4月14日:私は大丈夫。だから笑ってほしい

重い足取りで家に帰った後に、俺は羽依里から「今起きた」と連絡が来たのを確認した


これは、そんな次の日の話

いつもの病室で、顔色が戻った羽依里と俺はいつものように他愛のない会話をしていた


「本当に大丈夫なんだよな、羽依里」

「私は大丈夫だよ、悠真。ほら、元気でしょう?」


両腕を上げて、羽依里は俺に元気アピールをしてくる

本当に、大丈夫なんだよな・・・そんな不安が、心から消えてくれない


「悠真、私・・・明日もちゃんと学校行けるんだよ。皆勤賞だって狙えちゃうかも」

「もう狙えないよ。なんせ早退しちゃったんだから」


学校の皆勤賞は、時間通りに登校し、全ての授業を受けた人間が対象だ

たった二時間。その授業を受けずに早退した羽依里はもう皆勤賞の対象ではない

しかし、彼女は違う


「ふふん。私基準だと、毎日学校に行くことができたら皆勤賞ってことにしているから。学校基準なんて関係ないもん」


得意げに笑う羽依里は、あのノートをあるページを開いてそう言いきる

そのページには、毎日学校に登校すると書かれていた


確かに、羽依里は「学校基準の皆勤賞」とは一言も言っていない

羽依里基準の皆勤は、毎日登校できたら皆勤賞・・・


「そうか。じゃあ無事に皆勤できたら俺が何か贈ろうか。羽依里頑張りましたで賞とかで」

「いいの?じゃあ約束ね、悠真」

「約束だぞ、羽依里」


指きりを交わし、俺たちはそう遠くない日の約束を取り付ける

子供の頃のような、懐かしさを交えながら・・・名残惜しそうに互いの小指が離される

いつかの約束はできたが、もう少しだけああしていたかったなんて欲張りだろうか


「悠真?」

「なんでもないよ。それより羽依里。これ、五時間目と六時間目のノート。返すのは次の授業の前までに頼む」


鞄の中から二冊のノートを取り出す。羽依里が早退した後にあった授業のノートだ


「ありがとう、悠真」

「いいって」

「・・・文字、ずいぶん震えている。読めるけど」

「まあ、羽依里のあの後が心配だったから。結構文字が震えていると思う。後で書き直すよ。それと」

「それと?」

「母さんも、羽依里が起きたって聞いて安心してたよ」


あの後、保健室に運ばれた羽依里はそのまま早退した

俺は母さんに病院への送迎を頼んだ。父さんは腰を壊しているし、頼れる大人が母さんしかいなかったから

幸いにして、ちょうど相手をしていたお客さんが時間に余裕があるご近所さんで、尚且つ羽依里の事情を知っていた人だったから・・・待ってもらうことができた

もちろん家に帰る前に、そのおばさまにはお礼をしにいっている


そしてもちろんだが、俺は帰ったら母さんに叱られた

あんたが一番羽依里ちゃんのことをわかっているのに、何をしているの。羽依里ちゃんに無理をさせたらダメだって分かっているでしょう?・・・と

母さんの怒りも当然だ。何も言い返すことができなかった


「ごめんな、羽依里・・・弓削のことわかってたのに、一人にさせて」

「いいって。気にしなくて・・・」

「甘いかもしれないが、弓削のボイレコは先生に出してない」


羽依里の方が優先で、弓削のことなんて相手している場合ではなかったから

廉と藤乃も、先生に事情を話そうとした時に慌てて駆け込んできた尚介の情報で弓削の相手をしている場合ではないことをわかってくれたようで、あの後すぐに合流してくれたし


「ボイレコ、出さなくていいから」

「廉が月曜日に出す気満々だったんだが、止めたほうがいい?」

「止めて。もう一回、弓削さんとはお話ししてみるから」


「・・・わかった。でも、俺も連れていってくれ。もしもの時のために」

「うん。悠真も一緒に来てね。だからその不機嫌な顔引っ込めて」

「すん」

「だからと言って無表情なのも怖いの。悠真はただでさえ無愛想なのに」

「しゅん・・・」

「捨てられた子犬みたいな表情で落ち込むのは、私の心が痛む・・・」


羽依里に表情の注文を多数され続ける

そしてそんな中、俺の頭に羽依里が乗せられる

今回は、羽依里の手がきちんと動かされて、俺の頭を小さな手が撫でてくれていた


「悠真。私は大丈夫。だから笑っていてほしい。悠真は小さい頃に比べてほとんど笑わなくなったけれど、私は悠真の笑った顔、大好きなの」

「ひぇぅ・・・!?」

「・・・あ、ええっと!大好きは大好きだけど、その大好きじゃないというか、ラブじゃなくてライクというか・・・!・・・悠真?」

「・・・ぷしゅ」


羽依里の大好き。羽依里が大好き

滅多に聞かないその言葉に、俺の脳は一瞬でキャパオーバーだ

破壊力が、高すぎる


