4月15日③:もう少しだから、頑張って
第一体育館にて
「・・・つか、れた」
「お疲れ様、藤乃ちゃん」
「藤乃体力あるじゃん・・・。なんなの百二十回って。凄すぎない?」
この測定も終盤。ラストに待ち受ける三クラス合同シャトルランは先に女子のシャトルランを開始し、今しがた終わったばかりだった
「一組二組三組男子、始めるぞー」
先生の合図で、俺と尚介と廉はそれぞれ行動に移る
「行ってくるからな、羽依里。サボり確認もとい回数を後で教えてくれ」
「わかった。頑張ってね、悠真。フルで。できるでしょ?」
「二百四十七回か?羽依里が見てみたいというなら、頑張るが・・・」
「サボり確認て・・・しかもフル宣言とか、いつも百回で逃げる五十里に出せるわけ?」
「やってみなきゃわからないと思わないか」
「・・・フルで走れたらアイス奢っていいよ。終わるにしてもせめて私の回数は超えてよね」
「吹田、羽依里聞いたな?絶対奢らせる。フルで走ったら俺だけじゃなくて写真部全員に奢れよ、藤乃?」
「ふっ・・・やってみなよ。何本でも奢ってやるさ!」
「言質取ったわ。頼む五十里。藤乃に奢らせるとかなかなか機会ないから、必ず成し遂げて」
「奢ることはあっても藤乃に奢られることはないからな。ここはやらないと。それじゃあ行ってくる」
俺は約束を取り付けた後、スタート位置に向かい適度にウォーミングを始める
その隣で、廉が先ほどの会話が気になったのか声をかけてきた
「三人と何話してたの、悠真」
「俺が頑張ったら藤乃が部員全員にアイス奢る」
「具体的に何回走るのかわからないけれど頑張って!藤乃に奢らせて!」
写真部全員、藤乃に奢ることはあっても奢られることはなかったのか?
・・・全員の悲願なのか。これはある意味重い期待を背負ってしまったような
「なんだ。藤乃に奢りか?」
「ああ」
「必ず成し遂げろよ・・・あいつに奢り続けっぱなしっていうのも、もう飽き飽きしてたからな。そろそろ奢らせたい」
「俺たち全員藤乃にどれだけ奢ってんだろうな・・・」
俺の隣にいた尚介もまた、成し遂げることを望んでいた
藤乃の奴、どれだけ俺たちに奢らせてたんだよ・・・
「まあ藤乃奢り作戦は別として。今は四勝四敗一引き分け・・・これで勝負が決まるな、悠真」
「身長体重座高も勝負内容に含めるのはなしだろ普通。勝ち目ないじゃないか」
「勝負内容に口を出してこなかった悠真が悪い。でも体重は一緒だったじゃないか」
「ぐぬぬぬぬ。このシャトルランで必ず負かす」
今のところ、俺は反復横跳び、上体起こし、長座体前屈、立ち幅跳びで白星を上げている
一方、尚介はボール投げ、握力、身長、座高で白星を
・・・どう考えても、体力テストの面だけ見ると俺が勝っているような気がするのだが、ツッコミを入れるのは無粋かもしれない
音声の再生が始まる。特徴のある声で説明を終えた後・・・これまた毎年気分を悪くするドレミ音階がゆっくりと流れて、俺たちは一斉に走り出す
尚介との最後の勝負
そして、アイスの奢りをかけたシャトルランが始まった
・・
それから二十分近く
シャトルランは聞いたこともないような音声をラジカセから出しつつ、一人の生徒はいつも通り無表情でシャトルランを続けていた
「五十里、大丈夫か!?お前いつも百回で止まっているだろう!?」
「まだ行けますけど・・・」
「お前去年までは加減してたのか・・・?」
「まあ、そうですかね・・・今年はサボったら怒られるので、最後まで頑張ります」
「お、おう!?」
問いに走りながら答える姿を見て、先生は動揺している
そしてそんな悠真と先ほどまで勝負を繰り広げていた笹宮君は若干引いていた
ちなみに笹宮君の記録は百八十回。それでも多い方だと思う
「・・・頑張れ、悠真」
「・・・なんであんなに平気そうな顔で走れるんだよ、悠真」
「U M Aだからでしょ」
