4月15日②:これが、私にできる罪滅ぼしだから

朝礼が終わった後、俺たちはグラウンドへ集合していた

今回はクラス行動。出席番号順にこなすため、自然と近い組み合わせ同士で行動を共にする感じ、なのだが

藍澤に五十里、笹宮に白咲、吹田に穂月

俺たちや藤乃たちはともかく、尚介と羽依里が二人で会話をこなせるわけはなく・・・

自然と、俺たち全員で集まってだらだらと一緒に行動をしていた


しかし困ったぞ

羽依里が目の前にいるのなら、間違いなく手を抜いたらバレる。そして叱られる

去年のようにやるわけにはいかない

尚介にとってもいい話だろう。なんせ俺が手を抜かない確約が出来たのだから


「いいなあ悠真と廉。もう終わりかぁ・・・羨ましすぎる」

「藍澤と五十里だからな。そりゃ終わる」

「しかしまあ・・・尚介はともかく、なんで五十里までやる気なの」

「今回、悠真と尚介は測定結果で勝負するらしいからね。悠真も今回は最後だし手抜きしないってさ」

「へえ・・・羽依里がいるからでしょ。いいところ見せたがり」

「羽依里ちゃんがいるからか!かっこいい所見せる気だ!」


吹田と藤乃からそれぞれお言葉をいただく。吹田は小学生時代の俺と羽依里を、藤乃は俺の策の影響で俺が持つ羽依里への気持ちを知っている為、そういう台詞が出てくる

しかし、羽依里の反応は照れでもなんでもなく


「・・・手抜き?」


・・・間違いなく、お怒りだった

なんせ羽依里の低い声が俺の背後から聞こえたのだから

ゆっくりと後ろを向くと、そこには眉間にシワを寄せた羽依里が立っていた


「話、聞かせてくれる?」

「・・・はい」


俺は羽依里から連れられ、少し離れたところに連れて行かれる


「・・・」


その様子をもう一人、眺めていたことには気がつかない


・・


集団から少し離れた場所で私は悠真が一年と二年の時にしていたことを話す


「・・・シャトルラン。面倒臭くて100回時点でリタイア。それでも十分すごい方だと思うけど、悠真の体力を考えたらまだまだいけるよね?」

「だって、後先きついし・・・」

「言い訳は見苦しい。ちゃんとやりなさい。こういうのはやり切ることが重要なの。社会に出たら途中で投げ出すなんて許されないんだよ?」

「ごもっともなご意見で。でも今年はちゃんとやるから、見ててくれ」

「・・・わかった。少しでも手を抜いた気配があったら」

「あ、あったら・・・?」


悠真の視線が動く

こういう時、少し優しさを見せたらいけない

そんなことなら構わないという思考も生んではいけない・・・それなら


「四月いっぱい、病院に来るの禁止にする」

「そりゃないぞ羽依里・・・わかった。ちゃんとやるから」

「よろしい。じゃあ、戻ろうか。皆のところに」

「ああ」


私と悠真は立ち上がって、再び集団の方へ・・・写真部の面々がいる方に戻ろうとする

しかし、それを引き止めるように彼女が私たちの前に立った


「待って、白咲さん、五十里」


弓削さん。金曜日、私に話しかけた彼女は、申し訳なさそうな表情でそこに立っていた

確かに、開いた時間に彼女と話すことができたらなと思っていたが・・・まさかこのタイミングで来るとは思っていなかった


「弓削か・・・なんだ?」


悠真が少しだけ警戒したように前に立とうとするが、彼の腕に触れてその動きを制止する

大丈夫だと目配せして、彼女の口が開くのを静かに待った


「・・・金曜日のこと、謝りにきたの。ごめんなさい。あんなこと、言って」

「他の四人からも謝罪を貰ったって聞いてる。俺は気にしないが、羽依里は?」

「私も、四人に謝っているならいいの。この件はおしまい。私個人が何か言われたわけじゃないし。倒れたことは、一週間の疲れが溜まっていただけだから。この件は、全く関係ないから大丈夫」

