4月4日②:藤乃さんは教えてもらったことがないんですよ
羽依里との電話を終えてからしばらく
部屋にうっすらと差し込む朝日のお陰で、俺は目を覚ます
布団から上半身を起こして、大きくあくびを一回
昨日は、いつもより寝るのが遅かったし寝足りないのかもしれないな
そんな眠気を吹き飛ばすように、背伸びをする
起きて最初にすることはやっぱりこれだ。一発で目が覚める
身体が起きた感覚を覚えたら、床に散らかるノートや雑誌を踏まないように窓辺へ進み、カーテンを開けた
「あ」
「お」
ちょうど、道を挟んだお向かいさんである彼女も目が覚めたらしく、カーテンを開けるタイミングが一致する
「おはよう、悠真」
「
春休みだから会うことがないと思っていたが、流石に真向かいに住んでいる者同士
こうして朝の時間に、さりげなく遭遇することはある
五十里写真館の真正面には、貸衣装屋と呉服店を営んでいる穂月さんが住んでいる
その一人娘が、彼女・・・
自室の窓から身を乗り出し、朝日にセミロングの黒髪を照らして、無駄にいい顔面に笑みを浮かべる
「早起きだね」
「いつもだよ。藤乃こそ早起きじゃないか?」
「うん。今日は寝付きが悪かったみたい。二度寝する気にもなれないし、起きちゃったや。修了式以来だね、顔合わせるの」
「ああ。正直、春休みが終わるまで会わないと思っていたんだが」
「確かに。生活リズムも何もかも一致していないし、私もそう思ってたよ」
羽依里ほどではないが、可愛らしい外見を持っている
しかしそれだけだ。喋っている姿を知らない後輩たちからは「大和撫子」なんて言われているようだが・・・喋らせたらアウト。大和撫子はただの賑やか大好き変人へと成り下がる
けれどまあ、そういう性格が、彼女の親しみやすさの核であり、付き合いやすい部分でもあると、俺は思っている
「しかし・・・今日も凄い寝癖だね。ウケる。どうしてそんなアフロになるのさ」
「アフロじゃない。くせっ毛がうねってるだけだ」
「・・・どういう原理で成り立っているの、それ?」
「遺伝だよ。父さんも朝も同じような感じになってるし」
「親子三人でそのくせっ毛かぁ・・・美容師なおばさんでも、その寝癖は手強そう。どうにかなるの?」
「どうにかなってる。朝と父さんを見たらわかるだろう」
「・・・どうにかなってるね。悠真はしてもらわないの?」
「しなくてよくね?顔面みせてもいいこと無いし」
「まあ言えてる・・・もうあれの再来は嫌だよ「五十里君」?」
「奇遇だな。俺もだよ」
羽依里と会う時は寝癖を整えているが、普段の学校生活では寝癖を整えていない
その方が、都合がいいからだ。俺にとっても、藤乃にとっても
「でもでも、出かける時はいつも整えてるよね、寝癖」
「まあ、この姿じゃ引かれるし」
「学校でも引かれてるもんね。彼氏欲しい欲しいって言ってる女子も「五十里だけはない」って評判だよ?」
「そりゃあありがたい」
他の女子と付き合うとか考えたことがないからな
今も昔も、付き合うなら羽依里一択だ。俺の気持ちは変わらない。それ以外なんて絶対に嫌だ
「でも、あんなに外で顔面晒すのが嫌な悠真が、もっさりモードからイケメンモードに変わる理由ってなんなの?」
「言っていなかったか・・・?てか、そういう変な名称勝手につけないでもらえるか?」
「写真部ではこう呼んでる。命名は
「・・・新学期になったら文句言いまくってやる」
「うんうん。で、なんで?長い付き合いがあるけれど、藤乃さんは教えてもらったことがないんですよ。どこに出かけているのか、教えてもらいたいなと密かに思っていたり」
藤乃は、我が家の正面に住んでいるけれど・・・俺の家のお隣に住んでいる羽依里とは面識が一切無い
羽依里が入院したのは、小学四年生になる直前・・・三月の出来事だ
対して、藤乃がここに越してきたのは小学四年生になった直後・・・四月の出来事