「・・・羽依里、好き」

「・・・今日は聞くけど、そのままノーコメントね」


羽依里は微笑みながら、俺の頭をずっと撫で続ける


「ねえ、悠真」

「なんだ」

「明日も、よろしくね」

「・・・ああ。また明日も、頑張ろうな」

「もう少し撫でてていい?」

「構わない。あ、できればその謎毛あたりはやめてほしい」

「・・・これのこと?」


俺の前髪に流れる、謎のくせ毛

朝と母さんにもあるし、おそらく遺伝だと思うが・・・俺のだけ、地毛である銀色の髪とは異なり、そこの部分だけ薄い茶色なのだ


「・・・可愛いと思うけど」

「染めてもすぐにそこだけ色が入るんだよ・・・不気味だろ?」

「全然?ほら、このお馬さんみたいじゃない?」


羽依里はベッドに置かれた馬のぬいぐるみを手に取る

茶色い毛の馬の額をよく見ると一部が白くなっていた


「可愛いから大丈夫。不気味じゃないよ。このお馬さんとは、真逆だけどね」

「ん・・・」

「本当に頭を撫でられるの好きだね」

「羽依里相手だけだ。あ、そういえば伝えるの忘れてたんだが・・・」

「何?」


伝え忘れていた明日のことを連絡する

明日は、普通ではないから


「明日は少し特別な感じで、午前中は体育測定だ。それから午後授業。古文と世界史。そしてその後に・・・部活動紹介だ」

「・・・私はほとんど影響ないからなんとも言えないけれど、休み明けで早速測定なんて大変・・・。なんで週末にやらないかな」

「スケジュールに恵まれない運の悪さだ。気にするな」


「わかった。それに部活紹介か・・・悠真たちも何かするの?」

「ああ。ピカピカの新入生を牽制する楽しい紹介だ。羽依里も壇上に上がるか?」

「・・・なんとなく写真部がやばい連中の集まりと言われるのが理解できたかも」

「そうか?」

「うん。牽制ってワードがおかしいからね、悠真」


羽依里は冷めた視線で俺を睨む。それも今はなんだか背筋がゾクゾクして気分がいい

・・・なんだかまずい方向性に片足を突っ込んだ気がするのだが、気のせいか?


「とにかく、明日何をするか胃をきりきりさせながら見るね」

「・・・?体調に関わることはしないでほしい」

「悠真の行動が私の胃を痛めているの。理解してる?もう少し穏健にしてくれないかな?」

「善処しよう」

「なんだろう。悠真の善処は信用できない・・・凄く信用できないの。誓約書、書いてくれない・・・?」

「そんなもので良ければ何枚でも書こう」


羽依里はノートを差し出しながら、頭を抱えて俺を睨む


「わかったから、頭が痛いなら看護師さん呼ぼうか?」

「大丈夫。でも、今日はこの後寝ようと思うの・・・」

「あ、ああ・・・わかった。じゃあ俺も帰ろうかな。その前に・・・これでいいか?」


ノートの中に書かれた誓約書欄に俺は名前を書いて、血判を押しておく


「うん。それでいい。約束だよ。ノートに書いたことは、絶対に守ってね」

「え、あ・・・本当だ。内容読まずに押してた」

「悠真、そういう適当なところ、将来的に変なことに巻き込まれる原因になると思う。ちゃんと誓約書の中身は読んで」

「でも、ノートに書かれた羽依里のお願いを叶える・・・だろ。当然のことだし別に読まずとも、誓約書を通さずとも必ず叶えるぞ?」


多分、俺が協調性を持つようになることとか、みんなと仲良くできるようになるとかだろうし・・・それに、この青春ノートのメインは羽依里のやりたいことやお願いだ

そこまで、俺に関わることは書いていないと思う


「それになんで血判なの。病院で怪我しないで」

「朱肉ないし・・・」

「もう・・・」


羽依里は引き出しから消毒液と絆創膏を取り出す


「なぜ常備している」

「悠真が結構な頻度で怪我したままここにくるから、下の購買で買ったの。ほら、指出して」

「ん・・・」


俺は先ほど出血させた指を羽依里のほうに差し出す

それから羽依里は近くに置いていたティッシュに消毒液をつけ、俺の傷口を消毒してくれた


「はい。絆創膏貼っておしまい!」

「ありがとう。羽依里」

「これぐらい大丈夫だよ。ふわぁ・・・じゃあ、そろそろ少しだけお休みするね」

「ああ。おやすみ、羽依里」

「うん。おやすみ、悠真」


棚に消毒液を直し終え、ゴミ箱に処置した後のゴミを捨ててから羽依里は布団を被る

俺は手当てを終えて間もない指先を眺めると、頬が緩む感覚を覚えた

それを掌で必死に押さえながら、羽依里の様子を伺う


しばらくした後、羽依里の息が寝息に変わったことを確認し、俺は病室を後にした

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