4月8日:心臓飛び出るかと思ったぞ

午前七時

今日は新学期の始まりの日だ


「・・・」


おじさんのぎっくり腰、悠真のバイト・・・それから私の検査

色々なすれ違いがあって、結局言えず仕舞いになってしまった私の登校話

メールで連絡をしたはいいけれど・・・読んでくれているかはわからない

悠真は、読んでくれているかな


私は夜勤明けの看護師さんの厚意で、学校まで送迎してもらえることになった

早めに登校してほしいと学校側からも言われていたし、すごくありがたかった


一ヶ月の間は、急激な環境変化もあるし病院と学校の往復で様子見を

そこから、問題がなければ一時的に退院して、今後は通院という形を取るらしい


両親からは五十里さん・・・悠真の家族に退院後は頼んでいると言っていた

悠真から学校に行く話も、退院後の相談もされたことがないので、おじさんとおばさんは黙っている可能性がある

朝から伝えてくれていると思いたいけれど・・・二人共、今はバタバタしていそうだから難しいよね


職員室で少し早く先生と合流し、靴箱の場所と、教室を確認する

普通科の三年二組。どうやら悠真も一緒らしい

悠真・・・というか、部活の面々?まとめて監視するために一纏めにされたと言っていたけれど・・・そのあたりはよくわからない

けど凄く安心した

悠真が一緒のクラス。高校最後の生活は、一緒に過ごすことができるのだ


「白咲さん」

「・・・」

「白咲さん。白咲羽依里さん。聞いていますか?」

「え、あ・・・はい!ごめんなさい。久々の学校で、新鮮だなって思って目移りしていました・・・」

「気持ちはわかりますよ。けど、今後の貴方に関わることですので、しっかり聞いてくださいね」

「はい」


担任の先生は女性で大島先生というらしい。とても優しい印象を抱いた

学校内でのことを相互で確認しつつ、始業式の間に必要事項を終えつつ過ごしていく


「後は五十里君や、同級生の子に聞いた方がいいかもしれませんね。体のことは大変だと思いますが、一年間を充実したものにできるようにしましょう。何かあればすぐに相談してくださいね」

「はい。ありがとうございます。先生」

「では、そろそろ始業式も終わって、最初のホームルームになります。お待ちかねの教室へ行きましょうか」

「はい」

「そこで、病気のことは私から軽く説明しますね。いいですか?」

「お願いします。私じゃ、上手く説明できないかもしれないので」

「わかりました。では、行きましょうか」


先生と共に、ゆっくりとした足取りで廊下を歩き、教室へと向かっていった

歩くだけの運動は何度もしてきた

でも、これは初めての経験だ

新品の制服を着て、糊がしっかりついている襟に違和感を覚えながら、首元のリボンタイはちゃんと綺麗になっているか。それ以前に身なりはきちんとできているか。寝癖は残っていないか・・・なんて、窓で確認しながら歩くのは、初めてなのだ


こうして学校の廊下を歩くのは久しぶり。制服を着て歩くのは、初めて

ランドセルじゃなくて、革製のカバン。重いけれど、これはこれで・・・新鮮だと思う

緩んだ頬を必死に抑えながら、先生の後をついていく


「呼んだら、入ってきてくださいね」

「はい」


先生が先に教室に入って、ホームルームを開始する

まるで、転校生になった気分だ。三年生で初登校なのだから、ある意味転校生に近いような気がするけれど


先生が私のことを説明してくれる声と、生徒のざわめきが廊下まで聞こえる

・・・上手く、やれるだろうか。不安だ

でも、大丈夫だと思う。根拠は全くないけれど

悠真もいてくれるし、私自身、久しぶりだけど頑張ればいいだけの話なのだ

だから、きっと大丈夫


「白咲さん、入ってきてください」

「は、はい!」


先生の呼び声を合図に、私は教室の扉を開く

視界に映るのは、同じ制服を着た同い年の子供達

けれど、私の視界にいつも病室に訪れていた彼の姿は映らなかった


「え・・・?」


周囲を見渡しても、悠真らしき人物はいない

同じクラスだと言っていたのに、どこにもいないのだ

席は廊下側二列目の前から二番目の席を除いて全部埋まっている。おそらくあそこが私の席だ。じゃあ、悠真はどこに?


「白咲さん、自己紹介をお願いします」


先生から声をかけられる

教室中の視線は、全部私に向けられていることをやっと自覚する

今は、悠真のことは後回しにして・・・ちゃんと自己紹介を終えなければ


何度か深呼吸をした後、何度も練習した言葉を述べる

緊張して声は震えていたけれど、それでも・・・これから一年、一緒に過ごす友達に私のことを知ってもらうために、声を出した


「は、はい。白咲羽依里といいます。病気のこともあって、学校に通うのは久しぶりで・・・色々と教えてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします!」


