第三話 アクアレナへの旅路①

 雨がやまない日だ。スタト村を出発して三日経っただろう。

 僕はスタト村でオーガを倒して以降は、モンスターと遭遇していない。運よく王都アクアレナまで半分が過ぎた。


 「雨。やまないかなあ」


 ポツリと呟く。僕は鞄を下ろして誰も住んでいない民家で雨宿りをしていた。


 「きっとこの家の人も魔族を恐れて逃げたんだろうな」


 先日のオーガ。怖かった。でも、今まで鍬で倒したゴブリンやオークだって正直怖い。

オーガ相手なら、この剣がなければ僕もすぐに死んでいたのかな。

 一体この剣はどうして僕の前に現れたんだ? 神様が偶然僕を助けてくれたのか? 分からない。


 「誰もいないな。誰かいないかな」


 スタト村でネロ叔父さん達と離れ離れになってから、三日間誰とも会っていない。モンスターに対する恐怖と同様に孤独も嫌だ。

 王都アクアレナには人はいるのか。誰でもいいから誰かと話したい。


 コンコン!


 「誰だ!」


 玄関の扉をノックする音。僕は咄嗟に剣を手に取り叫んだ。


 「すみません! 雨が降ってきて雨宿りをしたいのですが」

 「モンスターでは……ないな。今開けます。ちょっと待ってて!」


 男の声。それにしては幼い? 僕は左手は剣から離さず、右手で恐る恐る扉を開く。目の前に現れたの人間に目線を合わせた。


 「どなたですか?」


 彼は赤毛の短髪で僕より背が少し低くて、年齢も近そうだ。

手に取る布で雨を避けたのか。外から見るに布製の服を纏う軽装備。

鎧も着ずにモンスターがいるかもしれないこの土地で、一人きりなのか?


「いやー、雨が降ってきて参ってたんだ。ありがとう」

「いいえ。僕の家でもないけど」


物腰柔らかで柔和な表情。

敵意はなさそうで、こんな子が一人なのか?

彼は自然な足取りで家へ入ると挨拶をした。


 「俺、アレク」

 「アレクは一人なの?」

 「そう。村を魔族に襲われて、一人で逃げてきた」

 「君も……家族はどうしたの?」

 「物心ついた頃から親はいないよ。兄弟みたいな奴らと過ごしてきたけど、あちこち逃げた」

 「そっか……僕と同じだな」

 「同じ?」

 「うん。そんなことより、風邪引いちゃうよ! 僕の家じゃないけど中に入りなよ!」

 「いいのか?」

 「雨降りなのにほっとけないだろ」


 僕はアレクを中へ入れると外を警戒した。魔族は……いないみたいだな。アレクについてきてこの前みたいなオーガがでないか心配だ。

 

 「せっかくの服が雨で台無しだよ」

 「どういうこと? 濡れたから?」

 「……そうそう。貰い物なんだ。まあすぐに乾くだろうけど」


 雨避けのマントを適当なところで乾かすアレク。意外にも自然な流れで家に入った。慣れた手つき––––もしかして、この家はアレクの家? でも、さっきはそんな風な話し方ではなかった。


 「お前の名前は?」

 「僕はクロト」

 「じゃあクロトって呼ぶよ。一人なの?」

 「そう」

 「ずっとここに住んでるのか?」

 「いいや、空き家だったからアレクと同じように雨宿り中。アクアレナ王国へ向かうんだ」

 「へぇー! アクアレナか。そいつは大変だな」

 「なんで大変なの?」

 「つい先日、王都アクアレナにモンスターが襲撃したらしいぜ。水の都って呼ばれてたのに、あちこちやられて、今は修復中だったかな」


 ユヴェリアの守りはどうしたんだ? いや、迂回して進んできた可能性もあるか。

それに飛行出来るモンスターにも警戒しないといけない。


 「アレクはアクアレナに最近までいたんだ?」

 「あー。……いや、昨日旅人から聞いた話だよ。俺は行ったことない」

 「ふーん」


 アレクには言葉が巧みな印象を受ける。僕とはちょっと違った性格なのかな。

 質問すると目を逸らす癖がありそうだ。ひょっとするとアレクは嘘をつきやすいのか?


 よく見るとアレクは腰に短刀を装備している。丸腰ではない、先程のマントのかけ具合といい、田舎者の僕とは違って旅にも慣れているのか。


 「そういえばアレクさ––––っ!」


 僕は完全に油断していた。


 スッ!


 「動くな」

 「な……」


 人間観察を悠長にしていた僕が悪い。迂闊だった。見知らぬ人間を安易に家に招いて世間話だけなんて都合のいい話はない。

 一瞬目を離した僕の隙を見逃さず、アレクは腰の短刀を抜いて僕の喉元に突き立てる。

 先程の呑気な口調ではない、殺意が籠った「動くな」。帯刀している剣を抜く暇もない。


 「よく見ると高そうな剣を持っているな。クロトは王族か何かか?」

 「ちがう」

 「どこかの村育ちなのは服装や鞄を見て分かるぜ。俺と同じだ。ってことはこの剣も俺と同じでどっかの国から盗んできたんだろ?」

 「お、同じ?」

 「嘘つくなよ、話が噛み合わねえな。俺は一匹狼の盗賊。ゴミみてえな育ちの俺らがそんな高値で売れそうな剣を持てる訳ないだろ?」


 喉に剣尖が触れている。少し動かすだけで僕の喉笛は切り裂かれる。

 アレクの顔は真剣そのものだが、少し寂しそうな顔をしている気がした。


 「ま、待って! この剣は」

 「譲るから命は見逃してとか言うのか? 俺はクロトを殺してからその剣を貰うぜ」

 

 だめだ。僕の声はアレクには届かない。逃げれない。

 ネロ叔父さんやミオ叔母さん達と再会する前に僕はここで死んでしまうのか?


 「さよならクロト」

 「っ!」


 言葉と同時に腕を伸ばそうとするアレクを見て僕は死を悟った。さよなら。

 キィン! だがアレクの短刀が僕を喉笛を切り裂くことはなかった。甲高い音が聞こえたかと思えば、アレクの短刀は付け根から刃が床に落ちていた。


 「な!?」


 驚愕しているアレク以上に、僕も驚いている。

僕は何もしていないけど、理由はなんとなく想像できた。

だが今はそれを話す暇がない。助けられたと思った僕は、そのまま右手の拳でアレクの左頬をぶん殴る。


 「このっ!」

 「ぶっ!!」


 ネロ叔父さんが言っていた。男ならば戦いに備えて体を鍛えろ。

 叔父さんに習いしっかり鍛錬した僕の渾身の右ストレートが炸裂した。

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