4月25日:・・・そういえば、羽依里の利き手って右だったな

普通に授業を過ごし、昼休み


「羽依里、最近どう?学校には慣れた?」

「うん。大分慣れたよ。最近は玲香ちゃん達みたいに、こうしてクラスの子達も話せるようになったし・・・」

「元々羽依里と「話したい」って思っている子はたくさんいるって話はしたでしょ?今じゃ、男子からも注目されてたりするよ」

「そんな・・・普通なのに」

「その外見で普通なら、私達はどうなるのさ・・・」


今の羽依里は、弓削や他の女子生徒と他愛ない会話をしているようだ

なんでもない日常会話。それを俺や朝、写真部の面々以外でしている様子を見るのは今日が初めてではない

体力測定の際、弓削は俺達と一つ約束をしてくれた

その約束を果たすように、彼女を仲介役として羽依里をクラスに馴染ませる手伝いをしてくれている


元々彼女はクラス内外を問わず注目の的だ。俺たちが不在であれば、彼女が仲介しなくてもこの様子は見ることになっただろう

色素の薄い綺麗な容姿に性格は良し。穏やかで秀才。驕ることもなければ、人を貶す性分でもない・・・優しい女の子

学校生活から離れて久しかったが、小学生の頃から持ち合わせている「人気者の素質」というのは彼女の中から消えていなかったらしい


「・・・羽依里の世界が広がって嬉しい反面、また置いていかれている感じがしてなんか嫌」

「・・・変わんないね」

「ん?悠真も絵莉ちゃんもなんでそんなしんみりしてるの」

「「そんな訳ない。いつもどおりだし」」

「じゃあなんでそんな憂い全開の表情をしてるのさ。藤乃さん気になっちゃうなぁ」

「「藤乃がアホだから」」

「何度言っても課題をしてこない・・・」

「そして人の答えを写そうとする。中学の時から変わんないよね」

「二人して言わなくたっていいじゃん!事実だけども!正論反対!」


・・・俺はなんで羽依里の側じゃなくて藤乃の面倒を吹田と見ているのだろうか

まあ、藤乃が昨日の数学で出された課題をやってくるのを忘れたのが原因なのだが


「尚介〜手伝ってくれ。俺達だけじゃ藤乃は難敵すぎる」

「藤乃がやる気のやの字すら出してくれない。助けて尚介」

「・・・助けてほしいのは俺だ」

「えへへ・・・」


珍しくうんざりした尚介の前には、笑顔の廉

藤乃同様数学の教科書を開いている彼の課題プリントは、もちろん藤乃同様真っ白だ


「廉も藤乃と同様で課題とか絶対にやってこないよな!」

「ついでに授業直前の休み時間に焦りだして、挙句の果てには人の答えを写そうとする行動も一緒。バカなの?」

「どうして二人揃ってギリギリ思考なんだ。せめて昨日の夜に聞いてくれれば多少はやりようがあったのに・・・」


俺はある目標の為、尚介は希望進路に進む為、吹田は奨学金の為・・・と、目的こそ違えども、俺たち三人はそれぞれ目的の為に勉強をしている

しかし、藤乃と廉の成績は・・・正直言って良いとはいい難い


悪すぎるというわけでもないのだが、廉は赤点こそ行かないが全教科五十点以下。藤乃に至っては全教科赤点スレスレだ

今まで廉がどうしてきたかは知らないが、少なくとも藤乃は中学時代から俺と吹田に泣きついては、赤点や課題未提出を回避し続けている

・・・答えは写そうとするが、二人共教えたらきちんと自力で解いてくれるし、地頭はいいと思う

しかし、二人揃ってやる気が皆無で壊滅的

そんな二人に目標や目的があればきっと・・・とは思うのだが、なかなか見つかる気配はない


まあ、そこまで焦るものでもないしな。俺たちは見つけるのが早かっただけで、二人は高校卒業後で見つけるかもしれないのだから

そんな二人の友達として、今の俺たちができるのは、成績不良で補習や留年をしないように手助けをする程度だ

だからこの勉強も・・・「やってこい」と文句は言うが、教えるのは嫌じゃなかったりする


「うううううう!廉、三人が正論で私達を殴ってくるよ」

「これが暴力なんだね、藤乃ちゃん・・・!ううう、僕はBVをしてくる友達なんて作った覚えがないよ!」

「BV・・・え、まさか勉強バイオレンスなのか・・・?」

「せめてそこはSVにしておけよ。スタディーバイオレンス。意味通じるかわかんないけど」

「造語だから別いいと思うよ、尚介。五十里。これは深く考えたら負けなやつ」

「「ああ・・・」」


意味のないことを考えていると、昼休み終了のチャイムが鳴る

そろそろ五時間目の準備を始めないとな

・・・藤乃と廉はそれぞれ心構えも必要だろうし


「尚介様ぁ・・・!」

「すまん廉。絶対に嫌だ」

「ゆ、悠真様?絵莉様?」

「考えはお見通しだ。時間配分も考えろよ、藤乃。今度からせめて前日の夜に聞いてきてくれ。何度も言っているだろう。そろそろ懲りてくれ」

「たまには怒られるのもいいんじゃない?大丈夫、廉も一緒だよ」

「「オニィ・・・」」


課題が終わらなかった二人はそれぞれ机に突っ伏して、来たるべき説教を待つ

今年の数学は田中。忘れ物とか、課題の未処理に関してめちゃくちゃ厳しいが、授業はかなりわかりやすい

今年は彼に当たることができてよかったと思えるぐらいに


「ただいま、悠真」

「おかえり羽依里」

「・・・藤乃ちゃん大丈夫?」

「羽依里。それは放置でいい。次は数学だ。羽依里は課題、やってきたよな?」

「うん。ばっちりだよ。プリントも・・・あれ?」


羽依里が慌てて鞄の中を探り出す

プリントは机の上にあるし、ノートも先程出てきた