考えていた挨拶よりも短くなってしまったけれど、それでも無事に終わることができた

教室中から拍手が聞こえてくる

上手くいったことに安堵しながら、先生の指示を私は待った


「じゃあ、白咲さんはあそこの空いている席に。五十里君と穂月ほづきさんのお隣ね」

「・・・へ?」


素っ頓狂な声を上げながら、空いている席の両隣を見る

朗らかな笑みを浮かべている女の子が、こっちだよというように手を振ってくれている。あの子がきっと穂月さんだろう


そしてもうもう一人。隣の・・・「五十里君」と呼んだ男の子

そこにいるのは、私が知る「いつもの悠真」ではない

いつもはきちんと整えられている寝癖は治さず、頭の上は愉快なことになっており、おじいさんのものだと言っていた瓶底メガネをかけた「寝起きに近い悠真」がいるのだから


「・・・悠真?」

「・・・」


しかし彼はそっぽを向いてこちらに視線を合わせてくれない

なぜ、この姿で学校に登校しているのか・・・それが気になって、淡々と進められる他の人の自己紹介が上手く頭の中に入ってこなかった


・・


休み時間になると同時に、私は隣の席の悠真に声を掛ける


「悠真」

「・・・なんで言ってくれなかったんだ。心臓飛び出るかと思ったぞ」


少しふてくされた顔で、メガネの位置を戻す

確か、彼は視力がいいはず

両目ともにAだった!とはしゃいでいたので、眼鏡をかける必要がない程度にはいいはずなのだ

だから、その瓶底眼鏡は伊達だと断言できる


「心臓飛び出そうなのは私の方。なんで寝起きモードなの。整えてきなさい。みっともない・・・」

「・・・面倒くさい」

「どうしてこんなことになっているのか聞いていい?」

「面倒くさいだけだ・・・ふわぁ・・・」

「・・・」


そのままうつ伏せになって寝てしまう

ああもう。いうこと聞かないんだから・・・まさか悠真の学校生活がこんなことになっているなんて思いもしなかった


「・・・なるほどなるほど。藤乃さんわかっちゃったよ。白咲さんは、悠真がいつも病院へ会いに行っていた女の子ってわけだ」

「?」

「ねえ。白咲さん」

「あ、はい・・・ええっと」

「私、穂月藤乃ほづきふじの。これから仲良くしてくれると嬉しいな」


隣の席の穂月さんが声をかけてくれる

黒髪ストレートのセミロング。癖っ毛だらけの私とは大違い

とても綺麗な髪を持つ、笑顔の眩しい優しそうな女の子

そんな印象を、私は抱いた


「はい。これから、よろしくお願いします。穂月さん」

「いいよ、名前で。それに、五十里君に話す感じで砕けた口調でいいからさ!」

「さすがに・・・それは」


初対面の人にはあの口調は結構きつめだと思う

だから半分だけ、進んでみる


「じゃあ、藤乃ちゃん。これから、よろしくね」

「うん。羽依里ちゃん!で、こっちの子はね・・・」


そして、そのまま後ろの子と、先ほどまで藤乃ちゃんと話してた子を紹介してくれる

・・・少し濃い金髪のサイドテールを揺らす女の子

少し違和感のある関係だったが、二人は仲良しなのだろうか


「・・・羽依里って、あんたのことだったんだ」

「?」

「私、吹田絵莉ふきたえり。あんたさ、土岐山病院に入院してるでしょ?」

「なんでそれを・・・」

「私のおじいちゃんがあそこに入院してるの。昨日面会手続きの時、前にいたのが五十里だったんだけど・・・白咲さんの前の五十里ってあんなにキラキラしてんの?」

「はい。だから、学校に来たとき驚いちゃって」

「私も病院で見た時びっくりした。凄い変わりぶりだったしさ。おーい、五十里ぃー。そろそろ寝癖直してこーい。学校内であのちゃんとした姿を晒せー」


笑いを堪える藤乃ちゃんと、悠真をからかう吹田さん

しかし眠りこける悠真には届いていない


「呼ばれてるよ、悠真」


悠真の代わりに反応を返したのは、悠真の前に座っていた男の子

少し青味のかかった黒髪を持つ男の子の言葉なら返事をしてくれるそうだが、それでも面倒くさそうに、眠そうな目を悠真は彼に向けた


「適当に返しておいてくれ」

「わかった。「えぇ〜!ねぐせなおすのぉ〜めんどくさいからいやでちゅ〜!」・・・だってさ」

「そんなこと言ってねえよ、れん。わざわざ裏声まで使って!」

「やっと起きた。よし!尚介なおすけ抑えろ!」

「さー!」


今度はどこからともなく現れた短髪の男の子が、やっと起きた悠真の体を固定する

悠真は平均よりも高い部類だが、少し細身だ

目の前の、尚介と呼ばれた男の子のようにがっしりとした体格の人に抑えられれば、簡単に身動きできないぐらい

・・・普通にしていてここまで筋肉がつくものなのかな。何か、スポーツとかしている人だったりするのかな


「絵莉ちゃん、水!」

「もう用意してる」

「用意周到だね、絵莉ちゃん!」


「まあね。ま、この中であの悠真を見ていないのは尚介だけだと思うから・・・気になるでしょ、尚介」

「おう。昨日見たあれは見間違いじゃなかったんだな、悠真」

