4月13日:どうしても、できないんだ
午後五時半
俺は眠り続ける羽依里の側で静かに一日を過ごしていた
もう、病院が定める面会時間も終わりに近くなっている
「羽依里、一日眠るなんてやっぱり体調あんまり良くないんじゃ・・・」
昨日の一件の後、疲れたのか眠ってしまった羽依里はそのままずっと眠り続けている
疲労か、心労か・・・ストレスか
弓削の一件は、とりあえず吹田たちが処理をしてくれていた
もちろん「手筈通り」に
以前から弓削は俺たちのことをなぜか目の敵にしており、風評被害みたいな物を流されている
今回みたいなことも、少なくはない話
・・・まあ、半分は事実なんだが。完全に事実無根な尚介と吹田の噂は否定したが、事実である俺と藤乃と廉は否定しない。俺以外は肯定しないと言う方向で乗り切った
俺に協調性がなく、学校行事をサボるのも事実
写真部として実績を残さないといけないこともあって、学校行事は基本部活動で参加している
そうでもしないと廃部アンド他の部活に転部だから
俺は・・・いや、俺と藤乃と吹田は、時間の制限で他の部活に所属するのは避けたい話
だから、この部活を作った
「羽依里、実は俺が入っている写真部は、俺と藤乃と吹田の三人で作ったんだぞ」
眠り続ける彼女に、少しでも学校のことを
そして藤乃が計画していた「ある事」を話すために、ゆっくりと部活の話をし続けた
・・
土岐山高校は部活が必須
そして一年間活動実績を作っていない部活は廃部となる
よく調べなかった俺も藤乃も吹田も悪いのだが、俺たちは家の手伝いがあってアクティブな部活は基本的に不可
だからと言って実績を作れず、教師陣が勧める部活に転部して運動部やらに入ることになるのも避けたい話
そこで俺は二人に話を持ちかけて、写真部を作ることにしたのである
藤乃は諦めて華道部に入ろうとしていた。自分の母親が外部講師をしている部活
藤乃の母親はかなり厳しい。部活と家業の両立も間違いなくやらされるだろう
それに加え・・・成績が落ちるとさらに怒られると思う
死んだ目で入部届を出しに行こうとしている藤乃を引き留めて、計画を話したのは今も記憶に新しい
「楽しそうだね、五十里君!私は冊子のデザインをやればいいの?それともモデル?」
「まあ、冊子デザインが主になると思う。頼めるか?」
「もちのろん!お母さんがいる華道部より百億倍マシだね!」
そんな感じで、俺は藤乃を引き入れもう一人の創部メンバーに声をかける
ちなみに吹田は文芸部への入部届を出そうとしていた
「何、五十里」
「うちに来る気はないか、吹田」
「なっ・・・それ、どういう」
「もー。五十里君言葉足らずー!部活作るの。写真部。絵莉ちゃん文章得意でしょ?広告用の文章書いてほしくてさ!写真は五十里君。案内冊子の中身は私が作る!」
吹田が作文コンクールとかでよく入賞していたのを知っていた
元より何かを書くのが好きだったタイプだ。文芸部もそういう感じで選んだのではないかと思う
「あ。そういう・・・まあ、いいけど。二人となら気楽だし。でもさ」
「でも?」
「部活の最低人数は三人だけど、教師説得できんの?一年で、創部とかさ」
「忘れたのか。俺には実績がある」
「コンクールとか?」
「そういえば・・・五十里、色々入選してたね」
「ああ。これをカードにどうにかしていくしか無いと思う」
意外な回答に俺と藤乃は喜びつつも、吹田が告げた創部の条件に息を飲む
最も、息を飲んだのは俺だけのようだったが
藤乃の楽観的なところは、こういう時は救われるな・・・と思いつつ、俺たちは先生のところに創部の交渉をしに行ったのだ
顧問の先生は決まっていた。三年時の担任になる大島先生
小学校時代に俺が撮った「ある作品」に惚れ込んでいたらしい彼女は写真部を作りたいと相談した時には二つ返事で顧問を引き受けてくれた
まさか最後の担任になるとは思っていなかったなぁ・・・
そんな大島先生には、部活でも、羽依里の勉強関係でもお世話になっているから・・・卒業前にはきちんと恩を返したいものだ
職員室に向かって大島先生を呼び出し、そのまま部活総括の先生と教頭先生、そして校長先生が待つ会議室に通された
創部するっていっても、関門は多い
部員を集め、顧問の先生を見つけ、そしてこの会議を耐える
普通の新入生ならお断りしたい案件だ。それでも、やらなきゃ学校と部活と家業に振り回されることがわかっている俺たちは全員進んで行く
「主な活動は「校内行事の記録」新聞部と活動が類似しているのでは?」
「いえ。新聞部のように、定期的に広報誌を作る事を目的とはしておらず、あくまでも写真を主に、一年間の学校の記録を残していく部活を考えています」
「写真だけ、で?」
「はい。大島先生からも聞いたのですが、ここ数年、学校カメラマンの不在により、学校行事の写真が少なくなっているそうですね」
正確には、この話を聞いたのは大島先生ではない
隣で大島先生もびっくりしていた。なぜその話を知っているのかと
「まあ、事実ですが・・・」
「写真部は、その代役としての活躍を考えています」
「そんな技術・・・」
「創部を提案している五十里は、土岐山商店街の端にある五十里写真館の息子です。休日は父を始め、プロの現場で仕事を手伝っています。その技術は写真コンクール等で証明しています。プロにも引けと取らないかと」
何かを言いかけた教頭先生の話を遮るように藤乃が援護してくれる
「それでは、五十里君頼りになり、あとの二人の意味は・・・」
