4月9日②:何歳になっても可愛いわよ

夜七時


「羽依里、もう病院だな」

「そうだね」

「夕日も、綺麗だな」

「そうだな」

「今、告白したらロマンティックじゃないか?」

「シチュエーションにこだわっても、私の返事は変わりません」

「・・・しゅん」


今日も元気に振られる。まあいい

これは、伝えることが大事なのだから


いつもどおり流された後、羽依里を病院に送り、俺は家への道のりを歩いていた


「悠真」


その道中で、俺は声をかけられる

後ろを振り向くと、買い物袋を両手に抱えた母さんが笑顔で立っていた


「悠真、おかえり」

「母さん。買い物の帰りか?」

「うん。マヨネーズきらしちゃって」

「朝が不機嫌になるやつか・・・」

「あんたもでしょ。マヨネーズ大好きなの」

「否定しないけど、朝ほどではないかな」

「マヨご飯しないもんね」

「あれは無いわ」

「お母さんも正直あれはありえないなって思ってる。朝には言わないけど」


朝はマヨネーズが大好きだ。俺も好きだけど、朝のマヨネーズは使い方が想像の斜め上をいっている

マヨネーズご飯とか正気とは思えない食べ方をする程度に好きなのだ

それでも、太っているとか言う印象は持たない


「・・・カロリー消費激しいのかな。女子ソフト部」

「ああ。だからマヨご飯?」

「カロリーたっぷり」

「でもお腹は満たされない」

「悲しいな」

「悲しいわね」


「ところで、今日の晩御飯は?」

「今夜はコロッケよ。サラダもあるからマヨあったほうがいいし買いに行ったの。そのついでに色々買い足したの。シーザーとかごまとか、和風とか、玉ねぎとか」

「全部ドレッシングじゃねえか・・・」

「バリエーション豊かな方がいいでしょう?」

「俺はマヨさえあれば・・・」

「お母さんはバリエーション豊かな方がいいもの」

「そうですか・・・まあ、そんなに色々買ったんだ。買い忘れは大丈夫か?流石にないと思うけど」

「もう。悠真は心配性ね・・・あ。なめたけ忘れた」

「・・・今度は父さんが不機嫌になるやつじゃん。母さんはおっちょこちょいだな」

「まあコンビニにも売ってるしちょっと買ってくる。荷物持ってて」

「了解・・・」


俺は母さんが持っていた買い物袋を持ち、近くのコンビニまで向かっていく姿を眺めながら、母さんが戻ってくるのを待つ

しばらくすると母さんはなめたけが入っているであろう袋と、両手にほかほかの湯気を出す肉まんを持って戻ってきた


「はい、これ」

「ありがとう。また肉まんの気分なのか?」

「今日はあんまんの気分。ほら、冷めないうちに食べちゃいましょ?」

「ん」


俺は湯気たつあんまんを頬張りながら、母さんと帰路を歩く

荷物は俺が持ったまま。まあ、母さんに持たせる選択もないことはないけれど、母さんに全部持たせて、俺が何もしないと言うのは流石に気が引ける


「ねえ、悠真。羽依里ちゃんの調子はどう?」

「学校行ける程度には落ち着いていると思うよ。目は離せないけど、女子しか行けないところは藤乃とか吹田が面倒見てくれてる」

「ああ、お向かいさんと絵莉ちゃんね。それなら安心ね」


穂月藤乃はうちのお向かいさんにある穂月呉服店の子

羽依里が入院するようになってから越してきたので、羽依里との面識は学校が初となる

お母さんが呉服屋を、お父さんが貸衣装屋を営んでいるため、様々な衣装という衣装を取り扱っている

そのため、うちと提携して商売することも少なくない

なので、母さんの認識は「お向かいさん」だったりする

プライベートでは、互いに忙しいこともあって話している様子はないな・・・


そして吹田絵莉は母さんがよく知る人物

そう。うちの写真館の上にある五十里美容院の常連さんなのだ。小さい頃からずっと

羽依里とは面識があるはずなのだが、吹田は多分忘れているし、羽依里は多分「あの吹田」だって連想できないと思う。昔とは全然違うから

特に、髪の色とか。なんで染めたのかは理解できない


昔の吹田はかなり生真面目な女だった

メガネをかけて、どこにでもいるような普通の女の子だったはずなんだが・・・まあ、あのおじちゃんの子だ

荒れたくなる血が騒いだ。そういうことにしておこう


ちなみに、吹田と母さんはとても仲がいいが、俺との仲はさほどよろしくない

まあ、良くも悪くも普通の友達だってぐらいか


「羽依里ちゃんの制服姿、写真撮ったの?」

「五月になったらうちに住むんだから毎日拝めるぞ」

「そう言う問題じゃなくてねー・・・もう、わかってないなー」

「何がだよ」


「今の時期、桜は満開。季節もいい感じ・・・そんないい感じの時期に、羽依里ちゃんとの写真を撮らないなんて、悠真は全くもって写真に対する情熱がない。羽依里ちゃんに対する熱もない。小さい頃はあんなに二人して大人になったら結婚するんだぁ、なんて言ってたのに・・・あんたの羽依里ちゃん熱はその程度なの?」