「ぐう・・・」


「しかし・・・絵莉の評価が気になるな。俺も一瞬だけだが、別人だと勘違いするレベルだったし・・・直したら廉並にモテるのでは?」

「かもねぇ。ま、とにかくだ。いつもの悠真でいてもらわないと、白咲さんは不安がるだろうし、寝癖、できる範囲で直してみよっか」

「・・・寝癖直してもらえるのは楽だな。毎日二時間かけてるから。適当にやってくれ」

「そんなにかけてたの!?」


私の衝撃を横に、廉と尚介と呼ばれた二人は両手に水をつけて素早い手つきで悠真の寝癖を直していく


「あ、あの二人はね、藍澤廉あいざわれん笹宮尚介ささみやなおすけ。五十里とつるんでる写真部の連中。私と藤乃もなんだけどね」


吹田さんが藍澤君と笹宮君のことを紹介してくれる

リハビリもかねて、部活をやっているとは聞いていた

悠真らしい部活。まさか、他にも部員がいたなんて

少し意外だし、初耳だ・・・


でも、ちゃんと友達もいて安心した

あの時の、深夜の語り口調じゃ、一人ぼっちみたいな感じだったから・・・

こうしてふざけあえる友達がいて、安心した


「それと、私のこと、絵莉でいいからね。羽依里」

「う、うん!」


早速、女の子の友達が二人も出来てしまった

そのことに安堵しながら、再び寝癖を直す工程を眺めた


「おー劇的でビフォってる?」

「ビフォってる?アフってる!」


よくわからない会話を藤乃ちゃんと藍澤くんが繰り広げつつ、作業は終盤へと差し掛かる

最後の仕上げに、笹宮君が悠真から眼鏡を取って完成

なんということでしょう。目の前にはいつもの悠真がいるではないですか


「そうそう。この五十里。これ病院にいた五十里」

「これだよね。普段のあれ」

「スタジオではいつもこれだよね。普段からこれでいたらいいのに。もったいない」

「昨日俺が見た悠真はこれだよこれ!」


「しっかし、僕は悠真のアフターを知っていたとはいえ、いつ見ても劇的なビフォーアフターだよね。入学式の頃からこれだったら、悠真、僕みたいに絶対モテモテだよね。机いっぱいにチョコレートだよね」

「それが嫌だから隠してたんだよ・・・」

「あの時は大変だった。その子に追い回されるし・・・」


直してもらったばかりの前髪に違和感があるようで、悠真は不機嫌そうに目を細める

どうやら中学時代、悠真と藤乃ちゃんは同級生だったらしい

・・・不穏な事件のワードが聞こえたが、気にしないことにしておこう


「リア充イベント自慢かよ。俺なんて母さん以外から貰ったこと無いのに・・・いいなぁ」

「別に・・・好きでもないやつからチョコ貰っても、処分に困るだけだぞ。それに俺は・・・羽依里が、す・・・」


ふと、視線がこちらに向けられた気がした

しかしここで甘えたことを、そしていつものお決まりを言わせるわけにはいかない


「・・・寝癖ぐらい自分で直せない悠真はだらしない」

「なぁ・・・!?」

「明日からちゃんとして。後みんなにお礼言って」

「・・・はい」


少しだけしょんぼりした悠真は、すぐさま四人に向かって行動に移してくれる

その光景に、四人が驚いていたのは言うまでもない


・・


新学期初日だからか、午前中で一通りのことは終わった

号令の後、複雑そうな顔で悠真が声をかけてくれた


「・・・羽依里」

「どうしたの、悠真」

「もう、帰るか?」

「うん」


「今日は家か?病院か?」

「病院。詳しいことは、そこで話していい?」

「わかった」


悠真はいくつか確認した後、私の鞄を持つ


「自分で持ちたい。お願いだから!」

「全教科の教科書入りの鞄をか?俺が持つよ。羽依里は歩いて病院にいくまでのことだけを考えろ」

「・・・わかった」


私にとってはいつも通り

けれど周囲にとっては異常な光景

こうしてハキハキと話す悠真が珍しいようで、クラス中の視線が私たちに集まる

少しだけ、恥ずかしい


けど、今まであのもっさりだったら珍しくなるのも当然だろう

だから、これでいいのだ

私が知る、いつもの優しい悠真を皆に知ってほしいから


「五十里、あんた帰るの?部活は?」

「今日はパス。羽依里優先だ。しばらくそうなる」

「おおう。なんだかいつになく積極的で。寝癖直したからか」

「羽依里の為だ。じゃあまた明日な。吹田、藤乃」

「またね、五十里。羽依里も、また明日」

「まったね〜!」

「うん。また明日」


また明日を、悠真以外の人にいうのは久しぶりだった

また明日も、藤乃ちゃんや絵莉ちゃん。藍澤君や笹宮君

そして、悠真と学校生活を送れる。それがとても嬉しかった


新しく始まった生活に、心を弾ませる

こんなに心躍るのは、いつ以来だろうか。これから、こんな日々が続くのだろうか

そうなれば、嬉しい

そう考えながら、今度は悠真と共に賑やかな廊下を歩き始める


私の久しぶりの学校生活は、いい方向に幕を開けてくれた

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