「廉、今駄洒落出すところじゃない。あいつ地球人。でも元を言えば、私たちも宇宙人」
「皆悠真!?」
「皆U M A」
「皆ウマー・・・」
全員疲れているのか、思考が何かおかしい・・・まだ走り終えたばかりの笹宮君がまとものようだ・・・
藍澤君は百回あたりで切り上げていた。
それもまた、選択の一つだ
「そういえば藤乃、アイス奢りまで後四十七回だよ」
「ひっ・・・!?トマレー!トマレー!」
「止まらないからな。次何か言ったら強制的に全員奢りの刑だ」
「口閉じとこ!」
藤乃ちゃんが不吉な念を送っていたことは悠真にはバレていたようで、彼は藤乃ちゃんを軽く牽制する
藤乃ちゃんはその言葉に両手で口を覆い隠し、シャトルランが終わるのをのんびり待つことになった
・・・しかし、悠真だって人間だ
表情に変化はないが、体はきちんと疲弊している
その証拠に、藤乃ちゃんの隣に座る私を見つけたら凄い笑顔になるのだ
「羽依里―もうすぐだぞー!ちゃんと走り終えるからなー!」
両手をぶんぶんして、ここにいるアピールをしつつ彼はまた回数を重ねていく
後、二十回
「悠真、かなり疲れてる・・・間違いなく。あれ、もう慣性で走ってる。私にはそう見える」
「慣性で走れるものなの?」
「さあ・・・?」
彼が表情を崩すのは珍しい話ではない・・・が、それが顕著に現れるのは体力が低下した時
あんな子供みたいな屈託のない笑顔の悠真は滅多に見ない。そんな表情が出るのは、今では、もう彼が疲れた時だけなのだ
「もう少しだから、頑張って」
「しかしまあ、なんで悠真はあんなに疲れているにしてもあんな量走れるんだ?」
「多分、お師匠さんの影響だと思う。風景写真のお師匠さん・・・慎司さんの影響で悠真は唐突に山とか砂漠とか唐突に連れて行かれたりするから、念の為に体力づくりは欠かしていないみたい」
笹宮君の疑問の答えになるかわからないけれど、考えられることを一つ彼に伝える
考えられるのは小倉さんの唐突旅行対策の体力づくりだけだけど・・・
「登山か・・・凄いな。白咲さんはどこか行ったとか聞いたりするのか?」
「ううん。どこに行ったか教えてくれない。雑誌のネタバレにもなるからって・・・だから、色々と暗喩で教えてくれるんだ」
「例えば?」
「キリマンジャロに登った時は、苦手なのにコーヒーをずっと飲んでたかな。富士山の時は鷹の置物を二つ。茄子を三つくれた記憶がある」
「いや遠回しすぎるでしょ・・・富士山とか意味わかんないわ。一富士二鷹三茄子に行き着くまで時間かかるって。コーヒーだってキリマンジャロかすごく怪しいし・・・」
絵莉ちゃんのため息がよく響く・・・
確かに鷹の置物二つとナスを三つ唐突にもらった時は嫌がらせかと思ったし・・・
飲んでいたコーヒーも実はキリマンジャロじゃなくてインスタントコーヒーだ
全然わからなくて、結局答えを教えてもらったのは内緒にしておこう
残り、十回
「アルプスに行った時は、アルプスに住んでいる女の子と車椅子の女の子が仲良くなるアニメあるでしょ?あのD V Dをレンタルしてきて、それを病室でずっと流してくれた。最終回までしっかりと。面白かった」
「行動に理解が追いつかない・・・」
藍澤君が遠い目で走り続ける悠真の姿を眺める
そろそろいくべきだろうか
「羽依里ちゃん、どこいくの?」
「そろそろ終わるから、迎えに行こうかと思って」
「え?」
藤乃ちゃんの驚きを背に、私はゆっくりと立ち上がり、最後のラップで悠真が走ってくる方に歩いていく
「い、五十里・・・ラスト一回だ!」
「はい・・・ん?」
「悠真、後一回頑張って!」
「・・・・・・・」
後一回。それで、二百四十七回だ
そのラップ。悠真の駆ける速度が異様に上がる
もう限界だったはずなのに、曲のギリギリではなく、終わる少し前にこちら側に戻ってきていた
「これで、二百四十七回だぞ、羽依里!」
白線を踏み越えて、そこで待っていた私に満面の笑みを浮かべる
