4月12日:俺の友人を馬鹿にしないでくれ

十二時半近くになった頃

四時間目のチャイムが鳴り響き、挨拶の後に昼休みが始まる


「やっと終わったー・・・」

「お疲れさんだな、羽依里」

「一週間よく頑張ったと思うよ・・・」

「後二時間あるんだが、頑張れよ」

「頑張る。今日もありがとうね。おばさんに伝えておいて」

「了解」


羽依里に俺はある包みを渡しながら、声をかけておく

包みの中身は俺の母さんお手製のお弁当だ

病院側からの指示で、量や品の制限はあるけれども・・・母さんはその制限をものともせず復学した羽依里用にお手製弁当を作ってくれていた


ちなみに俺の弁当も量が増えただけで同じ内容だ

育ち盛りな息子相手に大豆ハンバーグはちょっときつい

お肉なハンバーグが食べたい


文句があるなら購買でご飯買いなさい。自腹でね・・・母さんの言葉が頭の中で回り続ける

しかし、母さんもそこまで鬼ではない

育ち盛りの息子に、羽依里には食べさせられないようなものをしっかり持たせてくれる。そんな優しさも存在している


「悠真、今日のおまけは?」

「カレーまん」

「いつも饅頭・・・」


羽依里の呆れも理解できるほど、母さんからのおまけはいつも饅頭だ


月曜日はなし。ただその日の昼飯はピザまんだった

火曜日は肉まん。また肉まんか・・・と言ったら「嫌なら購買で好きなもの買えばいいじゃない。自腹で・・・自腹で」と言われた。大事なことだから二回言われた。自腹で

水曜日は栗饅頭。あまりにも季節外れなものだから「棚で眠ってたやつじゃないよな・・・」と聞いたら「あらやだ。賞味期限は切れてないわよ」と言われた。安心した


木曜日はあんまん。少し疲れた体に染み渡る優しいあんこ。羽依里と半分こして食べた

口いっぱいにあんまんを頬張る羽依里はいとおかし・・・


あんこが口の端についたことに気がつかないまま「美味しいね」と笑いかけてきた羽依里いとおかし


それに気がついて、照れながら急いでハンカチで口を拭おうとした羽依里


「いとおかし!」

「わ、急になんなの悠真、古文の復習?でも今やっているの枕草子じゃなくて源氏物語だから、いとおかしは出てきてないよね?」

「すまない。うっかり出た」

「勢いよく「いとおかし」がでるうっかりってなんなの・・・?」

「さあ、わからない。羽依里はわかるか?」

「当の本人が分からないなら、もう誰にも分からないと思う・・・」


羽依里は頭を押さえながら俺の方を見る

空色の瞳は、いつになく覇気がない


「・・・すまない。疲れさせただろうか」

「慣れない環境での生活の方が疲れたんだと思う。悠真と話すのはいつものことなんだから、疲れるわけがない」

「そうか・・・?」

「そういうものなの。楽しいからね、悠真と話すの」

「それならいいんだが・・・」

「謙遜しないで。嫌なら、とっくの昔に病室出禁にしてるから」

「えぇ・・・」


ふと、考える

五日間の学校生活で、羽依里は俺たち写真部の面々以外と話している姿を見たことがない

ほぼ俺がついているからか、それとも藤乃と吹田。それぞれ色々と近寄りがたい存在だから、他の女子が遠巻きにしているのだろうか

そこが少しだけ引っかかる。俺は、俺の心配で羽依里の世界を狭めているのではないかとふと考えたのだ


「なあ、羽依里」

「何?」

「羽依里は・・・その、他に」

「他に?」


「五十里君。今日君日直だよね。荷物、準備室に運ぶの手伝ってくれないかい?」

「わかりました。すまない羽依里。少し行ってくるよ」

「うん。気をつけてね」


席を立って羽依里と別れ、俺は先生の荷物を運ぶのを手伝う

荷物を持って教室を出ようとした俺に、藤乃が声を掛ける


「あ、悠真。ちょちょま!」

「なんだよ藤乃」

「戻ってきたら昼ご飯持って部室集合ね!」

「わかった。てか俺もお前らに聞きたいことあるんだよ。ちゃんと話聞かせてもらうからな、昨日部室来なかった件!」

「大丈夫大丈夫!すぐにわかるよ。羽依里ちゃんと一緒に来てね!」

「ああ!」


なぜか楽しそうにはしゃぐ藤乃の背を見送りつつ、俺は先生の手伝いを遂行していく

思えばこれが羽依里にとって、高校生活初の「一人になった瞬間」だった

羽依里が心配だから、ポケットの中に小型の「アレ」を忍ばせているのだが・・・

「アレ」・・・機能しなければいいのだが。一人になった羽依里は大丈夫だろうか

何か、嫌な予感がする


・・


悠真も、藤乃ちゃんも、絵莉ちゃんも・・・藍澤君も笹宮君もいない教室

こう思うと、高校に通い始めてから一人になるのは初めてかもしれない


「・・・ねえ、白咲さん」

「あ、ええっと・・・」


そんな中、ある女の子が声をかけてきてくれる