「・・・」


許してそれでおしまい。そう簡単には上手くいってくれないらしい

それでも弓削さんの表情はまだ曇ったままだ。そういえば、気がかりなものがもう一つあるのだから仕方のない話かもしれない


「悠真、ボイスレコーダーは?」

「廉には話をつけてる。俺の手元に戻って来ているし、先生にも何も話をしていないことも確認している」

「そっか。だって、弓削さん」

「・・・ありがとう。私が悪いのに、先生に話さないでいてくれて」

「別に。これは俺たちの総意だ。人一人の人生が狂うところを見るよう趣味を持っている奴はあの中にはいない。でも、もうやるなよ。次やったら突き出すから」

「わかってる。本当にありがとう。そしてごめんなさい」


弓削さんは私たち二人に頭を下げ続ける


「・・・弓削、もういいから」

「・・・」


弓削さんは頭を上げて、私たちの方を見る

悠真はどうしたもんだと考えながら、何か閃いたようで、眠そうな目を少しだけ開いた


「謝るのはおしまいにして、弓削に一つ頼みたいことがあるんだ」

「私にできることなら、いいよ。何をしたらいいの?」

「学級委員長な弓削に羽依里がクラスに馴染めるように計らって欲しいんだよ。俺と仲がいいものだから、他の女子、若干遠巻きにしてるだろ」

「まあ、そうだね・・・わかった。でも、白咲さんはそれでいいの?」

「それで・・・?」


弓削さんが学級委員長なのはびっくりした。もしかしたら聞いた話も、案外聞いた話なのかもしれない

クラスの中心人物だから、色々と情報が彼女の元に来るのだろう

悠真の協調性のない云々は彼女も思っているのだろう。唯一「聞いた話」ではなかったから


しかし、他の四人は「聞いた話」だった

それはつまり、彼女以外に写真部の面々をああ言っている人物がいるということだ

少しだけ悲しい事実を受け止めながら、私は弓削さんが紡ぐ言葉に耳を傾ける


「白咲さんと話したい子は、結構いるよ。病気のことを気にしている子はいるけどね・・・大部分はあの協調性皆無な五十里の世話ができる子だから、病気以外にも何かあるんじゃないかって噂している子が多い印象がある。弱みを握っているだとか」

「だろうな。確かに俺は羽依里には弱いよ。けれどな羽依里は凄く大事だけど、俺達はただの幼馴染だ。気にしなくていい」

「・・・」


協調性皆無なところにもう否定どころか普通に肯定する姿に呆れる

でも大丈夫。一年以内にきっと悠真はその短所を直してくれるだろうから

私はそう、信じている


けれど問題はその後

大事だけど・・・ただの幼馴染か

その言葉は、少し複雑で・・・言う権利は一切ないけれど、少しだけ、悔しかった


「五十里はさ、学校行事、全部写真に残す仕事してるんでしょ?藤乃から聞いた。だから、ろくに参加できないことも。事実なんだよね?」

「ああ・・・そうだが」


少し話が切り替わって、悠真は動揺を隠せていない

どうしてこの話に・・・?


「それならそうと言ってくれないと。サボってるだけかと思ってた。逆に遊ぶ時間なくして部活というか仕事してるなら・・・それは私からみんなに説明する。学校に関わるすごいことをしてるんだって、ちゃんと、伝えるからさ」

