4月3日:ちゃんと思い出を形に残す為に
午後七時
今日は休みで、母さんと朝が母方の祖父母の家に行っている
そして父さんは家で仕事をしていた
俺はその手伝いで家に残り、一日色々と走り回っていた
「お疲れ、悠真。今日もお手伝いありがとうな」
「いいって。父さんもお疲れ。でも、想像以上に長引いたな」
機材を直しながら俺と父さんは互いを労う言葉を掛け合う
五十里家は昔ながらの小さな写真館を細々と経営している
母さんが経営する美容院を併設しており、七五三や成人式の前撮り等記念写真を撮るのがメインの仕事と言えると思う
繁忙期でなければ父さんはフリーのカメラマンとして風景写真やモデルのポートレート写真を撮りに遠出したりと、多方面に駆け巡りつつ、父さんは我が家を支えてくれていた
「まあ、子供相手だからな・・・こういう時、母さんがいてくれればまあ、多少は短くなったかもしれないけど・・・」
「母さんに子供のあやし方聞いておかないとな」
俺の言葉に、父さんが小さく反応を示す
そして、信じられないというような表情を俺に向けながら、問いただす
「悠真、本当にうちを継ごうと思っているのか?」
「うん。俺、家の手伝いも、写真を撮るのもまあ、好きだし・・・いつか、乗り越えられたら、後継のこと、考えたいんだ」
「そうだな。うちは人の生きた時間の一部を残す仕事をしている。お前が「あのこと」を気にしてるうちは・・・うちは継がせられないからな」
「・・・わかってる。けど、どうしても」
父さんがいう「あのこと」
それは・・・かつて羽依里が生死の狭間を彷徨った時のことだ
羽依里の両親は海外によく行く仕事の関係で、家族で過ごす時間がとても少ない
金持ちだと言っても毎月の入院費用はとても安いとは言えない
それを稼ぐ為だ。多忙なのは仕方ないとは俺は思う。羽依里だって、わかっている
家族の時間を頑張って作ってはいるけれど、家族写真は極端に少ない
その時は、ちょうど羽依里の両親がなかなか日本に帰ってこれず、当時の羽依里の写真が少なかった頃だ
俺は小さい頃から父さんの影響でカメラを持ち歩き、風景と羽依里をメインに写真を撮っていた
羽依里の笑顔が一番好きだった俺は、羽依里が笑うその瞬間を何度も写真に収めていた
それは、父さんも羽依里の両親も知っていた
だから、だった
羽依里がもしかしたら死んでしまうかもしれないという状況に陥った時に、言われたのだ
羽依里の両親に、俺が持っている羽依里の一番いい写真を、遺影の写真に使わせて欲しいと
その言葉に動揺した俺は、そのままぶっ倒れたと父さんから聞かされていた
羽依里の両親からは、配慮に欠けていたと謝られたし、今も普通に関係性を持てている
けれど、それからの俺は「羽依里の写真を撮ること」というか「人の写真を撮ること」に抵抗を覚えるようになって、今では人物写真から少しだけ足を遠ざけてしまっている
「お前の場合、羽依里ちゃん相手だったのが未だに引っかかっている理由かもしれない。わかっていて時間経過で治ると思っていた俺も悪いな。ちゃんとケアしてやらなかったんだからさ」
「・・・」
「悠真。お前の気持ちもわかる。けど、逆に考えてみろよ」
「逆?」
父さんは俺と肩を組んで、少し乱暴気味に頭を撫でる
親子として師弟として、父さんが何かを語る時の合図だった
「そう。逆だ。だって、その人にとって最期の写真に選ばれるなんてさ・・・人物写真をメインにしている写真家としては、名誉なことだと思わないか?その人らしく、そして最期を飾るのにふさわしい写真として選ばれたんだからさ」
「・・・そうかな」
それでも曇る俺に、父さんはため息を吐く
そして、何かを閃いたようで少しだけ悪い顔をした
「じゃあ、言い方を変えようか」
「なんだよ」
「お前、俺や別のカメラマンが撮った羽依里ちゃんの写真が、白咲さんたちが遺影に選んだらどんな気持ちだ」