ちょうど入れ違いになってしまった二人は、近くに家があるのに、互いの存在は知らないままなのだ
「・・・まあ、なんだ。昔からお見舞いに行ってる子がいるんだよ」
「女か!女なのか!」
「ああそうだよ。女の子だよ!これ以上は言わねぇけどな!」
「紹介しろ!」
「お前みたいなうるさい女、病院に連れて行けない。土岐山病院は面会のルールがめちゃくちゃ厳しいんだ。もう少しおしとやかに、外面イメージを崩さない振る舞いを覚えたら考えてやらんこともない」
「悠真がぞっこんな女の子は気になるけど、その注文だけは無理!拒否!あばよ!」
そう言いながら藤乃は窓を締めて家の中へ逃げていく
・・・こいつはいつもそうだ。静かにできない。いつも賑やか
けど、そういうところが気に入っている。一緒にいて楽しい
いつか、羽依里に紹介することができたらな・・・とは思っている
藤乃の性格だ。ガンガン話を進めてくれるから、気負いすることはあると思うが、話題に尽きることはないだろう
ただ、あの騒がしさだ。病院に入った後、騒いで追い出される未来しか見えない
藤乃を羽依里に紹介する日は遠そうだ、と思いつつ、俺は部屋を出て一階へ向かう
今日の予定は、羽依里の面会と水の配達
いらないとは言われたけれど、昨晩みたいなことがあったら困るし。ストックはあったほうがいいと思うから・・・
「おはよう、父さん。母さん。今日も・・・って何してるんだ」
「おはよう、悠真。大変よ」
「何が大変なんだ。父さんの体勢か?」
リビングに入ると、床に転がって腰を抑えている父さんと、それを無表情で眺める母さんの姿
その視線には、少しだけ哀れみが含まれているような気がした
「お父さんね、ぎっくり腰になっちゃったの」
「あー・・・」
「今日の仕事は姉さんたちにヘルプを頼もうと思うの。スケジュール、確認してくれる、悠真」
「あ、ああ」
五十里家は、関係者の殆どが、カメラマンを生業としている
専門は違うが、それぞれが「何かあった時」のヘルプ要員として互いを指名しており、誰かに何かがあった時、サポートに入れるよう・・・それぞれ予定と連絡先をシェアしている
カレンダーを確認して、それぞれの予定を見ていく
空いている人は・・・意外と少ない
「
「昼ね。タイミングが悪いわ・・・」
「逆に昼からなら、
「じゃあそれで」
「それ扱いするなよ・・・俺から電話して呼び出しておくよ」
「お願い。それから、悠真は慎司のサポートに入ってくれる?」
「ああ」
「すまんなー・・・悠真」
「いいって。ぎっくりとか想定外だろうし。ゆっくり休んでくれ、父さん」
・・・父さんのぎっくり腰をきっかけに、今日の予定は色々と変わってしまう
けれどこれは仕方のないことだ
慎司おじさんに連絡をして、うちに呼び出した後・・・俺は羽依里に水を届けに行く
その後はずっとうちの手伝い
・・・長い一日が、幕を開ける
・・
悠真が水を届けてくれた後
私は、そのダンボールを開けて冷蔵庫に水を収納していた
「こんなにいいんだけど・・・あ」
ダンボールの下に、メモ紙が入っていた
『今日も大好きです 悠真』
どんなに急ぎでも、お決まりは継続して行われるらしい。律儀すぎて逆に関心さえ覚える
恋文戦術は、嫌いじゃない
声で伝えられるより、形に残ったほうが・・・わかりやすいから
けれど・・・捨てにくいのが難点、だよね
よかった、目の前じゃなくて
目の前でこれをやられたら・・・振る過程でビリビリに破かないといけなくなっちゃうから
メモ紙を丁寧に折りたたみ、大事なものを入れている棚の中へ、見つからないようにしまい込む
その後、何もすることがない私は布団の中で、誰かさんを真似て自作した、眠たげなシロクマのぬいぐるみを抱いて・・・ダラダラと、一日を過ごしていった
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