第一話 スタト村

 遠目に二体のオークが灰になる様を見ながら騎馬に体を預けながらひたすら僕は騎士に連れられて森を脱出した。

 モンスターがいない、だだっ広い草原。

つい先日まで命を失いかけた僕は気持ちの良い太陽の光や風を受けることができた。


「君の鍬、置いてきてしまったな」

「いえ、助けていただいてありがとうございました」


騎馬が止まったところで僕はゆっくりと降りると、甲冑姿の騎士に感謝した。


「僕、スタト村のクロトと言います」

「そうか。私はエリー」

「やっぱり女の人」

「何? 悪いの?」

「いえ、甲冑かっこいいなって」


重厚感のある甲冑を纏っていたのが女性だとは思わなかった。

兜を脱ぐと、腰まで伸びる金色の髪が美しい。

思わず見惚れてしまいそうになる僕を、彼女は質問攻めした。


「どうしてあの森に?」


僕が鍬一本でモンスターが蔓延る森に入っていたことに驚いている。

嘘をつかなきゃいけない理由もないし、僕は事情を話す。


「生命薬草を取りに森へ」

「ほう。病に倒れた者の痛みを和らげ僅かに延命させる薬草か」

「よくご存知で」

「薬の調合には正確な知識と、魔力も必要だが」

 「僕のミオ叔母さんがよくやってて」

 「(元々魔法使いなのか?) 服装からして君はどこかの村の子だろう。どこの村だ?」

 「スタト村です」

 「(あの村に高度な魔法や調合ができる人間がいたのか?)……」

 「あのー……」

 「なんでもない。それにしても、君は一人か?」

 「はい」

 「モンスター相手に戦う姿を見て、勇気があるな。誰に教わった?」

 「えっと、叔父さんから」

 

 僕は育ての親であるネロ叔父さんの為にここへ来た。

 エリーは……信じてくれているかな。

 村からほとんど出たことがないから、ミオ叔母さんが生命薬草の調合ができることが珍しいことなのかなあ?


 「ぼ、僕、モンスターが出ても勇気を出して戦いなさいって叔父さんから教えて育てられていて」

 「鍬とはいえ、狙いどころも見事だった」

 「そ、そうかなあ。よかった」

 「君のように勇気を持った行動をできる人間は、すぐにでも兵士として戦場へ出るべきだと私は思う」

 「え?」

 「……すまない、今の言葉は忘れてくれ。だが勇敢に立ち向かい、立派だった」


 僕が兵士? ネロ叔父さん達からは守れるぐらいにはなるようにと育てられたけど、兵士になれとは一言も言われたことがない。

 エリーはハッとした顔をすぐに直して詫びるように僕を称賛している。

 この人……何か戦場で嫌なことがあったのかなあ? たとえば。


 「エリーさんは、どうして戦場へ行くのですか?」

 

 誰かを失った、とか。守れなかった、とか。

 僕に言われて走馬灯のようにエリーの脳内で記憶が蘇りつつあったけど、彼女はそれを隅へと追いやって僕へ視線を向ける。


 「私は魔王ヤマタイを討伐する為に戦うよ」

 「ヒノクニにいる魔王……」


 明確で長く続く戦いに終止符を打てる内容だ。

 彼女の瞳は真剣で、でも復讐心があるかのような哀しい顔をしていた。


 「その為に森で少しモンスターを倒し鍛錬を積みながら、ついでに薬草を取ろうとしていたところ」

 「……すみません、普通の薬草も最近僕が取っちゃってて」

 「いいよ、気にしない。たった一人でモンスターの巣窟に来るなんて、やっぱり君は勇敢な男だよ」


 年齢もあまり変わらない彼女に言われて、姉が弟を讃えているような感じだ。

 僕は恥ずかしくて、つい頭をかいた。


 「私は行くね。今はユヴェリアという街で、しばらくの間モンスター狩りで雇われることになって、向かう最中だった」

「スタト村からそんなに遠くない……でも」

「ここアクアレナに迫る脅威、対モンスターの最前線というところ。じゃあ行くね」


 エリーは手綱を引いてユヴェリアへと向かう。

 その後ろ姿は堂々としていて、僕なんかよりもかっこよかった。


 この時出会った彼女が、後に一緒に戦争を集結させる旅の仲間。

 失踪した勇者ジャヌアの娘、エリザヴァンヌ・ブレイサムだと僕はこの時は知る由もない。


 ◆◆◆

 

 エリーと別れた僕は走ってスタト村へと帰った。

 三十人の小さな村では僕がいなくなったことで皆んな心配していた。

 ごめん……僕はネロ叔父さんの体が心配で、黙って森へ行ったんだ。


 「バカ! またモンスターのいる森へ一人で行ったって!?」

 「ミオ叔母さん……ごめん」

 「村中の皆んな、あんたのこと心配したんだよ! 家に帰る前にちゃんと謝ってきなさい」


 言われるがまま、僕は村の人達に謝り怒られた。

 気持ちは分かるけど……と、言われても平手で叩かれたり。

 ミオ叔母さんに言われた通り村中を回った後に家へ帰ると、ネロ叔父さんは横になって僕を待っていた。


 「ただいま」

 「……クロト。あまり無茶をするでない」

 「でも」

 「薬で誤魔化せても、わしはもう長くはない」

 「そんなこと言わないでよ」

 「……大仕事じゃ。村の者には話したが、全員でスタト村を出て王都アクアレナへと行こう」


 ネロ叔父さんはモンスターが増えてきたことを気にしていた。

 スタト村はアクアレナという国の中にある小さな村。

 その隣国であるドツグリルという国を魔王ヤマタイに命じられたモンスターに支配されてしまい、アクアレナにも危機が迫っている。

 エリーが向かったユヴェリアはドツグリルから南下するモンスターを止める守りの要。

 もしもそこを落とされたら今度こそスタト村も危ない。


 「アクアレナなら、もっと有名な治療魔法を使える人がいるかも……叔父さんの体もきっと」

 「無駄だろう。婆さんに治せないなら治せない」

 「そんな!」


 僕は情けない顔をして目から込み上げるものを止められなかった。


 「クロト! 男なら泣くでない」

 「でも」

 

 それでも、両親がいない僕をここまで育ててくれた人が苦しむ姿を見たくはない。

 きっとアクアレナなら、すごい治療魔法を使える人がいるんだと信じている。


 村中でアクアレナへの大移動の準備は行われていた。

 特別向こうでの住める場所があるのか、何も保証はない。

 それでも男は戦い、女は炊事に従事して国を支えることをしっかりと統治する王女へと伝えて、アクアレナへの移動を懇願することを決意していた。


 家の中には叔父さんが昔仕事で使ったという本がたくさんある。

 魔法に関係するものもあって、魔法使いだったみたい。


 僕も少し教えてもらったけど、ほとんどが中途半端で上手く使えない。

 叔父さんは、魔法だけを頼りにしないように僕に教えてくれた。


 たとえ農作業用の鍬だって立派な武器になる。

 スタト村の周りにも少数のモンスターがいる……幼い頃からスライムだろうがゴブリンだろうが、勇気を持って僕も戦った。


 決して身分の高い人間ではないけど、戦場では立場なんかは関係ない、強い者だけが生き残ると叔父さんは教えてくれた。

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