「俺の写真が一番羽依里らしいのに・・・」
父さんはその言葉が聞きたかったと言うように、口角を上げる
「ほーん、最近の羽依里ちゃんの写真撮ってないのによく言うよ」
「・・・・」
「いてっ!?無言で腹に肘入れんなって!」
父さんの腕から逃れた俺は、別のところに運ぶ資材を片手に、スタジオから出る階段へ向かう
「悠真、怒ったか?」
「怒ったけど、父さんのおかげで何となく目が覚めた。ありがとう。これ、倉庫に持って行っとくから後の掃除よろしく」
「お、おう?」
早足で階段を駆け上がる
父さんが気付く前に、俺は外にある倉庫の方に向かって行く
「ああ!?さりげなく一番大変な掃除を押し付けられた!?勘弁してくれよ悠真ぁ!?」
先ほどまで格好いいことを言っていた父さんの情けない声を背に、小さく笑いながら
・・
午後七時
ゆっくりと日が暮れていくのを一人、病室から眺めていた
今日は悠真が遊びにこなかった。多分、家の手伝いだろう
小さい頃から悠真は「お父さんみたいなカメラマンになる」という夢を語っていたけれど・・・あのことがあってからは、カメラを首から下げなくなり、写真を撮ることから離れてしまった気がする
おばさんたちの話だと、風景写真をメインに撮るようになったと聞いている。だからカメラからは離れていないんだろうけど・・・
「・・・本当に申し訳ない」
お父さんも、私が死んでから遺影の写真の話をしたらよかったのに
そしたら、私が死んでしまうかもしれないと、不安になっていた悠真に追い討ちをかけるように傷つけることはなかったと思うのに・・・
なんて、昔のことをああだこうだと言っても、望んだ未来にはたどり着けないけれど
「・・・あ、電話だ」
噂をしたらというのだろうか
悠真から電話がかかってくる。私はサイドテーブルに置いていたスマホを手に取り、通話を開始した
「もしもし、悠真」
『ああ、羽依里。よかった、元気そうで。今日は来れなくてごめんな?』
「別にいいよ。家の手伝いでしょ?」
『なぜわかった』
「悠真が来ない時は、大体風邪を引いたか、家の手伝い。昨日は元気そうだったし、今日は土曜日だから家の手伝いの方かなって思って」
『ああ。その通りだ』
電話越しから、何かを切る音がする
夕飯を作っているのだろうか。わざわざハンズフリーにして・・・その後でもよかったのに
それとも、早く話したいことがあったのだろうか
「ところで、昨日はどうだったの。肉まん」
『帰った頃にはもう母さんは別の気分で、肉まんは俺と朝と父さんで食べたよ。俺の奢りで』
「そうなると思った。じゃあ、帰った時のおばさんは何の気分だったの?」
『小籠包の気分だと・・・。大きさ違うだけじゃね?って言ったら生地の厚さが違うわ!?って怒られた』
「大変だね・・・」
おばさんは、仕事は忠実だけど色々と気まぐれな人だ。悠真はそれによく振り回されている
けれど、おじさんや朝ちゃんから聞いたことがないので、悠真で遊んでいるだけの可能性もあるけど・・・
「ねえ、悠真。久しぶりにおばさんと話したいの。近くにいる?」
『ごめん。今日の母さんと朝は五十里の本家にいる。ここには俺と父さんしかいないよ』
「それは残念。おじさんは?」
『スタジオのお掃除押し付けてきた。大変だから嫌なんだよな』
「大変ってわかっているのなら、お父さんを手伝ってあげたほうがいいよ」
『えー・・・けど、機材が少し動いてただけで父さん不機嫌になるしさ。だったら自分でしろよってなるからこれぐらいでいいんだよ』
「それでも」
『しょうがないなぁ・・・夕飯作り終えたら手伝いに行くよ』
やっぱり、夕飯を作っているみたいだ。一体何を作っているのだろうか
「今夜は何を作っているの?」
『うどん。俺が凝った料理を作れると思っているのか?』
「悠真ならできそうだけど」