出てきていないのは・・・


「悠真、どうしよう。数学の教科書忘れてきちゃった」

「そうか。それはヤバいな。きちんと忘れたって言わないと」

「ちゃんと正直に言いにいくね・・・って、何これ」

「俺の教科書。俺が忘れたことにするから、羽依里はそれを使ってくれ」

「そんなのダメだってば」

「田中、めちゃくちゃ怖いんだよ。俺は怒られ慣れてるから」

「五十里、その心は褒めてやらんこともないが、忘れ物は忘れ物。減点対象は白咲だぞ。後、先生をつけなさい」

「・・・田中先生。早いご到着で」

「まあな。今年は問題児が二人もいるから・・・その対策だ。白咲」

「はい」

「今回は注意のみだ。毎日の持参品に目を配り、今度は気をつけるように」

「はい。すみませんでした」

「今日は五十里に見せて貰いなさい」


声がした先には、噂をすればなんとやら、田中先生が立っていた

無表情で羽依里に忘れ物に対しての注意と、減点記録をつけた後、彼が早く来た目的たちへ声をかける


「藍澤と穂月。どうせ課題終わっていないんだろう。持ってきなさい」

「「なぜわかる」」

「去年からそうだったからだ。ほれみろ・・・笹宮と吹田に頼って終わらせようという気概は褒められるべきものだが、せめて問一ぐらいは自分で解いてくれないか。基礎問題だぞ」

「「うぐうううううう・・・!」」


授業が始まるまで、田中先生が藤乃と廉を捕獲して、課題の面倒を見てくれる

解放された吹田と尚介は互いに大きく息を吐き、フラフラの足取りで自分の席に戻っていった


「羽依里、席をくっつけるから」

「大丈夫?」

「大丈夫。机軽いから」


それに折れているのは右。利き手じゃない

左手を器用に使って、羽依里の机を自分の方へ寄せる


「黒板、ちゃんと見えるか?」

「大丈夫。なにから何までありがとうね」

「気にしないでくれ」


準備を終えて少しした頃に、授業のチャイムが鳴る

廉と藤乃は「お呼び出し」を受けた後に、自分の席に戻ってきた


弓削の号令で挨拶をした後、きちんと席に座る

教科書を共有しつつ授業を受けるのは、生まれてはじめてだ


「ちゃんと見えるか?」

「悠真こそ。ちゃんと見えてる?」

「大丈夫」


真ん中に教科書を置いて、互いに覗き込む

羽依里が見やすいよう、少しだけ彼女の方へ教科書を押し出すと、すすす・・・と元の位置に戻される


「ねえ悠真。気持ちはありがたいけど、忘れてきたのは私。見せてもらっているのは私なんだから。自分を優先してほしいな」

「気にするな。意外と見えるんだぞ、その位置でもさ」

「それなら、気にしないでおくね。でも、見えにくかったらいつでも調整して。私のことは気にしなくていいから」

「ああ」


まあ、普通に気にするけれども

クラス替えの際、羽依里はまだ写真部ではなかった

二年の時はクラスが違っていたし、俺と羽依里は一緒のクラスではないといけない・・・という条件はないはずだ

それを踏まえた上で、考えることがある

・・・羽依里がこのクラスにいるということは「そういうこと」なんだと


土岐山高校のクラス替えは少し特殊

二年最後の進路希望に合わせて、クラス替えが行われるのだ

二組は難関私立・国立大に進路希望を出した生徒たちが集められている


それに加えて、先生達の間で「写真部は一纏め」というルールが存在している

・・・専門学校志望の藤乃と就職希望の廉がこのクラスに配属されているのは、おそらくだが国立大に志望を出した尚介と吹田の影響だ

二人の進路に合わせて、写真部は二組に集合させられた

その縛りがなければ、俺と藤乃と廉は四組か五組か六組だっただろう


まあ、その話は置いておいて・・・だ

問題は当時写真部一纏めの条件に当てはまらなかった羽依里の進路

このクラスに配属されているということは、羽依里の進路希望も自然と難関私立か国立大に絞られる


「・・・」

「んー・・・」


ノートに走らせる筆記具を止めて、ふと彼女を見つめてみる

授業中の彼女はかなり集中しているようで、俺の視線なんて気づかず、一心不乱にノートへ数式を記入する

小さくて丸っこい字がノートの上に量産されていく様を見て、笑いが零れそうになるが、見つかれば田中からも羽依里からも怒られてしまう

・・・仕方ない、ここは俺もきちんと授業を受けよう

そう思いながら、俺もまたノートを・・・

ノートを・・・

ノート・・・


「・・・そういえば、羽依里の利き手って右だったな」


俺の利き手は左・・・両方使えるけれど、お箸と筆記具は左が使いやすい

逆に羽依里は右なのだ


この位置関係だと、互いの腕がぶつかって書きにくいどころの問題ではない

むしろ書けない

・・・近すぎて困ることって、あるんだな

ま、まあ?元々、ノートは上手く押さえられないから書くことを諦めていた。後で羽依里に写させてもらおう

必要最低限のことをノートに取りながら、「後」のことを考えつつ過ごしていく

距離が近すぎる昼の五時間目。それはあっと言う間に過ぎ去り、名残惜しさを覚えてしまう

ノートは書けないけれど、この距離感が実に良かった。一時間だけでは足りないので、もう一回お願いしたいところだ


・・・そんな俺が、下心全開でわざと忘れ物をし・・・

羽依里と席をくっつけ、今日みたいに教科書を共有するのはまた、別の話だったりする

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