第47話

「おはようございます。今朝は料理長が腕を振るったと言っておりました。ゆっくりとお召し上がりください」


 マヤが早朝から執務をする私に食事を運んでくれる。いつもと変わらない朝食のように見える。ポタージュとパンとサラダと果物。ポタージュを一口飲むと気づいた。今までも美味しかったけれど、もっとこう、奥深い味わいというか複雑な味を感じるわ。パンも今までよりも柔らかい食感。


「一見いつもと変わらない朝食にみえるけれど、産地に拘ったのかしら?調理方法も変えたのね。とても深い味わいだったわ。それにパンも今まで食べていたものよりさらに柔らかくて急いで飲み込んでも大丈夫なような柔らかさと大きさにしてある。料理長にお礼を言わなければなりませんね」


 マヤは伝えておきますと言っていた。後で伝えてくれるに違いない。夕食は食堂へと足を運んでいるけれど、やはり朝食は執務室で簡単に取ってしまうのは仕方がないわよね。


執務が忙しい。


 そうしている間に朝の挨拶と共に側近たちの勤務時間となる。カリカリと執務に励む私達。あぁ、今日は確かアスター様との交流だったわね。どこへ行くのだったかしら。


「ロダ、今日はアスター様との予定はどうだったかしら?」


「アスター・コール様とは騎士団の練習場で行われる馬上槍試合練習の見学と聞いております」


「……そう」


 あまり興味は無いわ、と言いかけて口を閉じる。確か、馬上槍試合練習はまだ婚約者の居ないような令嬢達には喜ばれているのだっけ。将来の有望な方を見るために。否定はしないわ。


 私の乗り気ではない様子にロダも苦笑している。私はどんなイメージを持たれているのかしら。


「アーロン、そんなに私って武闘派に見えるかしら?」


「武闘派には見えませんが、か弱い令嬢とは違いますね。私達が守っているようで守られている感覚を偶に覚えることがあります」


「昨日、陛下が帰った後、ベイカー殿が執務室へと来たのですが、今度団長達を集めてグレイシア人形の上映会をやりたいと申しておりました。いつになさいますか?」


私がアーロンと話していると横から珍しくミスカが聞いてきた。


「えぇっ。私の休日中で良いのではないかしら?」


だって自分のした事をみんなで見るなんて恥ずかしいもの。


「それはいけませんね。鑑賞後、陛下を褒め称えねばなりませんから」


アーロンの言葉に頷く側近達。クッ。周りを見渡すけれど誰も私の肩を持ってくれそうにないわ。


「人形の上映会には誰が来るのかしら?」


私はふと聞いてみるとロダが答える。


「各団の団長か副団長、フェルトと宰相、大臣達です」


え?そんなに?


「あぁ、あと、護衛騎士達が警備と称して来る予定ですね。第一の騎士達も数人押しかけてきそうですが」


 つまり隣国で行った事をみんな見たいのね。ロダの話では隣国と契約したけれど、今後の対応の打合せもあるので内容の確認を早めにしてほしいとの要望だった。確かにそう言われてしまうと、ね。


「では私の休み明けに時間を空けられるかしら?」


「承知致しました。ではそのように手配しておきます」


そうして執務へとまた手を戻す。




 午後は騎士団訓練場だったわね。グダグダとマヤに愚痴を溢しつつ、私が訓練場へと向かうと、そこにはピシッと整列した騎士と団長、アスター副団長が待ってくれていたようだ。


婚約者候補とデートとは程遠い……。


――これで女が喜ぶとでも思っているのが不思議だな。いくら男の儂でもここまで酷いやつを見たことがない。


剣を交えれば心も交える事が出来るみたいな感覚なのかしら。


 後ろにいた護衛騎士にそっと耳打ちをしてみるけれど、やはりこれはないと。女性とのデートでこれはありえませんって眉をひそめていた。


「クレア様!」


 アスター様が手を振り駆け寄ってくる。その姿は子犬のようだ。私の側までくるとすぐにエスコートで団長の横へと向かった。


「本日の馬上槍試合練習はクレア様も見ている!気を引きしめて行うように」


 どうやら特等席が設けられていて目の前で訓練を見学出来るらしい。そして横にはアスター様。二人でお茶を飲みながら訓練の様子を見るようだ。団長の始めという言葉と共に馬に乗った騎士達が槍で戦う。人馬一体となって戦うにはやはり普段から馬との信頼関係もあるのだそうだ。


「アスター様、今日はどうして訓練の観戦にしたのですか?」


「どうすればクレア様が喜んでくれるかが分からず。同僚に聞いたら令嬢達は騎士達の訓練が好きだといっていたのです」


その同僚はモテない騎士だわ。それかアスター様を陥れたいのかも?


