4月4日①:声がするだけでも全然違うから

深夜十二時・・・を少し過ぎたぐらい

月明かりしか光源のない薄暗い病室

どうやら明日が楽しみすぎて、寝たはいいけれど・・・変な時間に起きてしまったらしい

しかも無駄に目が冴えている。このまま再び寝るのには・・・時間がかかりそうだった


「・・・どうしよう」


時計を横目に少し考える

しかし喉が渇いたな。飲み物を・・・あれ?

いつものようにサイドテーブルに置かれているポットに手を伸ばすと、コップ一杯にも満たない水しか入っていなかった

寝る前に補充したはずなんだけど、と考えつつ記憶を辿る

そういえば、悠真から電話が来る前に追加しないとなあ・・・と考えていたけれど、電話の内容が嬉しくて忘れてしまっていたらしい


「あー・・・」


うっかりだ。やってしまった

もうすでに病院は消灯時間を迎えている

出歩くことは問題ではないけれど・・・その、何というか・・・

夜の病院は薄暗くて、なんだか不気味な感覚を覚える。凄く怖い


一晩程度ならペットボトル一本でどうにかなると思うし、一階の自販機まで行けばちゃんと購入もできる

けど、この六階の端にある病室から、これまた反対側の端に設置されているエレベーターに乗って一階の端にある自販機に行く

そして、先程進んだ道を引き返して自室に戻る


昼間に行けば、距離が少しだけある程度の簡単な道のりなのだ・・・が

けれど、深夜に行けば不気味な道のりそのもの


「・・・いかないといけないのに、怖い」


恐怖で身震いしかしない。縁起は悪いけれど、心臓が止まりそうなほどに怖い

なぜこんな時だけ、鼓動は強く、そして早く奏でられるのかわからない


「・・・悠真」


昨日は会えなかったけれど、少しだけ気持ちに変化が生まれた幼馴染のことを思い描く

側にいてくれたら、心強かったのに

・・・なんて、本人の前で言ったら絶対に調子乗るから言わないけれど


「・・・流石に、寝てるよね。迷惑、だよね」


スマホの電源をつけてみる。寝た時から変化は一つもない

試しにメールを送ってみる?けど、寝ていたら・・・無駄に心労をかけさせるだけだよね


「・・・ここは一人で、ひゃあ!?」


いきなり携帯が震えたので驚いてしまった

それと同時に小さく悲鳴を出してしまう。とっさに口を抑えて悲鳴を短縮させて内容を確認してみた

どうやらそれは、メールの着信を知らせる震えだったらしい


「よ、よかった・・・でも、悠真からか。なんて送られて来たんだろう」


ロックを解除して、メールアプリを起動し、受信画面に持っていく

両親にスマホを買い与えられたのは、高校二年生の春

それまでは、電話とメールしかできない子供ケータイだった


初めてのタッチパネルに四苦八苦しつつ、悠真に使い方を教えてもらい・・・一人でスマホを扱えるようになったのはつい最近

やっとスムーズにできるようになったと自分でしみじみ感じつつ、内容を確認してみた


『なんか呼ばれた気がして』

「何で・・・このタイミングで」


確かに、起きていたら嬉しいなとは思ったけれど・・・まさか、盗聴器が仕掛けられているんじゃないかと疑うぐらいに絶妙なタイミングで悠真から連絡が入る

私は送信欄をタップして、悠真への返信を入力し始めた


「起きてたの?」

『返ってくるとは思わなかった。羽依里こそ、こんな時間に起きてるなんて珍しいじゃないか。どうしたんだ?眠れないのか?』

「うん。変な時間に起きちゃって。お水を飲もうとしたら、ポットに補充するのを忘れていたことを思い出して、自販機に買いに行こうと思っていたんだけど・・・」

『あー・・・夜の病院、歩くの怖いんだろ。忍び込んで持っていってやろうか?』

「そんなことしたら怒られるってば」

『そりゃそうだわな』


文面から、彼が笑っているだろうと何となく読み取れる

少しだけ恐怖が和らいだ。今なら、買いに行ける気がする

そんな時だった。彼から着信が入る

私は通話ボタンを押して、スマホを耳元に近づけた


「も、もしもし」

『もしもし、羽依里。さっきぶりだな。それより、引き出しの中に、イヤホンがあっただろ?』

「少し、待っていて」


悠真の指示通りに引き出しからイヤホンを取り出す


「見つけた」

『それ、スマホに繋げてくれ。上の方に丸い穴があると思うからそこに差し込むんだ』

「わかった・・・」


イヤホンをスマホに繋げると、悠真の声が遠くから聞こえるようになる


「イヤホンから聞こえるようになってる・・・」

『これなら、俺と話したままで行けるだろ。片耳につけたまま、一階まで水を買いに行けそうか?』

「・・・ありがとう、悠真」

『気にするなって。でも、他の人起こしたら悪いから、一方的に俺が話し続けるよ。どんな話題がいい?』

「じゃあ、自販機に向かう間、今日話す予定だった話を聞かせてくれる?」

『もちろんだ。返事はしなくていいからな、ほら、進んで』


悠真の声に従いながら、私は夜の廊下を歩いていく

今日、来て話してくれる予定だった、もう一度写真を撮ると決めた話をしてくれる

おじさんがしてくれた、遺影に関する考えの話

そして悠真自身が好きな写真の話に、そして今後の写真を撮る心構えも・・・話してくれた

その話を聞いているだけで、気分が紛れる

暗い病院の道のりだって、怖くなかった


「自販機のところまでたどり着いた。今から買うね」

