第48話

 次の日。


 午前中は執務をし、午後からドレスへと着替える。今日のアーサー・テーラー様とのお出かけはオペラを見に行く事になっている。マヤは張り切って支度をしてくれているわ。


劇場で見るオペラなんて子供の時に見た以来なの。どんな演目なのかしら。少しワクワクしながら準備をしていると魔導士の一人が挨拶に来た。


今日の護衛は護衛騎士以外に魔導士が後ろに付いているらしい。


――それはそうだな。ボックス席に何か物が飛んでくるか、襲撃があるかもしれんから魔導士がボックス席に入って結界を張るのだろう。案外、令嬢達の襲撃かもしれんな。   

 残念ながら私もそんな気がします。


 準備をした後、護衛騎士達と城の入り口まで歩いていると、かっちりとしたダークスーツを着こなしているアーサー様が私に気づいて手を振っている。


「アーサー様、お待たせいたしました」


私がそう口にすると、彼は胸に手を当てて天を仰ぐような仕草をする。


「クレア様、今日の貴女は幾千もの星の煌めきよりも輝いている。とても美しい。どうか、私にエスコートをさせていただけますでしょうか?」


「えぇ、勿論。よろしくお願いいたします」


 そうしてアーサー様のエスコートで公爵家の馬車に乗り劇場へと向かった。劇場には一般の入り口と特別席用の入り口が別れており、私達はゆっくりと会場へと入る事が出来た。

 二階席の中央のボックス席。ここはVIP席と呼ばれるような特別席ではないかと思う。広く取られた部屋は金細工があしらわれており、一見して豪華な椅子やサイドテーブルが置かれている。


「クレア様、お飲み物はいかがですか?」


「有難う。果実水をお願いするわ」


 VIP席専属の従者が飲み物を用意してくれるようだ。アーサー様はワインを頼んでいる。

「アーサー様はオペラをよく見るのですか?」


「えぇ。よく見に来ています。特に今から見るオペラは人気の演目で何度も見ているんです」


「どのような演目なのかしら?」


「『王子と令嬢の真実の愛』という演目です。身分の低い令嬢と幾難を乗り越えて愛を育むストーリーで女性に人気の演目ですね」


「そうなのですね。楽しみですわ」


会場の下をそっと覗いてみると、令嬢や婦人方が沢山席に座っている。


「陛下、お下がりください。結界を張ります」


 後ろにいた魔導士がすぐにボックス席にピタリとはまるような結界を展開した。これで物理攻撃は防がれるわね。アーサー様はというと、下の席に知り合いを見つけたようで何人かに手を振っている。


――クレア。気づいたか?

 はい、グラン様。痛いほどの視線を感じますね。


――クレアを狙っているのかまでは分からんが、気を付けるに越したことはないぞ。   

 はい。


 嫉妬だろう。恋多きアーサー様に近づきたい令嬢は数多くいるし、横にいる私は疎ましいに違いない。


そんな彼女達がここへとやってこなければよいのだけれど。


 従者が果実水とワインを運んできた時、オペラの開園時刻となった。観客席が一気に暗くなり、舞台が魔法によって明るく照らし出される。王子が平民の格好をして城を抜け出し街に繰り出すという所から始まった。学園に入り、男爵令嬢であるヒロインと再会し、絆を深めていく場面が終わり、そこで幕間の休憩時間となった。


「クレア様、どうですか?」


「えぇ、とても面白くて見入っていましたわ」


 アーサー様と演目について話をしていると魔導士が耳元で囁いた『結界を攻撃している者がいる』と。私は護衛騎士に視線を向けると、騎士は早速部屋の外の様子を見に行った。


扉の前にも騎士はいるのだけれど、何かあったのかと心配になる。


「クレア様、どうしたのですか?」


「いえ、アーサー様、気になさる事はありませんわ。少しお花摘みに行ってまいります」


 私は席を立ち、魔導士を護衛として連れていく。勿論この部屋に一人は護衛騎士が残る事になっている。


 部屋を出ると特に異常はない様子。けれど、扉の前にいた警備兵は洋服が汚れているわ。魔導士はすぐにその事に気づき、警備兵にクリーン魔法を掛けた。扉の前で警備しているのは劇場が雇っている警備兵。VIP専用の警備に当たっている。


「何があったのかしら?」


警備兵は礼をした後、口を開く。


「先ほど、三名の令嬢がこの部屋へと入ろうとしておりました。私が止めに入ると、飲み物を掛け、グラスを扉にぶつけた後、文句を言っていましたが、先ほど部屋から出てきた騎士にあっさりと捕まり、令嬢達は連れていかれたようです」