「そう、でしたの」


「団長は止めろと注意を受けたのですが、お嫌でしたでしょうか?」


子犬がしょんぼりしている。


「どう話せば良いのかわかりませんが、令嬢達が訓練を見学しにくるのは婚約者に会いにきたり、将来の旦那様を捕まえるために来ているのだと思いますわ。訓練を見るのが目的ではないかと……」


 やんわり言ったつもりだったけれど、アスター様はかなりのショックを受けたようだ。どうしよう。私が困っていると、見かねた団長がこちらに来て話をしてくれる。


「俺はちゃんと注意しただろう?女性にはこんなむさ苦しい男の戦いより、可愛い、綺麗な物が好きだと。クレア陛下はそろそろ婚約者を決めねばならんのだ。お前と会うのもこれが最後かもしれんのだぞ?二人の思い出を作らなくてどうするんだ?」


団長の言い回しでは既に候補者から脱落していると。


それはそれで……。


 私が困惑していると、アスター様が急に何かを決意したようでカッと私の手を取った。


「そうですね!私はクレア様と二人で過ごしたい。少しの時間が削られてしまいましたが、今から向かいましょう!」


 そしてアスター様は試合のために待機していた馬に『借りる』と言って飛び乗り、私を抱え上げたかと思うと、颯爽と駆けていく。


慌てたのは団長や護衛騎士のアーロン達。まさかの行動に大慌て。今日の訓練は中止になることは間違いない。護衛騎士達は馬を借りて後ろから付いてきているようでホッと一安心。まぁ、何かあっても私は転移できるから大丈夫なのだけれどね。


私はアスター様に抱かれながら流れゆく街並みを眺めるしか出来ない。


「アスター様、今からどちらへ?」


「もう少しで着きますからしっかり捕まっていて下さいね」





暫く走ると、整備された池のある公園へと到着したようだ。


「ここはユゲット公園です。私の小さな頃に一度だけ母が連れてきてくれた公園。花がとても綺麗でクレア様にも見せてあげたいと思って……。ですが少しばかり早かったですね。まだ蕾でしたね」


私はパチンと指を鳴らすと蕾は一斉に花開き満開の花畑となった。


「ふふっ。本当に素晴らしい景色ですね」


魔法で数日ほど成長を促してみると花達は綺麗に咲いてくれたわ。


「……クレア陛下。すばらしい魔法ですね。あの頃の景色と変わらない。貴女とこの景色を見れて幸せ、です」


そう言うと、彼はさっとハンカチを花畑の中に敷き、座らせてくれる。


「良い香りですね」


「えぇ、本当に。ふふっ。護衛騎士達が追いついたわ。とっても急がせてしまったようね」


「後でアーロンさんや団長に怒られてしまいますね」


「仕方ありませんわ。急に予定を変更したのですもの」


「えぇ。ですが、こうしてクレア陛下と二人で過ごせた事を幸せに感じます。もっと早くにこうしておけばよかった」


少ししんみりとした雰囲気になっていたが、怒ったアーロンがアスター様の頭にげんこつを一つ落とした。


「クレア様を攫うやつがあるか!お前のせいで団長達は大慌てだったぞ。それに俺達だってクレア様を追いかけるのに必死で大変だったんだぞ」


「まぁ、アーロン。そんなに叱らないであげて?私は強いのだから攫われても大丈夫よ?」


「そんな悲しい事は言ってはなりません。いつもそうして私達を陰日向と守ってくれるのにどうして貴女は私達に守らせてくれないのですか?私だって貴女を守りたいし、かけがえのない唯一の人なのですよ」


アスター様はそう言って一輪の花を差し出した。


「私は貴女の騎士であり続けたい」


「……アスター様」


 その真剣な表情に私は言葉を無くす。そう思ってくれていると思うと、心が温かくなる。お互いが沈黙した時、アーロンが声をかけた。


「さぁ、クレア様。お時間となりました。帰りますよ。アスター!お前は一人で馬に乗れ。私がクレア様をお連れする。いいな?」


「グッ。……はい」


 他の護衛騎士達もアーロンの言葉に頷いている。後で護衛騎士達にみっちりと叱られそうね。アーロンや護衛騎士達はお兄さんのような感じで少し羨ましいわ。


「アーロン、帰りましょう?アスター様。とても素敵な時間を有難うございました。嬉しかったですわ」


 私が先に馬に乗せられ、アーロンが馬に乗って私を抱えるようにして出発する。他の護衛騎士とアスター様が後を追う形で駆ける。


「アーロン、あまり叱らないであげてね?」


「……仕方ありませんね」


私とアーロンはふふ、と笑いながら城へと戻った。

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