才能取引所

夏伐

第1話

『下手なくせにネットにアップしてんじゃねぇよ』


 イラストサイトに投稿した絵にそのコメントが届いたのは数日前のことだった。


 数年経っても20人が見るくらいの、誰にも見向きにされないイラスト描き、それが俺だった。


 今まで下手でも時々『いいね』をもらえることがあった。それがモチベーションへとつながった。

 毎日少しずつイラストを描いていき、少しずつ上達していった。


 だがあの一言を見た瞬間に、ペンタブレットの前で手が震えるようになった。


 画面に向き合ってペイントソフトを開けば、真っ白な画面に襲われる。


 俺は、最近テレビで話題になっていた『才能取引所』に行くことにした。


 そこは人間の『才能』を取引できるところで、才能をトレードしたり、金で売り買いもできるというのだ。


 休みの日にさっそく電車を乗り継いで、『才能取引所』に行くと、そこはまるで市役所のような施設だった。順番待ちの紙を持って、番号が呼ばれるまで待つ。


「8番の方、こちらへどうぞ」


 受付の女性に呼ばれ、俺は4番窓口に行った。

 パイプ椅子に座り、テレビで見た取引所の説明を聞く。


「それで本日のご用向きは?」


「自分に才能があるか、分からないんですけど……その、絵を描く才能を処分したくて」


「少々お待ちください」


 女性は古い型のPCに、俺の情報を打ち込んだ。


「絵を描く才能……に、該当する才能はありますね。『諦めない才能』です」


「諦めない?」


「これは一応、聞かなければいけないことなのですが、無料で処分も出来ますよ」


「処分ですか? ……売るのではなく?」


「えぇ、自分の才能を手に入れて他人が成功するのを見たくない人は多いんです」


 女性は困ったように言った。俺は少し考える。

 諦めない才能、俺はそれのせいで下手な絵にずっとこだわり続けていたのか、才能もないくせに。


 俺は小さい頃から、ずっと絵を描いていた。もう二十年以上になる。

 それでも上手くはなかった。好きだったが、でももう心が折れてしまった。


「――処分してください」


「これを、処分するのですか?」


「えぇ」


 そうして、俺は自分の『諦めない才能』を処分した。


 今まで絵に使っていた時間で映画に行ったり、旅行に行ったり、本を読んだり、水族館に行ってみたり。ごろごろネットサーフィンをすることもあった。


 そんなある日、放置していたイラストサイトからの通知がメールに届いていた。


『あなたにコメントが届きました!』


 どうせまた、下手だなんだというコメントだろう。そう思いながらもメールについていたサイトへのリンクをクリックした。


『かわいい』


 ありきたりなネコ耳少女を描いたイラストに、そんなコメントが届いていた。そして放置している間に、たくさん溜まっていた通知には、少ないながらも『いいね』が届いていた。


 俺はそれを見て、久しぶりにペンを手に取った。


 前は自分が納得するまで描くことを止めなかった。

 でも、今はある程度描いたら「まぁいいか」と思い、そのままサイトにアップする。


 それに、前よりも楽しいと感じることがない、ような気もする。


 才能取引所に行ったのは、それからすぐの事だった。

 また番号を呼ばれるまで待っていると、運よく同じ担当者に当たった。


「本日のご用向きは?」


 女性に聞かれ、俺は言った。


「処分した才能を、返してもらいたいんですが……」


「少々お調べしますね」


 女性はそう言って俺の個人情報を型落ちPCに打ち込む。少し待っていると、女性は表情を明るくした。


「あぁ、お客様、この間の!」


「あ、はい。……へへ」


 何とも居づらくて、恥ずかしい気持ちを笑って誤魔化した。


「才能の返却ですね、手続きはあちらになります。本当に良かった、末日にまとめて処分していたんです!」


 あと数日でシュレッダー行きだったわけだ。危なかった。


「諦めない才能ってそんなに珍しいんですか?」


「珍しいし、欲しい人も多いですよ」


「売ったら高いんですか?」


「売りますか?」


「いや、返してください!」


 女性も冗談だったようでクスクス笑う。俺は、書類をもらって別の窓口へ向かった。


 家に帰ってからPCの電源を付ける。

 ペンを持ち、ペイントソフトを起動した。真っ白い画面が襲い掛かってくる。そこに脳内を出来るだけ再現していく。


 そうして出来たイラストをサイトにアップすると、すぐにコメントがきた。


『才能ねぇな、やめろよ下手くそ』


 俺は、そのコメントの下にある削除ボタンを押した。『削除しますか?』メッセージの下に現れた『OK』ボタンを押す。


「確かに絵の才能はないけどな、俺には別の才能があるんだよ」


 画面に向かって俺は言った。誰にも届かない言葉は、才能取引所に行ったことにより得た確かな自信から生まれていた。

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