一人でいるのを心配してくれたのだろうか。確か彼女の名前は・・・


「私、弓削ゆげ。あの五人が囲ってるからなかなか近づけなくて、話しかけにくかったんだけど、今時間いい?」

「う、うん・・・大丈夫だよ」

「あのさ、白咲さん。忠告しとくけど、あの五人と関わるのやめておいた方がいいよ」

「え・・・?」


飛んできたのは、予想も、しないような言葉だった

悠真も、藤乃ちゃんも、絵莉ちゃんも・・・皆いい人だ

悠真が友達として付き合えている藍澤君も笹宮君も悪い人だとは思えない

じゃあ、なんで・・・彼女はわざわざこんな忠告を・・・


「なんで、そんな・・・」

「藤乃はあの外見でしょ。特に彼氏もちの女子生徒からの恨みをすごく買ってるって聞くよ・・・生まれながらの美女は本当に羨ましいって感じ」


あの外見・・・確かに、藤乃ちゃんの容姿は大和撫子の言葉が似合うような綺麗な女の子だ

髪も艶々だし、目もぱっちりで・・・羨ましいと思うところはある

けど、それは・・・彼女の努力で成り立っている美しさだ


悠真から、穂月呉服店の広告モデルは全部藤乃ちゃんが担当していると聞いた

綺麗に見えるように。魅力的に映るように、彼女は自分で目標を定め食事を制限したり運動したりしているそうだ

お母さんは厳しい人だけど、それは強要されたからではなくて、自らの意志で行なっているそうだ


藤乃ちゃんは明るくて、少し抜けているところもある人だ

けれど、人を惹き付ける魅力は彼女自身の努力で会得したものだ

何もかも、彼女らしさでできている

彼女の努力で、できているんだ


「絵莉は変な噂よく聞くんだよね。チャラチャラしてるじゃん?悪いことばっかりしてるとかさ」


絵莉ちゃんはわりと面倒見がいいことを、この短期間でよく実感した

悠真が来れないような場所は、いつも絵莉ちゃんがついてきてくれていた

少しの変化もすぐに気がつき、気を遣ってくれたとても優しい人だ


浮ついた外見は、聞けばとても可愛らしい理由で金髪に染めていた

なんでも、好きな人が金髪好きらしい。恋の話とかするのは初めてだから少し緊張した

その話を聞いて、絵莉ちゃんのことをさらに可愛い人だなと思い始めたのは内緒だ


私たちが知らないところでは、もしかしたら悪いことをしているかもしれない

でも、私は絵莉ちゃんが悪いことをするような子だとは思えない

誰かの為の行動ができる優しい彼女が、誰かを傷つけるような悪いことをするとは到底思えない


私は、弓削さんの話を聞きながら静かに拳を握りしめ彼女の言葉を聞いていた


「藍澤も藤乃と同様だよね。顔がいいから女子にモテて、告白した子を酷く振るって聞くし」

「・・・・」

「笹宮もさ、なんか前に男子と揉め事起こしたって聞くしさ・・・・殴ったとか」


先ほどから聞いていれば、全部「聞いた」じゃないか

噂話ばかりで、彼らを全く見ていないことに対して苛立ちを覚える


藍澤君は確かに容姿で目を引く存在だと思った。朗らかな性格で、柔らかな印象を持った

悠真の話だと、こちらは雑誌の読者モデルをしているらしい。それにお父さんが芸術家らしく、彼をモデルに絵をよく描いたりするそうだ

内面は「彼の手でしっかり磨きあげた芸術品」。外面は「完成された美術品」と悠真は彼を例えた

外見も綺麗。そして内面はそれ以上に綺麗だと・・・


笹宮君は少し筋肉質で、悠真や藍澤君とは異なる方向性で男の子らしいなと思った

どうやら小学生の頃から柔道をしていたらしい。道理であの筋肉質

噂話だと、彼は揉め事を起こしたと言われているが・・・ああ見えて、笹宮君は悠真と藍澤君以外の前だと、ごく普通の青年だったりする

とてもじゃないが、厄介事を引き起こしそうな性格ではない

そして何よりも・・・武道家である彼が、誰かを故意的に傷つけようとしたはずはないと


関わりはまだ短いし、私はまだ彼らの表面的な部分しか知らない

けれど、これからも彼らと仲良くしたいと思えるのだ


手の力を緩める

「彼」の視線が言う通りに、黙って怒りを押さえ、気を楽にして彼女の言葉を聞き流す体制に入った


「そして何よりも五十里ね。学校行事とか非協力的だし、協調性の欠片もないって言うか・・・!」

「すまなかったな。協調性がなくて。元からなんだ。気をつけるよ」


弓削さんの後ろから、悠真が声をかける

その声に覇気はないけれど、その声はとてつもなく怒っていた


「さっきからなんかごちゃごちゃ聞いた話をひけらかしていたけどさ、藤乃も廉も、自分であの容姿を保っている。努力なくしてあの姿はない」

「吹田の悪い噂って、アルバイトだろ。あいつの家、商店街にある吹田生花店だからバイトじゃなくて家の手伝い。俺と藤乃と一緒。親父さんが凄く厳ついから、悪い人とつるんでるみたいな噂、よく立つんだよな」