「・・・?」

「白咲さんは、五十里の幼馴染なんだよね。それなら五十里と付き合える理由もわかると思う。ちゃんと伝える」

「う、うん」


弓削さんの言葉に、私も悠真の頷くだけしか出来ていない

それでも弓削さんは、ちゃんと私たちに伝えてくれる

彼女の心の中にある言葉を、そして思いの全てを真っ直ぐに


「五十里の注文通りに、クラスに馴染めるようにするよ。誤解も全部何もかも、写真部と白咲さんについている噂も私が取り除く。これが、私にできる罪滅ぼしだから」

「助かる・・・って俺たちもか!?」

「うん。三年だし、最後の高校生活だし、最後ぐらいさ、皆仲良くとか目指してみようよ。初っ端にかき乱した私がいうのもなんだけどさ」


初めて弓削さんが笑った顔を見た気がする

険しい顔しか見ていなかったけど、凄く眩しい笑顔だな・・・という印象を抱いた


「・・・まあ、アリかもな。俺は相変わらず協調性なしに」

「誓約書」

「それ・・・直すから、案外上手く行くかもな」


「五十里、白咲さんには逆らえないのか」

「羽依里には逆らえないさ。まあ、そんな感じでよろしく頼む」


悠真がそう言ったと同時に、先ほどまでいた場所の方から声がする


「おーい、悠真ぁ!結果!結果の確認!」


どうやら、笹宮君が呼んでいるらしい。悠真と勝負をすると言っていたし、その関係かもしれない


「あー・・・向こうで尚介が呼んでいるから先に戻る。羽依里も行くか?」

「少し、弓削さんとお話ししたいかな。先に行ってて」

「わかった」


彼を先に行かせて、私は弓削さんと二人きりになる

こうして二人になるのも、金曜日以来だ


「私とお話って・・・」

「これからは仲良くして欲しいなっていうお願いをしようかと」

「お願いなんて・・・!むしろこっちがお願いする側・・・!」


弓削さんは気まずそうに慌てている。悠真がいなくなって、あの日の当事者二人きり。緊張するのも、仕方のない話かもしれない

でも、私も彼女に伝えたいことがあるのだから


「まずは、ちゃんと名前を覚えたいかな。教えて欲しいな、弓削さんの名前」

弓削玲香ゆげれいか・・・金曜日は本当にごめんね。結局疲れさせて、きつかったよね。今度から絶対に気をつけるから。これから、よろしくしてくれると嬉しいな。白咲さん。ううん、羽依里って呼んでもいいかな?」

「うん。これからよろしくね、玲香ちゃん」

「こちらこそ。何かあったらすぐに相談乗るからね」

「ありがとう。その時は、お願いするね」


こうして、少しだけ気まずい間から、新しい友達がまた一人できた

弓削さん改め玲香ちゃんと共に、悠真たちの方に戻りながら、少し会話を交わす


「聞いておきたいんだけどさ、羽依里と五十里は付き合ってるの?すごく距離が近いから気になってさ」

「ううん。ただの幼馴染・・・なんだ」

「・・・そっか」


声のトーンで何かを察したような玲香ちゃんは、私と悠真を交互に見てから少しだけ寂しそうに目を細めていた


「羽依里の病気ってさ、詳細は聞いてないけど・・・心臓の、なんだよね」

「うん。移植しないと治らない病気」

「そうなんだ・・・もし、見つからなかったらどうなるの?」


その質問をして来た人物は、玲香ちゃんが最初になる

悠真は先生や両親から話を聞いている。だから、私の口から聞く必要はない

彼女はきっと、誰かが述べた言葉をきちんと捉えて、その意味を深く考えるタイプの子なのだろう

だからこそ金曜日の問題が起こったのかもしれないし、今回の質問が飛び出たのかもしれない


「・・・死んじゃうかな。それがいつになるかわからないけれど。このことはあまり言わないでほしいな。悠真に心配かけちゃうから」

「わかった。これは、私の中だけに留めておくね」

「ありがとう」


それがいつとは言っていない

今年いっぱいに見つからなければ、来年にはもう・・・という部分を伏せて彼女に伝える


「早く、見つかるといいね。応援ぐらいしかできないけどさ・・・」

「ありがとう。その気持ちだけでも、嬉しいな」


後ろに隠した思いが溢れないように、笑みを作る

そんな時、先ほど向こうに行ったはずの悠真がこちらに向かってくる


「どうしたの?」

「羽依里、半数投げ終わったから前半組は第一体育館に移動だってさ」

「そっか。わかった。それじゃあ、また後でね、玲香ちゃん」

「うん。また後でね、羽依里」


玲香ちゃんはまだ終わっていないから、移動はまだ先になるだろう

そこで私は玲香ちゃんと別れて、悠真と再び合流し、体育館の方へと歩いていった


「・・・あんなにも凄く仲がいいのに、神様も残酷だよね」

「玲香―、もう少しだよー」

「今行く!」


玲香ちゃんも、よく行動を共にしている子に声をかけられてそっちへ向かっていく


「白咲さんと何話してたの?しかも五十里付きで・・・」

「金曜日の謝罪と、今後のこと」

「謝りにいく勇気を称賛しよう・・・。頑張った玲香・・・。それで、白咲さんどんな感じだった?」

「凄く優しい子だよ。本当に・・・だから、ちゃんと病気が治って欲しい。ちゃんと報われて欲しいなって心から思うんだ」

「・・・どういうこと?」


玲香ちゃんと話していた女の子が、不思議そうに彼女に問う

その問いに、玲香ちゃんは悲しそうに目を細めた後に答えを述べる


「少し関わったら、わかるよ」

「・・・なんだろう。気になるな。次、話す時は一緒に行っていい?」

「勿論。それじゃあ、さっさと投げ終えますかね!」


遂に玲香ちゃんの順番が来たらしい

彼女は土に汚れたボールを片手に握り、勢いをつけてそれを投げる

吹っ切れて、晴れた表情と共に・・・金曜日の後悔へ踏ん切りをつけるように


あの金曜日を忘れはしない。けれど、もうそれは終わったこと・・・

後に引きずらないようにしよう、そんな意志を込めて投げたボールは遠く、彼方へと飛んでいった

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