それに釣られて私も同じくらい笑っていたと思う
そんな風に表情が動いた気がする
「お疲れ様。いきなり止まると体に悪いから、ゆっくり歩いて体を休めてね。ゆっくり呼吸を繰り返すの。いつも通りに」
「あ、ああ、いつも通りに・・・いや、やっぱり声で指示出して」
「わかった。ゆっくりね。吸ってー・・・吐いて・・・すってー」
歩きながら息を整えて、少しずつ呼吸を元に戻していく
・・・少しだけ体力が戻ったけれど、やはり限界寸前だったようで息を整え終わったらすぐに体育館の壁を背もたれにして座り込んでしまう
「五十里、二百四十七回を走りきったのか・・・しかもまだ平気そうな顔してる・・・あ。これで二組の測定は終わりだ。各自教室に戻っていいぞ!」
先生の驚く声と指示が聞こえる。これで午前中はやっと終わりだ
今は最後まで頑張った彼の方が優先だろう。立ち上がって教室に向かう彼の隣を歩き、少しだけ小さくなっている彼の声に耳を傾けた
「どうだった羽依里。凄いだろ?」
「うん」
「半分やろうか、記録」
「いらない。悠真の記録だから」
「そっか」
汗はしっかりその額に滲んでいる。ジャージを脱いで半袖で走っていたみたいだけど、やはりあれだけの量を走ればそれなりの汗が出るのか
「はい、悠真。タオルでちゃんと汗拭いて。ジャージ着てね。悠真は季節の変わり目によく風邪引くんだから、念には念をね?」
「ああ。ありがとう羽依里。助かる」
私からタオルとジャージの上着を受け取り、言った通りに行動を移してくれる
「水筒は?」
「さっき、空になった」
「じゃあ、これあげる」
「ありがとう・・・」
ペットボトルもしっかり受け取り、そのキャップを開けようと手を蓋に添える
「緩い?・・・なあ、羽依里」
「どうしたの?」
「これ、本当にいいのか?」
「何を今更。いいに決まっているでしょう?水分補給、大事なんだから」
「蓋、開いてたぞ・・・羽依里が既に飲んでいるのならこれはいわゆる間接キスというのでは?俺は構わないが、羽依里はいいのか?」
「昔から飲み回ししていたでしょ。今更何言ってるの・・・」
「そう・・・昔が憎い」
そう言いながら、やっと水分補給をしてくれる
・・・なんで意識させるかな。間接キス。顔真っ赤になってないよね・・・?
「羽依里。実はというと、俺はもう最後の方は限界が近かったんだ。何度も足を止めようとした」
「止めても誰も責めなかったと思う。二百回を超えただけでも凄いんだから」
「でもさ、藤乃に啖呵切った手前、最後まで行かないのもなんだと思いながら走ってた。前が凄く暗かった。いつ終わるんだろうってずっと考えてながら」
彼の足取りが止まる
「羽依里の頑張れがなかったら、尚介が終わる前にぶっ倒れてたと思う。尚介に勝てたのも、藤乃に奢りを確定させられたのも羽依里のおかげだ。ありがとう、羽依里。今日も大好きだ」
春風が通路に吹き渡る
流れる桜を背に、笑みを浮かべる彼はいつかの彼の言葉を借りるなら「心に残る光景」
それほどまでに、綺麗で印象深くその姿は私の心の中に刻まれた
「これぐらい・・・当然なんだから。でも告白の返事はノー。絶対に受け入れません」
「はいはい。しかしまあ、あの場にいた羽依里以外の全員がドン引きしてたの面白かったな」
「まあ、初めて見たよ。全部走りきった人・・・」
「そうだな。俺も初めてだから。お師匠対策が役に立つとは」
「やっぱり、体力づくりのおかげ?」
「ああ。羽依里も元気になったら少しやって一緒に体力をつけて行こう。結構身になるんだぞこれ」
「うん。元気になったら・・・一緒にね」
「ああ。一緒にな」
二人一緒に歩いて教室に戻っていく
叶えられるかわからない約束をしつつ、他愛ない会話を繰り広げながら午前中の測定は幕を閉じた
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