4月7日:しかし今日は買い物が多いな

今日は見舞いの前に、羽依里からの頼まれものを買いにショッピングモールまでやってきていた


羽依里の趣味はハンドメイド。オンライン授業以外は基本的に寝るかハンドメイドの二択だ

基本的に手縫いの小物作り。ぬいぐるみはしょっちゅう作っている

たまに服を作って・・・後は季節ごとにやることが変わっているな


夏はレースを編んでいる

俺が今使っているポケットティッシュケースは羽依里が編んでくれたレースのものだ


秋は刺繍を施している

俺のハンカチにも羽依里はいくつか刺繍を施してくれている

個人的お気に入りは、サバの味噌煮の刺繍かな


冬は毛糸を編んでくれている

俺がよく腹を壊すものだから、見かねて腹巻きを編んでくれた

毎日寝る時に使わせてもらっている


春はニードルフェルトをよく作っている

俺の部屋にも、羽依里が作ってくれたシロクマのニードルフェルトが鎮座している

ちなみに母さんの美容室にも、燕と雛の鳥の巣ニードルフェルトが置かれていたりする

刺繍といい、ニードルフェルトといい、センスが斜め上すぎでは?


まあ、それが彼女の面白い部分だ

手芸店で注文されたものをカゴに入れていき、すべてを揃えた後、会計をするためにレジへ向かう

その前にふと、あるものが目に入り・・・俺は足を止めた


「・・・つまみ細工ねぇ」


最近、ハンドメイドもマンネリ気味のようで、あまり手が進んでいない様子

新しい物があれば、羽依里も新鮮な気持ちで楽しめるだろうか


「買ってみようか」


羽依里が好きそうな花のキットをカゴに入れて、頼まれものと一緒に会計を済ませた

驚くだろうな。楽しんでくれるといいんだが


ウキウキな足取りで店を出て、次は文具屋に向かう

新学期に使うノートや文房具を買うためだ


今年は、羽依里からの注文が結構多かった

いつもはノートや消しゴム、シャープペンシルの芯だけだったのに・・・


「全部新調って、珍しい気がするな」


羽依里が好きな水色の筆記具、ナチュラルカラーのペンケースに下敷き

それから他にも色々カゴの中に入れていく

ついでに自分の分もいくつか。まあ、消耗品のノートとか、それぐらいだけど


「・・・あれ?」

「後は何だったかな。消しゴムは入れたし、後は三角定規?でもあれ使うかな・・・」

「悠真か?」


ふと、背後から声をかけられる

この低めだけどどこか優しい印象を覚える声。この声の持ち主は・・・


「尚介か。こんなところで珍しいな」

「珍しいのはお前だよ。こんなところまで来るなんて」


彼は笹宮尚介ささみやなおすけ

俺の同級生で、廉と三人でよくつるんでいる

元々柔道をしていた彼は体格が大きい部類

全国まで行く力量はあったが、怪我の影響で柔道からは遠のいている


そんな彼は、このショッピングモールがあるあかつき市で生活している

こうして出会うのも珍しい話ではない


「今日は色々買うものがあったからな。大きいショッピングモールのほうが勝手がいいんだ」

「なるほど・・・ん?」

「どうした?」


「・・・今、一瞬で前髪下げなかったか?」

「・・・そんなことはないぞ。俺はいつもこの前髪隠しだ」

「いや、だってさっきまで目がはっきり見えていたから」

「気のせいだろ」

「だから俺はお前が本当に悠真なのかわからなくて・・・」

「気のせいだ」

「・・・それで押し通すつもりなんだな」

「ああ」


顔を見られるのは苦手だ

写真にもあまり撮られたくないが、必要な部分は妥協している

これも何もかも・・・あの悪夢のバレンタインがきっかけだ

あのせいで、俺と藤乃はチョコレートは食えなくなるわ、バレンタインが憎い日になってしまっている


今、俺にできる防御策はこれしか無い

・・・羽依里には、知られたくないな

あのバレンタインのことも、俺の普段の姿も


「それ、評判悪いんだからやめろよな・・・どうしてお前はいつも前髪を目元まで」

「色々あるんだ」

「・・・わかったよ。深くは聞かない。けど、いつかは話してくれよ」

「・・・機会があればな」

「ああ。その機会が来るの、楽しみにしておくよ」


尚介は優しいやつだ

きちんと誰かの事を考えて、嫌なことは深く聞いてこない

おせっかいなんかしてこない。適度な距離感で、優しく声をかけてくれるのだ


「しかし今日は買い物が多いな。二人分?」

「土岐山で唯一オンライン授業を受けている女の子、いるだろう?」

「ああ。白咲さんな?どんな人なのか知らないけど・・・知り合いなのか?」

「知り合いっていうか、幼馴染。こうやって、ノートの買い出しとか、俺がしているんだ」

「へぇ・・・けど、なんというか、高校三年生で色々と新調するんだな」

「ああ。今回はほぼ全部。まるで新生活を始める感じでな」


