第二話 聖剣

 「……ん?」

 「やっと目覚ました?」

 「うーん、ん。んん? んんん!?」


 僕の渾身の右ストレートが炸裂したことで、アレクはしばらく気を失っていた。

 また命を狙われるわけにはいかな。僕は荷物にあった紐でアレクの手足を縛っておいた。


 「なあクロト。俺ら齢も近そうだから仲良くなれそうじゃん」

 「同じ村で過ごしたりしたら多少はね」

 「生まれた場所は仕方ないけど、今からでも友達になれるよ」

 「友達なら命を狙ったりしないでしょ?」

 「あれはちょっとした遊びだよ!」

 「あと少しで僕は死んでたんだよ!?」

 「スリルがあって俺が好きなんだよ。クロトがそういうの嫌いって知らなかったんだ」

 「初対面の人にそういうことをするのはよくない」

 「いや、でもさ––––」

 「どう考えてもダメだろ!」

 「……そ、そうだよな」


 言葉が出ない、アレクとの会話で僕は唖然としていた。ネロ叔父さんに合わせたらきっとアレクは叱られている。

 まだ雨はやまないけど、それでも家から追い出さないのは「どんな人間でも愛しなさい」というミオ叔母さんからの教えを忠実に守っているだけ。


 「アレク。僕が持っている剣なんだけどね、これは僕のものではないと思うけど、盗んだわけじゃないんだ」

 「おんなじ村人出身なんだろ? だったらどうしてそんなに高値で売れそうな剣を?」

 「多分……空から降ってきた」

 「頭おかしいんじゃねーの?」

 「事実なんだ! オークが現れて命が危なくなった時に、この剣に守られたんだ」

 「神様からのお告げか、それともお前が何かしらの英雄の末裔なのか。まあ……実際にその剣はちょっと曰く付きだろうね」

 「う……」

 「さっき俺の短刀を破壊したのは、その剣だろ。剣が自発的に行うなんてあまり聞いたことはないけど、あるとすれば剣聖が使ってた剣かもな」

 「け……剣聖!?」


 スタト村で過ごしていた時に教育の一環で英雄達の話を聞いたことがある。でも、十年程前に英雄の全員が姿を消して、それをきっかけに魔王が世界を侵略し始めたんだ。

 姿を消した英雄の一人、剣聖ニフロイ。金色の風を纏う剣で悪を切り裂き勇者達と共に世界を守っていたそうだけど、まさかこの剣がそうなのか?


 「し、知らないよ! 剣聖なんて!」

 「顔に出てるぜ。この世界の人間なんだから英雄伝説ぐらいは習うだろ」

 「ぼ、僕は異世界から来たんだ!」

 「いやあ、無理があるだろ」

 「仮に剣聖なら、その人がいないのに剣だけが現れるなんてありえない!」

 「だが実際に剣が降ってきたなら、剣聖はもう死んでるのかもな」

 「そんな、剣聖ニフロイがもう死んでるなんて言うなよ!」

 「その名前知ってるなら、やっぱこの世界の人間じゃんか」

 「う……あーもう!」


 手足を縛って身動きも取れないアレクに馬鹿にされて僕は腹立たしい。魔族じゃないから剣で斬るわけにもいかないのに、今からでも斬りたい気分だ。

 初めは僕が見つけた家とはいえ、アレクとは気が合いそうにない。旅の支度を済ませた僕は、干してあるマントを拝借して扉を開ける。


 「僕を殺そうとしたのは、このマントを拝借することで許すよ! だから僕が出て行くから。次に会った時に覚えていたら返すから!」

 「待ってくれ! せめて拘束ぐらい解いても––––」


 バタンッ!

 ガンッ!