「尚介は怪我をして、遠のいているとは言え生粋の武道家。誰かを故意的に傷つけるようなことは死んでもしない」


悠真にしては、スラスラと言葉が出てくる

言葉につまらない。言いたいことをひたすらに言い続けている


「皆ちゃんとした奴らだよ。人から貶されることなんて何もしてないし、できないような奴らだ。そんな俺の友人を馬鹿にしないでくれ」


そして最後に、弓削さんに対してそう告げる


「・・・でも」


それでもまだ何か言いたそうにしていた弓削さんに、悠真はさらに口を開こうとするがそれは私が静止する

私だって、言いたいことがあるのだ


「「聞いた」話なんだよね。真偽はわからない噂話。けど、私はこの数日間藤乃ちゃんや絵莉ちゃん、藍澤君や笹宮君と関わって・・・噂が嘘くさく感じるぐらい、いい人だと思う」

「羽依里・・・」

「でも、五十里の協調性のなさは本当だよ?白咲さんも可哀想だよね。復学したら、写真部みたいに、特に五十里みたいに面倒なやつに・・・」

「悠真は幼なじみ。幼少期からずっと一緒に育ってきた。私の病気がわかって、入院して・・・友達だった皆が離れていく中、ずっとお見舞いにきてくれたの。寂しい時も怖い時も、いつもそばにいてくれた。どうしても来れない時は欠かさず連絡してくれた・・・誰よりも優しくて、大事な友達なの」


可哀想・・・その言葉だけは、どうしても許せなかった

心臓が激しく警鐘を鳴らすが、それでも。この胸の痛みは、大事な人を傷つけられた痛みなのだから


「小さな頃から一緒にいてくれた大事な友達を、私と友達になってくれた四人のことを馬鹿に・・・しないでっ!」

「え、あ・・・」


自分では出たと思えないほど大きな声は、教室中に響く

それどころか、廊下にも響いていたらしい

そしてそれは・・・彼らにも


「・・・遅いと思って様子を見にきたら、何事」

「弓削がまた僕たちの悪口大会して、白咲さんがブチギレたところじゃない?」

「今度は白咲かよ・・・病気のことわかって仕掛けたなら最低だな。悠真、録音してるー?」

「こんな時に言うことじゃないけど、羽依里ちゃんが友達って言ってくれるの嬉しいね」


私たちが来るのが遅いと感じた噂の的である絵莉ちゃん、藍澤君、笹宮君、藤乃ちゃんが揃って教室を覗いていた

彼らの口ぶりだと、今回始まったことではないらしい・・・


「羽依里に仕掛けたボイレコはしっかり機能したよ・・・機能してないことを祈ってたんだけどな・・・」

「・・・ボイレコ?」

「まあ、弓削。お前はちょっとやりすぎなんだよ。廉、頼んだ!」


悠真は私のポケットからボイスレコーダーを取り出し、それを藍澤君に投げる


「ナイス!じゃあ、容姿ボロクソコンビで職員室いこっか藤乃ちゃん」

「いーえっさー!」


藤乃ちゃんと藍澤君はスキップしながら職員室の方へ向かっていく

その間、弓削さんは項垂れていた・・・自分でやらかしたことなのに、なんで落ち込んでいるんだろう


「お前、三年でやらかすのは流石にまずいだろ・・・」

「でも・・・でも」

「でもじゃないって。自分でやらかしたことの大きさ、自分の進路・・・その選択肢の数でしっかり考えろよ」

「・・・・・」


悠真はそう弓削さんに言い捨てた後、私の方に駆け寄ってくる

なんだろう。息もし辛いし、呼吸も若干浅くて視界がぼやける・・・


「羽依里。大丈夫か?」

「・・・少し興奮しすぎただけ。でも、横になりたい」

「わかった。保健室連れていくから。あんまり喋るな。尚介、羽依里のこと先生に伝えに行ってくれ!吹田、お前なら大丈夫だと思う、うまく動いてくれ!」

「おう!」

「大雑把だけどわかったよ・・・」


悠真が珍しく声を張り上げる

その声で、笹宮君も絵莉ちゃんも行動へ移してくれる


悠真は私の鞄から、薬の入ったケースを取り出した後・・・私を昨日と同じく横抱き。ああ、お姫様抱っこっていう崇高な呼び方があるんだっけ

悠真が昔、それをしようとしながら告白してくれたことがあったなぁ・・・


私を抱き抱えて、急いで保健室に向かって行ったあたりで・・・私の意識は、途切れてしまった

疲労か、それとも心労か・・・それはわからないけれど、無茶をしたから眠ってしまったと言うのは、嫌でも理解できた


そういえば、藤乃ちゃんたちは私たちを部室に呼んで何をしようとしたのだろうか

・・・その理由はわからずじまいとなってしまった

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