『得意不得意あるに決まってるだろ。冷凍うどんを解凍して、出汁は粉末をお湯割り。ネギと蒲鉾を切る程度しかできない』
「それだけできるだけ、十分な気がするけど」
『そう言ってくれるのは羽依里ぐらいだぞ・・・母さんたちにはもう少しできるようになれって言われているんだから』
「できない私より、ずっとできていると思うよ、悠真」
『・・・羽依里。何かあったのか?』
声のトーンの違いで、何かを読み取った悠真は手を止めたようで包丁の音がしなくなる
「何でもない!」
ただ、誰かのためにご飯を作る・・・一度でもいいからしてみたいなとか思っていたとか言ったら笑われるかもしれない
それに、悠真が来てくれない日はとても珍しい
会えない日は、少しだけ心が重くなる程度には・・・寂しいのだ
『羽依里』
「・・・何?」
『明日は一日時間を作るから』
「べっ、別に寂しいとは言ってないでしょう!?」
『やっぱり、寂しかったのか』
「・・・寂しくないもん」
『素直じゃないなぁ、羽依里』
「いいよ。素直じゃなくて」
『そういうところも好きだぞ。羽依里』
「・・・素直になろうかな」
『素直な羽依里も俺は好きだぞ』
「・・・全方位死角なしか。私なら、何でも好きそう」
『その通り。羽依里なら何でも好きだ』
「ああいえばこういう・・・」
少し腕が疲れてきたから、私もハンズフリーモードにして枕元にスマホを置く
横になって、悠真との通話をのんびり続けた
『まあ。それは置いておいてだな。羽依里。聞いて欲しい話があるんだ』
「何?」
『羽依里がさ、中学生ぐらいの時にやばくなった時あっただろ?』
「あったね。私はそれでも今を生きているけれど」
『その時から、俺は羽依里の写真を、人の写真を撮るのが怖くなってさ・・・』
「やっぱり気にしてたんだね・・・ごめんね、悠真。お父さんが」
『気にするなよ。けどさ、今日父さんから色々言われてさ。その詳しい話は、明日するとして』
深呼吸を何度かする音がする
そして、ここだというタイミングを彼なりに見計らい、そのタイミングで彼の心の中にあった言葉を声として形にしてくれた
『隠してたんだけど・・・俺、部活動の一環で行事記録係やってるんだ。「人の写真を撮るリハビリ」も兼ねてな』
「そうだったんだ」
『ああ。他人なら気分は悪くなるけど、前よりはマシになってきたんだ。でもやっぱり気持ち悪くなるから、高校を卒業したら・・・風景専門に切り替えようってずっと考えていた』
「そうなの?」
「ああ。でも、父さんと話をして・・・改めて思った。これからも続けて、いつかはちゃんと撮れるようになりたいと、今は思ってる。これからも頑張る。いつか昔のように羽依里を撮るために』
「本当?」
『本当だ』
おじさんから何を言われたかは明日聞こう
けれど、生きている間にもう一度カメラを持つ悠真を見られるとは思っていなかった
自分のことのように嬉しくて、若干興奮気味になってしまった
少し恥ずかしいけれど、それを隠す余裕もないほど嬉しい
「よかった。よかった・・・本当に・・・!」
『泣くなよ羽依里・・・喜んでくれるのは嬉しいけどさ』
「泣いてない!」
目元近くに浮かんだ「汗」を拭いながら、反論を返しておく
これは汗!決して、涙じゃない・・・と、言っておこう
電話越しなんだから、わかりやしないだろうし
「詳しい話、明日聞かせてね」
『ああ。また明日な。羽依里。それじゃあ今日はここまでで。ゆっくり休めよ?』
「うん。おやすみなさい。悠真」
おやすみの挨拶をした後、電話は切られる
私はスマホを再びサイドテーブルに置いた後、枕元のペンちゃんを抱きしめて、明日が来るのを静かに待った
これほどまで、明日がくるのを待ち遠しく思ったのは、久しぶりだった
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