『お、意外と早かったな。ちゃんと水を買うんだぞ?ジュースはダメだからな』

「わかってるよ・・・」

『明日、ストック用に一箱持ってきてやるからな。一本だけにしとけよ?』

「そこまでしなくていいって・・・でも、ありがとうね。気持ちだけ受け取っておく」


自販機で水を一本だけ買う

ガタンと音が周囲に響き、少しだけびっくりしてしまうが、無事に水を買うことはできた


あとは病室に戻るだけ

来た道を引き返しながら、再び悠真の話に耳を傾ける


写真の話はひとまず終わったらしいから、次の話のリクエストを求められた

そこで私は、彼に高校生活の話をしてもらうことにする

二年生の時の話といえば・・・修学旅行の話

文化祭とか、私とは縁遠い体育祭の話とか・・・はたまた普通の授業の話とか

悠真は私が病室に戻るまでの間、色々と話をしてくれていたが・・・少しだけ不審に思ったことが二つあった

それは・・・


「・・・病室、ついたよ」

『そうか。よかったな。これでもう大丈夫か?』


話をしている間に、病室の前についていた

無事に戻ってこれたことに安堵し、部屋に入る

そしてベッドサイドに腰掛けて、廊下を歩いている時よりも少し大きな声で電話の続きをする


「うん。大丈夫だよ。悠真のおかげでね。ありがとう」

『別に、俺は何もしてないって』

「声がするだけでも全然違うから。とても安心できたんだよ、悠真」

『そう言ってくれると嬉しいよ。それじゃあ、羽依里』

「うん、おやす・・・」

『おやすみ。また何かあれば呼んでくれ。大好きな羽依里のためならいつでも駆けつけるからな。いい夢を』

「・・・大好きは余計だってば。今度こそおやすみ。また朝にね。今夜はありがとう」

『ちぇ、紛れ込ませる作戦不成功か・・・もう手の内はバレきってるんだろうなあ・・・まあ、羽依里のありがとうがたくさん聞けただけでも十分か』


そう言って、悠真との通話は終わる

私は再びスマホをサイドテーブルに置いて、買ってきたばかりの水を口に含んだ

冷たい水が、ゆっくりと喉を通る感覚を覚えながら、やっとの水分補給を堪能していく


「はあ・・・悠真、学校生活上手くいっているのかな」


先ほど、高校生活の話を聞いて思ったこと

それは、悠真の「同級生の話」が一つもなかったこと

そしてもう一つは、色々なイベントごとに関して、悠真自身が思ったことが一つもなかったこと

どこか客観的で、誰かに語る為に用意された原稿を読み上げるだけのような・・・そんな話だったのだ


「・・・そういえば、学校の行事写真を撮ってるって言ってた」


だからこそ、少しだけ客観的な感想だったのかもしれない

悠真だって主役なのだからもう少し、中心に行けばいいのに・・・せっかくの学校行事なのにもったいないな


「でも、学校・・・か」


それに関する話を明日、悠真に話さないといけない

引き出しの中に隠した、パンフレット

私と悠真が通う、土岐山ときやま高等学院の・・・入学案内みたいな、パンフレットだ

そしてもう一つ、同じ棚の中に収納された真新品の女子制服を見ながら・・・明日彼に伝えたいことを、少しだけ練習する


「・・・私も、今年度から学校に通えるらしいんだ、悠真」


声にすると、私の中にも実感が芽生えてくる

そう。最近の健康状態は・・・まあ、悪いけど・・・最後の一年ぐらいは、普通の高校生活を過ごさせてあげたいという両親が、各方面に手続きをしてくれたらしい


だから、私は最後の一年を普通の学生として、学校に通いながら過ごすことができる。制限は、ついているけれど

彼と、共に久しぶりの学校生活を送れるのだが・・・

どこか、不安に思うことがいくつかある。そんな予感がするのだ


「・・・明日、聞いてみないと」


そう思いながら、私は布団の中に入り込む

次の朝は、もう近い


・・・・・


俺は夜の宣言通り、羽依里の病室へと足を運んでいた

もちろん、手土産の水ペットボトルを一箱抱えて


「はい。悠真君、手続き終わり。もう行っていいよ」

「いつもありがとうございます」

「いえいえ。あんまりはしゃぎ過ぎないようにね」

「わかっています。羽依里には無理させませんから!」


もう何年も通っているから、看護師さんとは顔見知りになっている

そのおかげで、見舞いの手続きも色々と簡単に終わらせることができるのだ

受付で面会証を受け取り、俺は羽依里の病室へと向かって行った


「では、次の方・・・」

「はい。三階の消化器内科に入院している吹田大五郎ふきただいごろうのお見舞いで・・・ん?」


俺の次に並んでいた若い女の子は、少し怪訝そうな声を出しながら、面会許可の名簿に書かれた名前を凝視する


「・・・あの、看護師さん」

「どうかされましたか?吹田さん」

「彼、五十里悠真、なんですか・・・?」

「ええ。あ、絵莉えりちゃんも、悠真君と羽依里ちゃんと一緒の土岐山の三年生だよね。同級生?」

「・・・ええ、まあ、同級生です・・・でも」

「でも?」

「・・・あんな明るい五十里、久しぶりに見ました」


羽依里とは異なる、染め上げた金髪をサイドテールした彼女は、それを揺らしながら看護師さんの問いに答える

吹田絵莉ふきたえりが述べた言葉の真相を羽依里が知るのは、もう少し後の話だ

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