「将来的には、写真部の活動を販売か配布を考えています。この学校は学校行事も含め、携帯及び電子機器の持ち込みが原則禁止ですし、学校行事の写真が欲しいという方は少なからずいます。その人たちに寄り添えるような活動ができたらと考えています」
「なるほど・・・」
「写真配布もしくは販売となった場合に、カタログがあれば見やすいでしょう。その作成を二人にしてもらうことができたらと思いまして、声をかけました」
「・・・確かに、うちの学校はカメラマンさんの契約を一部打ち切ってからは、修学旅行の写真だけが多く、それ以外はまともな写真が減っていましたね」
校長先生が立ち上がる
「修学旅行は例年通り、一時的に雇い・・・それ以外の学校行事は写真部が。悪い話ではありません。忙しくなりますよ?遊んでいる暇なんてないぐらいに」
「それでもです。なんせそれは「学校だけ」で済むでしょう?」
「なるほど。それが狙いですか。家業のお手伝いも大変ですね・・・後の二人もそうですかね。穂月呉服の娘さんに、吹田生花の娘さん?」
そう言って、校長先生は書類に判を押す
「君がついた嘘を言及しましょう。
「はい。父は三年前まで、この学校のカメラマンをしていましたから」
大島先生はその言葉を聞いて胸を撫で下ろす
そして、判を押した事を理解した藤乃と吹田も嬉しそうにしていた
「お父様譲りの腕があるのなら心配はしません。販売は許可しますが、その前に教師陣で写真の精査を行います。いいですね?」
「もちろん。データ全てお渡しするので好きにしてください」
「ええ。これで三年は安泰ですね。創部を許可しますよ、五十里君」
「ありがとうございます」
こうして、無事に写真部は創部したというわけである
しかしこの時の俺も現在と同じスランプ状態
俺は、人の写真を撮るのにかなりの抵抗がある状態だった
しかし・・・まあ、数をこなせば打開策を得られるかと思って、色々と手を尽くした
絵と思えば、気分は悪くなるが、抵抗感は少し軽減されることがわかった
具合が悪くなろうとも、それは必要なことだと言い聞かせて頑張った
抵抗はあるが、少しずつ撮れるようにはなった。メインは風景写真になってしまったけれど
しかし、まだ一つ撮れない写真がある
ファインダー越しの世界に映るそれを・・・撮りたいのに、撮れないのだ
「五十里君」
「なんでしょうか、校長先生」
「私はね、君が小学生の頃から知っていますよ。あの写真のファンなんです」
「あの写真・・・」
小学生の俺は色々な写真を出して、コンクールで入賞していた
どの写真なのか、わからない
「あれです。麦わら帽子を被ったブロンド髪の女の子を撮った写真。タイトルは「夏の訪れ」あの爽やかで、甘酸っぱい感覚を覚える写真が一番好きなんですよ。最近は人物写真で名前を聞きませんが・・・応援していますよ。今後も、頑張ってくださいね」
「あ、ありがとうございます」
「私も好きなんです!あの子可愛いですよね!」
校長先生と大島先生が褒めた写真は、幼い羽依里を撮った写真
羽依里のお父さんの出身地であるイギリスに連れて行ってもらった時に、まだ健康だった時の羽依里と探索した小さな森で撮った写真だ
懐かしさを覚えると同時に、その頃に帰ることができないやるせなさも同時に覚えた
そして・・・
「・・・羽依里」
昔話はここでおしまい
まだ日が出ているが、そろそろ面会終了時間だ。帰らなければいけない
もしかしたらと思い、俺はスマホのカメラを起動して眠る羽依里に向ける
ファインダー越しに映る、眠る彼女
眠る美女・・・というタイトルが浮かんだが、少し、不謹慎に思えた
指先が震える。シャッターアイコンを、タップできないのだ
たった、触れるだけ。簡単なことなのに。俺の指は石になってしまったかのように動かないのだ
少しだけ、マシになった
人を少しだけ撮れるようになった
「でも、羽依里を撮ることだけがどうしても、できないんだ」
スマホの電源を落として、その事実を口にする
「・・・ごめん。また明日も来るよ。起きたら、連絡してくれ」
眠る彼女の頭を撫でてから、俺は病室を後にする
誰も悪くない。悪いのは、自分の心が弱いせい
今日の気分は、重いまま。俺は眠る羽依里に背を向けて、病院を後にした
・・
「・・・悠真」
実はというと、悠真が創部のことを話してくれていた時に目覚めたのだ
本格的に意識を覚醒させたのは、夏の訪れの話をしたところ
あの写真は、悠真の最高傑作と言っても過言ではないと思う
私も綺麗に撮ってもらったなって思うし、悠真自身も自信作として大事にしていた
・・・私の写真を撮るのが好きだった
けれど、彼はあの一件から写真を撮るのから手を引いていた
学校行事で・・・荒療治気味だけど、少しずつ前に進んでくれているようで安心した
それに藤乃ちゃんも絵莉ちゃんもお家がお店なんだ
家業の手伝い優先なところは、三人とも優しいのか、それともある意味すごいのかわからないけれど・・・
でも、一つだけ気がかりがある
「・・・私だけ、撮れない」
最後に、震える声で言っていた彼の言葉が耳に残る
彼はまだ、本当の意味で前へ進めていないことを理解させられた
意志はあるのに、やる気はあるのに、心がついて行ってくれていない
「・・・どうしたらいいんだろう」
彼が私を撮れないことを嘆くように
私も彼に撮ってもらえないことがとても辛い
どうしたら前に戻れるんだろうな。そう考えながら、私は体を起こし、黙って病室の扉を眺める
先ほど、彼が出て行ったばかりのドアの先を見つめるように
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます