4月10日:なんか凄いワード聞いちゃった気がするよ?

朝七時半

今日はちゃんと事情を把握しているので、まずは病院に寄る

羽依里と昨日相談した通りの時間だ。今日から一ヶ月間、しばらく二人でのんびり学校までの道のりを歩くことになる


「きつくなったらすぐに言うんだぞ。引き返すから」

「ありがとうね、悠真。今は大丈夫だから、このままでお願い」

「鞄は持たせないから。持ちたいなら、中身を全部俺の鞄に移してから持ってくれ」

「・・・でも、まるで悠真に全部持たせてるみたい。荷物が入った状態の鞄を自分で持ちたいの」

「わかった。じゃあ、筆箱だけ」

「それ・・・意味あるの?」

「荷物が入った状態の鞄は持てるぞ」

「まあ、目的は達成してるけども・・・」


呆れた羽依里の視線を気にせずに歩き続ける

そんな中、前方にヤバイ奴の姿があった


「よっす、藤乃。無事に合流できたな」

「よっすすー、五十里君!羽依里ちゃんもおはよっす!」


写真部の表向きは清楚担当。裏向きはお馬鹿担当な黒髪ショートカットの「ヤバい女」が俺と羽依里の前に立つ


「おはよう、藤乃ちゃん・・・なんかテンション違う?」

「こいつはいつもそうだぞ」

「初対面だし猫被ってた!」

「ええ・・・?」


穂月藤乃は控えめにいって・・・いや、違うな。控えめに言ってもアホだ

その外見は大和撫子のそれなせいで、こいつに騙される人間が多発している

そんな藤乃とは、なんだかんだで小学校からの付き合い

お向かいさんと言うこともあって、なぜか色々と関わるようになってしまった間柄だ

家のこともあって、商売提携もしている関係でもある。家族ぐるみで俺の家と関わっているところは羽依里と一緒だ


「五十里君にね、羽依里ちゃんと登校したいなって連絡してさ!この時間とルートのこと教えてもらったの!」

「教えなきゃ寝かさないとか言ってありとあらゆる手段で俺を寝かさない努力をしてたよな・・・」

「気のせいじゃない?五十里家の和室に一点集中の懐中電灯攻撃とか送ってないよ?」

「・・・寝かさない努力?攻撃?」

「羽依里、藤乃の家は俺のお向かいさんだ。俺の部屋と藤乃の部屋は対称位置にあって、互いの部屋がわりと見えるんだ。昨日は俺の部屋にほぼ一晩懐中電灯を照らし続けてだな・・・」

「あー・・・」

「五十里君が羽依里ちゃんとの登校時間吐くまでやりました。反省は・・・してるかな。朝ちゃんからも苦情入ったし」

「だろうな・・・」


俺の部屋の隣が朝の部屋だ

藤乃の懐中電灯攻撃は朝にも影響があったらしく、今日はフラフラ状態で朝練に向かっていた

あの調子じゃ、朝練も身に入らないだろうな。中総体も近いし、申し訳ないことをしてしまった


「お向かい。窓・・・小さい頃はよく屋根伝いに歩いて、移動しあってたね」

「まあな。主に俺がだけど」

「私にはさせてくれなかった」

「危険だからな」

「でも悠真だって高所苦手でしょ」

「に、二階ぐらい平気だ・・・」

「五十里君の部屋と行ったり来たり・・・?羽依里ちゃん、どういうこと?」


俺と羽依里にしかわからない話をしていると、蚊帳の外に出された感覚を覚えたのか藤乃が少しふてくされていた


「藤乃ちゃんのお家は、悠真のお家のお向かいでしょう?だから、私の家の斜めだと思う」

「そんなに近かったの!?知らなかった・・・。しかし五十里家の隣なあの家が羽依里ちゃんのお家なんだね・・・空き家だと思ってた」

「まあ、誰も今は住んでないし・・・仕方ないかな」


白咲のおじさんとおばさんは海外にいるし、羽依里は入院中

あの家がまともに使われたのはもう・・・十年近く前の話になるのではないか?

羽依里がうちに来る前に、おじさんたちに許可を取って掃除しようか

かつて住んでいた家が埃まみれな状態を見るのは、流石に辛いだろうし・・・


「羽依里ちゃんは退院したらお家に帰るの?」

「ううん。お父さんとお母さんが帰ってくるまで悠真の家でお世話になる予定。両親が海外にいるから」

「海外!?もしかして、羽依里ちゃんってハーフとかだったりするのかな?」


藤乃は自分とは異なるふわふわな金髪に触れながら、羽依里に問う

こうしてみると、なんか異文化交流みたいに見えてくるな


「う、うん。お父さんがイギリスで、お母さんが日本。ハーフだよ」

「なんかすごい!」

「わっ・・・!」


羽依里に藤乃が勢いよく抱きつく

こう言うのは、同性同士の特権だよな。理由もなく抱きつくとか

なんともうらやま・・・ぬぬぬ。なんでもない


「そういえば、藤乃ちゃん、悠真」

「何かな、何かな羽依里ちゃん」

「悠真は藤乃ちゃんのことを名前で呼ぶけど、藤乃ちゃんは悠真のことを苗字で呼ぶのはなんでかなーって」


羽依里の問いに、俺と藤乃は顔を見合わせる


「素朴な疑問だねぇ・・・答えていいの、悠真?」

「羽依里だからいいよ。まあ、終わった話だし、大丈夫だろうさ」

「・・・?」


首を傾げる羽依里の疑問に答えるのは、俺だ

言いたくはなかったが・・・まあ、踏ん切りをつける意味でも説明しておこう


「中学時代までは、俺も藤乃も互いを名前で呼んでいたんだ。けど、ある年のバレンタインに俺がある女子生徒から髪の毛混入チョコレートをもらったことで事態は一変する」

「どういうこと・・・・?」

「うんうん。思い出しただけでもお肌がチキンになっちゃうね。そこから悠真に対するストーカー行為が凄くなって、私にまで嫌がらせが来たんだよね。そこで、作戦として私と悠真は不仲です!ってアピールすることにしたの。その影響で苗字呼びだったんだよね。いまだに苗字呼びしてたのは、変えるタイミングを掴めなかったからだね」

「なるほど・・・」


いやーあの時はすごかったよね、なんて今じゃ笑い事にできる昔話

けれど、羽依里は深刻そうに青ざめた顔で俺を見上げていた


「悠真も藤乃ちゃんも、大丈夫だったんだよね」

「ああ」

「私のところには、影響こなかったけど・・・」

「俺が面会の為に病院通いしてたのは知られてたけど、あの病院は面会に関しては結構厳しいだろう?俺についてきたって言っても通さないでくれって、警備員さんと事務員さんにも伝えてさ・・・それでも強行しようとしたことが何度かあって・・・」