「バッ・・・恥ずかしいから小さい頃の話を路上でするのやめろよな!?」


「別にいいじゃない。ご近所さんはみんな知ってるわよ?」

「なぜ・・・」

「昔、悠真と羽依里ちゃんが言いまわっていたからね。お母さんは何も関与してません」

「小さい頃の俺がとんでもないアホだってことはわかった。だからこれ以上はやめてくれ」


母さんと話すたびに、なぜか墓穴を掘っている感覚を覚えたのでそこで強引に話を切り上げる


「けどまあ、羽依里の体調がよかったら、一枚ぐらいは撮ろうかな」

「うん。お父さんに言っておくから。ちゃんと撮りましょう」

「いや。俺が撮る」

「・・・何言ってんのよ。あんたも一緒に撮ってもらうの。羽依里ちゃんと二人でね」

「・・・わかったよ」


母さんがこう言うときは、絶対に逆らえないときだ

けどまあ、悪くはない


「けど、また写真撮ろうと思えるようになったのね。よかったわ」

「部活でリハビリしてるの知ってるだろ。でも、当の本人である羽依里は実際に撮ったことがないからな。どんな感じになるのかはわからないけれど、もう一度、必ず俺自身の手で写真を撮りたいとは思ってる」

「やる気があるなら十分。頑張りなさいよ、悠真」

「ああ。頑張るよ」


そう告げた後、俺は最後のあんまんを一口で頬張る

少し大きかったみたいで、なかなか飲み込めず四苦八苦する

その光景を見て、母さんは少しおかしそうに笑っていた


「リスみたい」

「うるせ」

「可愛いわよ」

「こう言うのは、朝とか羽依里とかがしたほうが・・・」

「何歳になっても可愛いわよ、大事な息子だもの」

「・・・不意にそういうこと言うな」

「もう思春期で照れ屋なんだから。でもまあ・・・」


母さんは何かを一瞥した後、少しだけ冷めたけど一回も口にしていなかったあんまんを頬張る

そして、それを一口分飲み込んだ後


「お母さんはね、悠真が元気にまっすぐに、家族思いで、優しい子に育ってくれて安心してるわ」

「母さん?」


そう、小さな声で告げた


「なんでもないわよ。ほら、お父さんの腰が呼んでるわ。早く帰りましょう」

「そうだった・・・父さんは腰を痛めているんだった・・・」

「忘れてたのね。まあ、一人でも大丈夫よ。ただのぎっくりだし」


ただので済ませていいのか・・・?

母さんの後ろをついていきながら、密かに考える

気がつけば、家の少し前に・・・白咲家の前についていた


「ねえ、悠真」

「なんだよ」

「お父さんもお母さんも、白咲のご両親も反対しないどころか大賛成だから。喜びのあまり四人で土岐山中を走り回るぐらい喜ぶわ」

「・・・どう言うことだ?」


意味のわからない奇行をするなら、息子としては全力で止めないといけない

しかし、何が大賛成なのだろうか


「十七歳になったばかりでこんな話をするのもなんだけど」

「あ、ああ・・・」


神妙な顔つきで、母さんは前置きの言葉を述べる

俺は、それに耳を傾ける。何か凄く大事な気がしたから


「十八になったら誕生日プレゼントとして市役所から婚姻届持ってきてあげるわ」

「余計なお世話だよ」

「あら、二人とも満更じゃないでしょう?」

「・・・」


羽依里はずっと俺の告白を断り続けている、しかも毎日ご丁寧に・・・なんて言ったら信じてもらえるだろうか

俺は確かに満更じゃない。未だに子供の戯言を覚えて、それを実行したいと願うほどに彼女のことを好いている

しかし羽依里はそうではない、と思う

・・・母さんは、どこで何を聞けば二人とも満更じゃないなんて言葉が出てくるのだろうか


「こっち見なさいよ、悠真。否定するなら、ちゃんとお母さんの目を見て否定しなさい」

「・・・・ノーコメントで」

「そ。否定はしないと・・・これは孫の顔を拝めるのも早いわね」

「母さんなぁ・・・」


なぜ思春期な息子の前で孫の話をする。軽く想像したじゃないか

少しだけ大人びた羽依里が子供を抱いて、慈愛に満ちた笑顔を浮かべる姿を・・・

・・・我ながら気持ち悪いな


「悠真」


母さんの呼び声で俺は正気に戻される

母さんのせいでおかしな妄想をしたけれど、母さんのおかげで無事に現実に戻って来れたらしい・・・なんだか複雑だ


「今度はなんだよ」

「羽依里ちゃんが元気になれるよう、頑張りましょうね」

「・・・ああ。そうだな」

「それじゃあ、家に入りましょうか」

「ああ」


少しだけ歩いて、五十里家

表は美容院なので、庭から裏手に周り自宅の方の玄関へ向かう

慣れた手つきで母さんが鍵を開けてくれる


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


先に入るように促され、俺は自宅へ一歩踏み入れる


「ただいま」

「おかえりなさい」


背後からおかえりの挨拶が聞こえる

それから、閉めたはずの扉が開いて、中学生の妹こと朝が帰ってくる


「ただいま・・・あ、お母さん、おにい。今帰り?」

「おかえりなさい、朝」

「おかえり朝。今日は早いな」

「新学期だからね・・・ほら、後ろつっかえってるから早く入って、おにい」

「はいはい」


母さんと朝の二人を待たせないように、俺は素早く靴を脱いで玄関に上がった


一日は今日も暮れていく

明日になるまでは、家族の穏やかな時間を過ごしていく

一ヶ月後にはここにもう一人、加わることになる


そんないつかを楽しみにしながら、俺は持っていた荷物を置きに居間へと向かっていった

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