4月15日①:ぶかぶかだけど着れるしさ

今週もまた始まっていく。憂鬱な月曜日

今日もまた、俺と羽依里はのんびり登校して教室へ入る

それを最初に出迎えてくれるのは、羽依里の隣の席に座る藤乃だった


「おはよ、羽依里ちゃん!」

「おはよう、藤乃ちゃん」

「顔色良くて安心したよ!」

「心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」


二人の微笑ましい会話を眺めつつ、俺は席につく

そして鞄の中から、あるものを取り出した

同じ袋は二つ。小さい方が羽依里のもののはずだ


「そう言えば、羽依里。これ」

「これ・・・何?」

「金曜日、母さんが預かってうちで洗っておいたから。ジャージとワイシャツ」

「ありがとう。今度会えた時に自分で直接お礼を言おうと思うけど、先に悠真から私がお礼を言っていたこと、おばさんに伝えておいてくれる?」

「ああ。もちろんだ」


「今日の朝礼はジャージで受けていいらしいから先に着替えに行こうよ」

「羨ましいな、更衣室。俺たちは八時半まで着替えられないのに」

「時間かかるからね。しかしまあ、羨ましいって、やだなあ悠真。盗撮したら、社会的に殺すよ?」

「そういう意味ではなくてな?なぜ俺を変態にするんだ藤乃よ」


なぜ俺が女子更衣室の撮影をする前提で話が進んでいるんだ。流石にそれはまずいだろ


「まあとりあえず着替えに行こうか、羽依里ちゃん」

「うん。それじゃあまた後でね」


俺が渡したばかりのジャージ入り袋を抱えて羽依里と藤乃は更衣室へと向かっていく

その姿を見送りながら、俺はある人物の相手をすることになる


「悠真」

「尚介か。おはよう。今日はなんだ?」

「あ、ああ・・・おはよう。って!早速ペースを乱さないでくれるか!?」

「乱された尚介にも問題がある気が・・・」

「えふんえふん!今日は測定の日だ。わかって、いるんだろうな・・・」


わざとらしい咳払いで、会話の主導権を取り戻し本題の話を始めてくれる

まあ、この件だと思ってはいたが・・・


「・・・わかってるけどわかってないフリをしておこう」

「今年こそ、本気を出してもらえないか。最後だし、全力で」

「・・・・」

「白咲さんに、告げ口しようかな。悠真はこの二年、手抜きで・・・」

「それはやめてくれ。羽依里に怒られる」

「悠真と白咲さんのパワーバランスが垣間見えたが・・・とりあえず、今年こそ勝負してくれないか」

「・・・わかった。羽依里にも何か言われそうだし、今年は少し遊んでやろう、尚介」


席から立ち上がり、尚介との勝負を受けてたつ

まあ、ただの数字の争いだ。テストの結果を争うようなものに近い

その相手が、尚介になっただけなのだ


「遊ぶって・・・お前なあ。勝つ気でいるんだな?」

「羽依里の前で無様な姿を見せられると思っているのか・・・?全力で叩き潰してやろう」

「・・・おはよー。悠真も尚介も何してんの。荒ぶる鷹と鷲のポーズ?」

「「どこを見てそう思った!?」」

「絶対違わないでしょ。じゃあお笑いコンビの結成だね!やだなぁ・・・僕をハブるなんて!トリオで行こう!」

「「断じて違う!お笑いトリオは組まないからな!?」」


廉も合流して、いつもの三人でまた騒ぐ

今日は少し、慌ただしいかもしれない


・・


女子更衣室

そこには絵莉ちゃんが先に着替えていた


「あ、絵莉ちゃん!おはよー!」

「おはよ、藤乃。羽依里」

「教室来る前に着替えてたんだね」

「まあね。移動するの面倒だし。先に着替えてた方が楽だしね。あ、ここ二つ空いてるよ」

「ありがと。じゃあ早く着替えようか」

「うん」


空いたロッカーを開けて、それぞれジャージへ着替え始める