「ふーん。ちなみに、これで全部だったりするのか?」

「ああ。これで全部のはずだ」

「買った後、届けに行くのか?」

「その予定だ」


予定を確認した尚介は、嬉しそうに笑った後

尚介は俺の肩へ腕を回し、それを見せてくれる


「その前に、春の新作ハンバーガーはいかがですかね?」

「モクドのか?」

「そうそう。うちの道場に通っている奥様達から割引券貰ってさ・・・ダブルテリマヨバーガー、半額で食えるんだぞ。悠真はマヨネーズ大好きだし、これ注目してたろ?」

「うんうんうんうん!」

「勢いいいなぁ・・・その上で昼ごはん、まだだろ?」

「ああ。でも本当にいいのか?」

「ああ。昼飯にしようぜ」


文具屋での買い物を済ませた後、尚介と共にフードコートへ向かい、お目当てのダブルテリマヨバーガ−セットを二人で頂いていく


「そういや、明日から新学期だけど・・・」

「そうだな。今年は誰が一緒のクラスかな。藤乃とはもう勘弁してほしいけど」

「小学四年生の時からずっと一緒なんだっけ?」

「ああ。おかげで毎年長期休暇終了直前どころか、毎日の宿題を見るのが恒例だよ」

「去年の悠真の話を聞いたら、廉と藤乃はできればクラス離れたい候補だよな。今年は受験もあるから、人の面倒なんて見てる暇もないし」

「それは言えているな・・・」


食事中の話題はやはり、明日が新学期だからそれに関わる話になった

クラス替えというのは、学生の一大イベントみたいなものだと俺は思っている

一年の時は、藤乃と吹田が一緒のクラス

二年の時は、これまた藤乃と廉が一緒のクラスだった

尚介とは残念ながら三年まで一度も一緒のクラスにはならなかったな

合同授業は一緒だけど、別クラスばかり

できれば、最後ぐらいは一緒のクラスで過ごしたいものだ


「思えば、尚介とは三年まで一緒のクラスにはなれなかったな」

「ああ。最後ぐらいはよろしくしたいな」

「俺もだよ」

「悠真、四月一日に学校行ったんだろ。そこで先生からなにか聞いていないのか?」

「あれは特進の勧誘だ。断ったけど」

「うげぇ・・・」

「英城寺がいるクラスとか死んでもゴメンだ。うるさい」

「まあ、気持ちはわかるな・・・」

「話は戻るが、クラスのこと。全部明日にはわかるし、一緒だといいな」

「ああ。高校最後ぐらいは一緒に。後、体力テストもお忘れなく」

「あはは・・・今年もやるのかよ」


俺と尚介が仲良くなったのは、高校一年生の時の体力テスト

記録を無意識に競い合って、気がつけば意気投合していた

二年生の時も競い合っていたが・・・今年も避けられないらしい

特に去年は手を抜いて、尚介に怒られたから本気でやらないと


それから食事を終えた俺達は解散して、それぞれの目的地へと向かっていく

俺の目的地は、羽依里が待っている土岐山病院だ


・・


「・・・ふう」


検査が終わって部屋に戻ると、椅子の上に手芸店の袋と文具店の袋が置かれていた

テーブルの上には、メモが置かれている


『羽依里へ

今日は検査の日だったんだな。

日中は時間があるし。待っていようと思っていたんだが

もちろん、そう上手くいく話でもなかったらしい。俺が

好きなカメラマンさんから、慎司おじさんを通してヘルプ依頼があったんだ。この

機会だ。間近で学ばせて貰いたい。申し訳ないけれど、荷物はここに置いていく。

電話をしてくれた「買うもの」は全部買ってあると思う

すべて揃っているか確認をして欲しい。なければ連絡をしてくれ。それじゃあまた。

悠真より』


「・・・露骨」


変なところで切られたメモ

最初の行の頭を並べると「今日も好機電す」・・・「今日も好きです」になる

いつもどおりだな、と思いながら袋の中を確認していく


「・・・文房具はちゃんとある。刺繍糸もちゃんとある。あれ?」


一つ、頼んだ覚えが無いものが入っていた

今度は、つまみ細工の初心者キットらしい


「今度、時間がある時にやりたいけれど・・・今は」


引き出しの中に隠した、編みかけのマフラーとセーターを一瞥してから、つまみ細工の初心者キットを袋へ入れ直す

・・・作っているものがあるから、これに挑戦するのはもう少し後かな


「・・・電話、出ないな」


流石に明日が登校日

顔を合わせて伝えたいとか言っている場合ではなくなった

せめて電話で、と思ったが・・・悠真は電話に出る機会がない

一応、メールを送っておこう

明日から、学校に通います・・・と


消灯時間もやってくる

高鳴る胸を抑えながら、眠りにつく

明日はどんなことがあるんだろう

それに、久々に悠真と学校生活が過ごせる

・・・どんな一日に、なるんだろう

いい一日になってほしいな

そんな期待を込めながら、私は目を閉じた

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