「そのおかげで、警察沙汰になったって聞いた。接触禁止も出されて、今は別のところに引っ越したから・・・それ以降、羽依里ちゃんが心配することは起きてないかな」


藤乃が最後の締めをしてくれる

話が着地するまで、羽依里はワナワナ震えていたが、とりあえず大丈夫なことを理解したのか安堵したように息をはいた


「そんなことになってるなんて、教えてくれたらよかったのに。何もできないけど、相談に乗ることぐらいはできたと思うのに!」

「羽依里に心労をかけるわけにはいかないし・・・」

「羽依里ちゃんの病気のことを考えるに、話したら大変なことになりそうだよね・・・」

「ご、ごもっともで・・・」


俺と藤乃から同時に言われた羽依里は若干落ち込みながら足取りを重くする


「大丈夫、羽依里ちゃん」

「大丈夫・・・正論だから、仕方ないよね・・・うん」

「気にするなよ、羽依里。もう終わったことだからな」

「ちなみに、あのもっさり形態もそういうのを避けるためなんだよ」

「ああ、だから・・・」


高校から一緒の尚介はびっくりしていたように、高校では一度もあの形態にはなっていなかった

廉も条件は同じだが、互いの仕事の関係で、学校外で出会っていたので寝癖を直した後の姿は知っていたりする


「しかし、まあ・・・羽依里ちゃん相手だと、妙に悠真が素直になるのは意外だったね。私もびっくりしたよ」

「そうなの?いつもあんな感じだけど・・・」

「いっつもマイペース。他人に死んでも合わせようとしない無愛想が私たちの知る悠真だね」

「悠真・・・?」

「うぐっ・・・」


羽依里の冷たい視線がグサグサと刺さる

藤乃も藤乃でこのタイミングで言わなくていいのに


「元よりそう言うところあると思うけど、私相手にできること、他の人にもできるでしょ?」

「羽依里以外やだ」

「やだって何。子供みたいに駄々こねて・・・いい加減にしなさい」

「ちっ・・・」

「舌打ちしない。できるならちゃんとやりなさい。我儘言う子は嫌い」

「羽依里ちゃんお母さんみたい・・・」


羽依里からさらに冷たい視線が向けられる

その隣で藤乃がそれを面白がるように笑っている。この感じだと止める気配はないな


「・・・頑張る」

「ちゃんと頑張ってね。私だけじゃなくて、藤乃ちゃんとか、絵莉ちゃんとか藍澤君とか笹宮君にも、ちゃんとするの」

「・・・ん」


羽依里が背伸びして俺の頭を撫でようとしてくる

しかし、まだギリギリ届かないから俺があえて屈んで届くようにした

そして羽依里の手が俺の頭に乗せられる


「んぅー・・・・」

「・・・もう少ししゃがもうか?」

「別にいいの。これから大きくなるんだから!」


俺の頭から手を離した羽依里が少しだけ前に進んで、そう宣言する

しかし・・・


「・・・もう十七だぞ。それ以上大きくなれるのか?」

「今失礼なこと言ったよね」

「それは失礼だと思うよ、悠真」


女性陣から冷たいお言葉を受け取り、心にぐさっと何かが刺さる

確かに、失礼なことを言ってしまったらしい


「申し訳ない、羽依里、藤乃」

「・・・私相手だけにしておいて」

「小さくても、俺は羽依里のことが大好きだからな」

「はいはい。いつものね、都合の良いことを言っても私は・・・ん?」


いつも通りのこと。羽依里がそう反応するのは目に見えていた

だから、このタイミングで行動に移したのだ

いつものことだと処理した羽依里は、ある一つの誤算に対して反応が遅れる

その「誤算」は、羽依里の隣で顔を真っ赤にして俺たちを覗き込んでいた

昨日は散々振り回されたが、今日は俺が利用させてもらうぞ、藤乃!


「なんか凄いワード聞いちゃった気がするよ?二人はその、そんな間柄なのかい!?ラブなのかい?カレカノなのかい!?」

「ふ、ふじっ・・・・!」


それに気がついた羽依里は、藤乃の方に言い訳しようとこれまた藤乃に負けないほどの真っ赤な顔で言い訳をしようとする

・・・が、俺がそんな隙を与えるわけがない


「さあな。はぐらかしておこう」

「ゆっ!?」


羽依里の言葉をキャンセルし、藤乃には正確な言葉を告げない

学校内でスピーカー気味の藤乃にそう言う間柄だと言うことを仄めかせば、その他多数に対しての牽制にもなるだろう


羽依里は控えめに言わずとも可愛い。ものすごく可愛い。俺からしたら世界一可愛い

そんな羽依里が学校に通い始めて今日で三日

男女問わず可愛いと言う噂話をする奴が絶えない。いつか、羽依里の良さに気がついて行動を起こす奴もいないとは言い切れない。そんな軽い気持ちで突っ込んでくる奴らに対する牽制として俺は今回の行動を起こしたわけだ

・・・羽依里が、どうしても好きな奴がいると言うのならば話は別だけどな


俺は動揺する二人を背に、少しだけ先を歩いていく

そして、少しだけ後ろから羽依里の慌てふためく様子をこっそり振り向いて見る


「・・・悠真、ずるい」

「これは、写真部らしい活動を少ししないとだね・・・パパラッチ的な方向性で」


少しふてくされた顔で、春風に髪をなびかせる羽依里とスマホを構えて何かを撮る藤乃が、俺の視界に映る

何を撮っているかなんて、俺が気にするところではない


「ほら、二人とも。早くしないと遅刻するぞ」

「それもそうだね。行こう、羽依里ちゃん」

「・・・うん。行こう」


藤乃から声をかけられたが、なかなか先ほどの調子が戻らない羽依里の背を押しながら、俺たちは再び登校する道のりを歩いていく

少しだけ賑やかに始まった一日

きっと今日も、一日いいものになる予感が・・・

いいや。いいものにしようと思いながら、俺は歩いて行った

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