体操着に着替えて、袋の中からジャージを取り出した


あれ、悠真・・・ワイシャツも入れているみたいな話をしてたような。入ってないな

しかも何か底が思っていたより低いような・・・まあいいや。後で聞いてみようかな


ジャージを手に取り、それを腕に通す

しかし、腕をしっかり伸ばしても私の手はジャージの袖から出て来てくれない


「・・・あれ?」

「どうしたの、羽依里ちゃん」

「羽依里のジャージ、デカくない?」

「確かに」

「サイズ大きいの買わされたの?たまにいるよ、そういう子」

「ううん。ちゃんとMサイズで買って、ピッタリだったはずだけど」


私は胸元に刺繍されている名前を確認してみる


「・・・五十里」

「五十里だね」

「五十里だ」


三人復唱する声がロッカー内に響く

悠真は確か同じ袋を二つ持っていた。その中に私のジャージと自分のジャージを分けて入れていたのだろう

そして、それを渡し間違えた・・・これが、今回起きてしまった出来事

つまり、つまり今、悠真の手元に私のジャージがあるわけで


「と、取りに・・・!」


いい感じのタイミングでチャイムが鳴る

時計を確認すると、八時半。登校しておかないといけない時間になって・・・今から十分後に朝礼が始まる

だからおそらく・・・


「チャイムなったし、多分今、男子が教室で着替えているんじゃないかな」

「そうだよなぁ・・・」

「しばらく悠真のジャージ羽織っておくといいよ。ぶかぶかだけど着れるしさ」

「そうだね・・・悠真、お借りします」


私はそのまま悠真のジャージに袖を通す

凄く大きい。一回り大きかったらこんなにも違うのだろうか


昔は私のほうが身長が高かったというのに、気がついたら追い抜かれて見上げるようになっていた

小さい頃の悠真はおばさんによく似ていたこともあって、少しのんびりとした子だった

容姿だって、女の子みたいに可愛くて・・・昔はよく朝ちゃんと並んだら「お姉ちゃん?」って聞かれるほど可愛かったのだ


でも今はちゃんと男の子で、格好いいのだ

それを口に出すことは多分ないけれど、心の中ではそう思う

協調性が壊滅的。交友関係において懐の中にいる人以外の対応が雑・・・そんな欠点さえ直せば、きっと声をかける子は増えるだろうとも

欠点を直した悠真を想像すると、少しだけ胸が痛んだ

ああ、わかっているとも。これは、私の醜い嫉妬だ


病気を言い訳に逃げて、好きと言われて断り、自分の感情は押し殺し続ける癖に・・・最悪私以外の誰かと幸せになって欲しいなんて無責任なことを願いつつも

・・・私は、悠真に私以外のことを考えてほしくないなんて思っている

私以外の女の子が、隣にいる光景なんて考えたくない


矛盾した願いと意志に挟まれながら、廊下を歩く

ズボンは流石に大きすぎるので、それは抱えたまま。藤乃ちゃんと絵莉ちゃんと並んで教室付近で教室が開くのを待った


何も考えずに立っていると、鼻に柔軟剤の香りが漂って気が気でない

五十里家の柔軟剤の香りはとてもいい香り・・・なんだか、落ち着くのだ。家庭的な感じで

それに少しだけ混ざった畳の匂い。悠真の部屋の畳の匂いだろうか

・・・なんで私、悠真のジャージの匂いなんて嗅いでるんだろう。これじゃまるで変態みたいだ・・・

私は気を散らすように、頭を大きく振って雑念を頭の中から追い出す


「しかし、五十里もしっかり確認しろって感じよね」

「確かにね。それか別の袋に入れたり、視覚的にわかるようにするとかさ」

「・・・・」


噂をしていると、制服の上着だけ脱いだ悠真が教室から出てくる


あのベスト、よく見たら学校指定のベストじゃないみたい