 怒った僕は勢いよく扉を閉めると、それを蹴って感情をぶつけた。忌々しい奴め。だが、これでアレクと会うことはないだろうと思うと清清する。

 (アレクが別で盗んだ)マントを拝借した僕は、マントで雨を避けながら再び外へ出る。少し雨は弱くなったかな。これならしばらくは歩けそうだ。緑が生い茂る木々に囲まれている家を飛び出した。


 トボトボ。アクアレナ王国がある方角へと向かう。今日中にどこか宿でも見つかればいいと考えながら少し歩いた。

 

 遠くで奇妙な声が聞こえる「ギャハハハ!」。なんだこの奇妙な声。魔族? 僕は身構える。


 「あれはゴブリン!?」


 三匹のゴブリンが木に隠れていた。僕を標的と捉えたゴブリン達は棍棒を構えて僕に襲いに来る。


 「この前みたいにやれば……」


 剣術なんて習った事ないけど、男ならやるべき時は動かないと! 僕は剣を抜刀した。距離を取りながらコンビネーションを図ろうとするゴブリン。時間差攻撃を仕掛けてくるが、全部倒すまで!


 「こんのっ!」


 飛びかかってくるタイミングで剣を振りかぶり、縦に真っ二つ。一閃の輝きの後ゴブリンの血飛沫が空を舞った。時間差で襲いかかるゴブリンも恐れをなしたが、宙にいては相手も止められない。僕は真横に薙ぎ払うように二匹目を両断した。


 「どうだ! 伊達に農作業で鍛えてないぞ!」


 おそらく鍬を横に薙ぎ払えばネロ叔父さんに怒られるけど、今はそんなことを言ってる場合じゃあない。もう一匹ゴブリンが残っている。


 「あ! 待て!」


 そのゴブリンは、クロトに恐れをなして別の方向へと逃げる。その視線の先には––––。


 「アレク!」


 あの家の中には僕が手足を縛って動けないアレクがいる。無防備なところを襲われたら死んでしまう。––––ちっくしょお! 一目散に駆け抜け玄関の扉を開けようとしているゴブリンに追いついた。


 「セイヤッ!」


 ゴブリンの死角を突いた僕は、脳天からゴブリンを真っ二つにした。勢い余って自宅まで破壊してしまう一撃を繰り出したしまい、家ごと真っ二つだ。


 「アレク!?」


 やばい––––いや、僕を殺そうとした人間だ。どうだっていいが、流石にあの一撃で死んだか?

 壊れた玄関を蹴り飛ばすと、そこには既に拘束を解いたアレクが部屋の片隅で転がり斬撃を回避していた。


 「クロト! お前……やっぱ俺を殺す気だったんじゃん」

 「違う」

 「そのゴブリン。俺を助けにきたのか?」

 「アレクを動けなくしたのは僕だから、流石にかわいそうかなって」

 「盗賊なんだから縄抜けぐらいは慣れてるよ。まあ、ありがとな。しっかし、その剣はやっぱ普通じゃないな」


 興味津々に僕の剣を見ているアレク。多分この剣を奪って高値で売ろうと考えているのか? 僕はつい剣をアレクに向けて構えた。


 「なんだよ!」

 「いやいや、戦うんじゃない。クロトはアクアレナに行くんだよな?」

 「それがどうした?」

 「お詫びだ。俺が道案内してやるよ」

 「は?」


 剣を振りかぶるクロトを見てアレクは両手を差し出し制止した。


 「だからちょっと待てって! さっきも言ったが、アクアレナはあちこちやられているから、入国制限も厳しいんだよ! でも俺は抜け道を知ってる。俺がいないと中に入れないぞ!?」

 「……くそっ」


 僕はアクアレナ王国に行ったことがない。正直アクアレナが今どうなっているのかも知らない。アレクが嘘をついている可能性だってあるわけだ。


 「どこから入るんだ?」

 「教えな––––待て待て! 地下道だ!」

 「地下道だね。ありがとう」


 質問の返事に合わせて剣を振りかぶる。それを見たアレクは慌てて反射的に答えてしまった。

 僕はアレクからの手がかりを聞いた後、マントを投げて彼に返すとそのまま家を出た。アクアレナ、地下道。増えたヒントを忘れず覚えたクロトはただ一人で大地を駆け抜けた。


 「ったく、ビビらせんなよ」


 一人取り残されたアレクは立ち上がりマントを再び身に纏うと、遠くを走るクロトの背を見つめる。


 「あいつなら使えそうだな。ちょっと追いかけるか」


 気づかれないようにだが、アレクもクロトを追いかけてアクアレナ王国へと向かうのであった。

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