恋をしてる顔。もしかしなくても、絵莉ちゃんさ」

「・・・だから、大丈夫だって。なんでもないんだから」

「そんな感じには見えなかったけどな」

「私は彼女に敵わないってわかってる。だから諦められる。けど、諦められない。未練がましく、好きでいる。嫌われていても、好きなまま・・・」

「そ。認めるんだ」


「そんなことより、なんで一緒の扱いをしたの?」

「んー・・・そうだなぁ。きちんと答えてくれたし、特別ね。誰にも言ったらだめだよ?」

「何?」

「好きな子がさ、家族になったんだ。今は、義理の姉」

「・・・そう。なかなかしんどいね。それ」

「あはは。まあね。だから、離れて暮らしているんだ。顔も見たくないから。顔を見たら、僕は彼女の前で「可愛い義弟」ではいられないからね」


少し離れたところで、吹田と廉が何かを話している

二人共、どこか辛そうな顔をしていたが・・・俺たちにその会話は聞こえない


少しずつ、俺達に変化をもたらす季節がやってくる

そんな気配とともに、一日は過ぎ去っていく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る