確かお師匠さんのお譲りじゃなかったかな・・・小倉慎司おぐらしんじさん。悠真の、風景写真のお師匠さん。こんなところに着て来ているとは・・・いいのかな

でも、写真部創部の話を聞く限り、悠真は学校行事の写真を撮っているみたいだし、仕事として気を入れる為に着ているのかもしれない

そんな彼は周囲を見渡して、私の姿を確認すると小走りであの袋を片手にやって来た


「男子、着替え終わった?」

「ああ。全員着替え終わってる。もう入っていいよ」


他の女子生徒から声をかけられた悠真はその問いに答える

その回答を聞いて、私たち以外の子は教室に入って行った


「で、なんで五十里は着替えてないの」

「吹田、藤乃。いますぐ羽依里が持っていたこれと同じ袋を持って来てくれないか?」

「どうして?」

「俺の体操服、あの中なんだよ・・・ズボンが袋と同色だから気が付きにくいが」

「あー・・・」

「あー・・・」


道理で底が思っていたより浅いわけだ

なんせ、体操ズボンが上で、その下に彼の体操着が入っていた

それが袋の色と同化し・・・底が浅く感じただけだったのだ


「わかった。私が行ってくる。ロッカー開けるね、羽依里ちゃん」

「お願い、藤乃ちゃん」


藤乃ちゃんが急いで更衣室に引き返してくれる

私はその間、彼にもう一つの方を渡す


「それと、悠真これ」

「ああ。助かるよ・・・。羽依里にはこれな。あー・・・なんで間違うかな」

「ちゃんと中確認しなよ」

「本当に申し訳ない」


私は着ていたジャージを悠真に手渡し、袋の中から今度こそ自分のジャージを取り出す

その中には、私のワイシャツも入っている。アイロンがけは既にしてあり、なぜかファイルケースに入っている・・・形崩れをしない為?

しかもこれ、悠真がA4サイズの写真を入れるのに使っているケースじゃないかな・・・?

もしかして・・・アイロンがけは悠真が自分でしているのだろうか

その光景を思い浮かべたら、少しだけ面白いし、可愛らしい


私は今度こそ自分のジャージに袖を通す。うん。サイズもぴったりだ

・・・柔軟剤と畳の香りもまた、一緒に香る。一緒の匂いだ・・・って、違うの。違うんだから


「悠真ー。体操服」

「ありがとう!」


悠真は藤乃ちゃんからもう一つの袋を受け取って、急いでトイレに駆け込んでいった

あそこで着替える気だな・・・

しかし、体感十秒ぐらいで彼は着替えて出てくる


「早っ」

「相変わらず早いわね・・・」

「早いね!」

「早着替えぐらい誰でもできるだろ」

「できんわ!」


絵莉ちゃんのツッコミを横腹に全力で受けるが、悠真は平気そうな顔で首を傾げていた

悠真はなぜか早着替えが得意だ

理由は話してくれないが「見せられないものがある」とだけ聞いている

夏場には半袖とか、ノースリーブの服を着る時もある。腕に何かあると言うわけではないみたいだ

何があるのかは、私にも話してくれない。それが少し、引っかかる


「まあ、そろそろ時間だし、教室入ろうか」

「そうだねー」

「まあ、そっちが先か」


私の声で、その話は切り上げられて藤乃ちゃんと絵莉ちゃんは先に教室へ入っていく


「・・・ありがとう、羽依里。話そらしてくれて」

「いいんだよ別に。話したくないのは、知っているから」

「助かるよ」

「でも、私にも話せない?その、何かのこと」

「ああ・・・話せない。話す気は、ない」

「そっか」


明確な拒絶は、彼にしては珍しい

私にも話せない隠し事。何があったか、いつか話してくれるのを期待し、待ちながら私たちも教室へ向かう

こうして今日もまた、一日が幕を開いた

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