「どこへ連れて行ったのかしら?」


「きっと劇場の支配人の所でしょう。この部屋の警備はどうなっているのか、と」


「分かったわ。有難う」


 やはり令嬢達がアーサー様目当てにVIP席へと来たのね。どう考えてもVIP席は一般客が入る事が出来ないのだけれど。常識が無いのかしら?私は疑問に思いながらトイレを済ませて部屋に戻った。


「アーサー様、お待たせしましたわ。もうすぐ第二部が始まりますね。どうかされたのですか?」


私はソワソワしているアーサー様が気になったので聞いてみた。すると、


「いえ、何もないのですが、ここに人が訪ねて来なかったなぁと思っただけですよ」


アーサー様は笑顔で答えた。


「そうなのですね。どういった方が訪ねてくる予定だったのですか?」


「カシャール子爵令嬢やモロン子爵令嬢達、ですかね?」


「何故ここへ来るのかしら?」


「あぁ、いつも来ているから今日も一緒に観覧するのかなと思っただけですよ。来ないなら来なかったで気にする必要もないですよ」


「……もし来ていたらどうされたのです?一緒に観覧していましたか?」


「クレア様が良いと言ったなら」


……何かしらこの胸のモヤモヤ感。


凄く嫌な気持ちになる。


反対にアーサー様は笑顔で問題はないと顔に書いてあるわ。



 第二部の開幕を知らせるブザーが鳴り、会場はまた照明が落とされる。私は扇子で口元を隠し、オペラに視線を向けながら彼に聞いてみる。


「今、王宮内で実しやかに囁かれている噂をご存じ?」


「噂?どんな噂ですか?」


「アーサー様が王配になったら後宮は沢山の女性が召し上げられるため、今から後宮を大幅に改築するそうですわ」


「沢山だなんて。向かえる女性は十人にも満たない予定ですから。今の後宮でも十分ですよ」


問題はそこじゃないわ。


アーサー様の言葉でモヤモヤがイライラ感に変わっていくのを感じる。


「アーサー様、婚姻前から愛妾を囲う予定のかしら?」


「クレア様との新婚生活も楽しみたいので婚姻してから半年位は向かえずにいようかと思っております」


「……そうですか。一応話をしておきますが、アーサー様は婚姻しても後宮は使えませんわ。後宮を使えるのは王、管理するのは配偶者、つまり王配となっております」


「その辺は一言陛下から言っていただければ大丈夫です」


私が言う?


王宮に夫の愛妾を住まわせると??肉欲に駆られすぎてどうとでもなると思っていたのかしら。


「現在、私が王であり、王配候補者全てが夫となった場合、彼らが後宮住まいになりますのよ?私からすれば貴方はそのうちの一人というだけ。愛妾は後宮には入れませんわ。例え私が許したとして愛妾十人を囲って敵に狙われる妻を守り切れるのか疑問ですわ。愛妾達が後継に口出し、様々な問題を起こしかねないですし。残念ながらアーサー様が望むような王配は難しいでしょうね」


 まぁ、夫は一人だけでいいと思っている。子が出来なければ禁術を駆使しても、と考えているのは内緒。


私の言葉を聞いてアーサー様は焦っているように見えるわ。魔導士がまた私の耳元で『また別の者が結界を叩いております』と呟いた。


「そんな事はありません。クレア様だけを愛し、どんな時も貴女だけを守り続ける事を誓う」


私はアーサー様の言葉を他所に扇子をパチンとたたみ、立ち上がる。


「ふふっ。アーサー様、面白い事を言うのね。ほら、ご令嬢達がお待ちですわ。では観覧をお楽しみになって?」


 私がそう言うと、魔導士は待っていましたとばかりに結界を解き、扉を開けた。令嬢が三人程驚いた顔をしていたが、部屋へとすぐになだれ込んできた。


令嬢達と交代するように私と魔導士と護衛騎士は部屋を出ていく。


残されたアーサー様はすぐに令嬢たちに取り囲まれているようだったわ。ふふっ、先の三人も今来れば良かったのに。




「クレア様、馬車を手配しますか?」


護衛騎士の一人が気を使っているようにそっと話をする。


「面倒だわ。空いている部屋を少し借りて頂戴。城まで転移するわ」


 そうして劇場から空いている部屋をすぐに手配してもらい私達は中へと入っていく。十分程部屋を借りる、その間、誰が訪ねて来ても部屋へは入れるなと支配人には言っておいた。


 私は詠唱をし、皆で城へと瞬時に戻った。玄関ホールに突如現れた私達に城で働く者達が驚いていたようだったけれど、『クレア様の魔法か』とまた持ち場へと戻り、マヤがすぐに駆けつけてくれたのは言うまでもない。護衛騎士や魔導士から後で報告がロダ達にいくわよね。


そうして今回の婚約者候補とのおでかけは終了となった。

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