夜のサーカス

つばきとよたろう

第1話 夜のサーカス

 眠れない夜は、部屋のカーテンの隙間から漏れる明かりのように外へ出てみたくなる。どの家も、みんな布団に入って眠りに就いているのだと考えると、何か悪戯しているみたいで胸が躍る。足音までもが暗い景色に響いて、ぼくの心臓を鼓舞する。夜道の一歩一歩の音が頭の中に入ってくる感じがした。飛び石のように照らす外灯の明かりを点検するみたいに進む。人家の部屋もマンションの一室も明かりを点していなかった。ぼく一人が貸し切りの夜の風景を堪能できた。今宵はどんな演目が上演されるだろう。どこまでも歩いていける気がした。

 暗がりから夜鼠の親子がこそこそと飛び出してきた。こんな夜中に引っ越しでもするのだろうか。夜は天敵の日向猫もいないはずだ。すぐに暗闇に紛れてしまった。闇に紛れるのは、彼らの得意なことだ。

 家の壁の掲示板に、おかしな張り紙を見つけた。それはぼくの子供心をくすぐった。夜のサーカス、場所小さな公園、深夜0時より開演。それを知ったのと同時に、どこかで楽しげな笛の音が聞こえてきた。人を踊らせる奇妙な音だった。ぼくは、その音色に誘われるように歩いた。道を曲がってどんどん路地へ入った。暗い道もその音を聞いていれば、不思議と平気だった。

 明かりが見えた。小さな公園の明かりだ。ひっそりと静かな夜を照らしていた。公園には大きなテントが張ってあった。夜のサーカスのテントだ。入場料は葉っぱ三枚だった。ぼくは木の下で拾った葉っぱを、ドキドキしながらテントの前にいた覆面の男に渡した。入口が開いて、中に招き寄せられた。中に入ると、そこは満天の星空だった。テントに小さな穴が空いて、星の光を取り込んでいるのだ。空中ブランコ、猛獣の火の輪潜り、ピエロの小芝居、玉乗り。見たことのない夜の動物の曲芸が繰り広げられた。ぼくは片時も目を離さず、その曲芸に夢中になった。手を叩き、歓声を送った。

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夜のサーカス つばきとよたろう @tubaki10

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